10-ゴールデンウィーク

ゴールデンウィークに入った。


ただし今年からただの連休というわけにはいかなくなってしまった、部活があるのだ。

今まで休みに学校に行くことなんてなかったもんだから、面倒くさいという気持ちも少しあった。


ゴールデンウィーク初日、僕と神崎くんも県総体2部準備のために呼びだされた。

春も終わりに近づき、暖かいよりも暑いと思うような日も増えてきた。


僕は初めて自転車で学校まで行ってみた。

家から学校までの行き方は、家から一旦川に平行して走っている国道まで行き、そこから堤防上のサイクリングロードをひたすら行けば学校の近くまで行けると知っていた。

家から学校まではおおよそ12キロぐらいか。


今回も時間に余裕を持って家を出た。


今日は朝から雲ひとつなく晴れている、天気予報では午後から雲が広がるとも言っていたが。


家からすぐの交通量の多いバイパスを走り、これまた交通量の多い国道までやってきた。

バイパスは国道に突き当たって終わりになるので今度はサイクリングロードを走って行く。


横断歩道を渡り、堤防上に出た。ここは多くの自転車が行き交う。

僕はまだ残雪のある大きな浅間山を正面に西へと走って行く。


暖かな風が背中を押してくれる、サイクリングしてるみたいで気持ちいい。


誰も話す人はいないので周りの景色を楽しみながら走って行った。

この川の河川敷は畑が広がっている。一つ一つの畑は小さいが様々な野菜が栽培されていて見入ってしまった。


今の時期は何を育てているんだろう…。


…おおっと危ない!


よそ見をしていたら正面からすごいスピードで走ってくる自転車に気がつかなかった。

すんでのところで避けてぶつかることはなかったが、かなり近い所で風を感じた。危うく畑に突っ込むところだった。


今の自転車はロードバイクか、ママチャリより速いんだろうなぁ。


今乗っている自転車はママチャリと呼ばれるカゴの付いているやつだ。いつも自転車では駅ぐらいまでしか行かないからこれで十分なのだが、学校までは距離があるのでさすがに重い。


こんな距離を自転車に乗るのは久しぶりだ。


一人で色んなことを考えながら自転車を漕いでいると、ここまで川に沿って走っていた国道が川を跨ぐ場所まで来た。

ここからは国道が川から離れ、自転車もサイクリングロードから外れる。大きな橋を渡ると国道は線路の隣を並行して通っていた。


大きなスーパーマーケットを過ぎ、駅まできた。いつもはここで電車を降りて学校まで歩いていく。


ここまで来たら学校まではもうすぐだ。


国道を外れ2車線の道を走ってゆく。


学校が見えた。学校の前で道がカーブしているので、走っていると正面に学校が見える。

学校の前の交差点を渡り、自転車置き場に自転車を置いた。いい汗をかいた。衣替えはまだ先だけど制服のブレザーを着ていると暑い。


手にブレザーをかけていつもの集合場所である生物室のドアを開けた。休日なので校舎は静かだが、グラウンドからは野球部の掛け声が響いている。


「おはようございます」


「おーおはよう」


「よー涼太!」


先輩たち、そして神崎くんはもう来ていた。


今日は僕が最後か、皆さん早いな。


一緒に2部として参加する予定の河井先輩はまだ来ていない。


1部大会メンバーは準備が忙しそうだ。大きなメインザックを出して装備の準備をしている。

明日から先輩たちは大会と同じ行程で最終的な合宿を行う、完全リハーサルと呼んでいた。


「じゃあまだ河井来ないから先にやる事説明するぞ」


部長が自分のやっていた準備を一旦やめてガラス戸の棚を開けて紙を取り出した。


「まずは計画書を作ってもらう」


部長は束になっている方眼紙を一枚半分に折った。

計画書とは山行の計画、持ち物、食料計画、その他山行に必要なリストをまとめた冊子のことだ。


「そしたら印刷して冊子にしたとき見やすくなるように書く場所の枠を書くんだ。上下2マス、横3マスあけて中央も4マスあけて枠を書く」


部長は紙にボールペンで枠を書いていく。


「これをまた2つ折りにしたら片面が1ページ分になる、これを印刷して何枚も重ねて大きなホッチキスで留めれば冊子になる。まずは枠だけかいてごらん、一人2、30枚作って」


と言って部長は自分の準備に戻っていった。


僕たちは真似して指示された通り方眼紙に枠を書いていった。

意外と難しいのだ、線を引くための定規をしっかり押さえてないとズレてしまう。その定規がデカくて使いづらい。

机の中央には水道があって、その陶器でできた白い流し台の端にカツカツ当たってしまう。


やっとこさ20枚書けようかとした時、生物室のドアが勢いよく開いた。


「ちーす!」


制服ですらなくシャツにジーパン姿の河井先輩が入って来た。

ハァ、とあからさまに神崎くんが嫌そうな顔をして溜め息をついた。


「完リハ、大変っすねー大会メンバーは!あと2週間ぐらいの辛抱!頑張ってくだせえ!」


「お前はいいよなー呑気で!こっちは一ヶ月前から暇なしなんだよ!でもそっちもテニス部のエースとして忙しいよな!」


近藤先輩が皮肉を込めて言い返した。


「まあまあ、俺も一応山岳部のメンバーだし」


「それなら一年生に計画書の書き方教えてやれ!いま枠書いてるから」


「はあ?まだその段階!?」


と河井先輩がこちらに近づいて来た。


「もう書き終わりました。次のこと教えてください!」


神崎くんが負けじと叫んだ。

というのも器用な神崎くんは30枚近く書けていた。


なんか悔しんだよな。


「ああ?じゃあ前書いた計画書持ってくるからそれを見本に書いとけ!」


河井先輩が今度は戸棚の横のプラスチックケースの中から古い計画書を持ってきた。


「枠は書けたんだよな!これを真似しろ」


去年の県総体の計画書が机の上に置かれた。

表紙は上に開催年と[群馬県高等学校登山大会山行計画書 赤城山 2部]と書かれ、中央には山の絵が描かれていて、下に学校名が入っている。裏表紙は山岳部とは全く関係のないアニメのイラストと名前の記入欄が書かれているのみだった。

一通り中を確認する。書かれている物をページ順に説明すると、まず目次、学校連絡先、計画概要、メンバー表、団体装備、個人装備、食料計画、買い出しリスト、医療、地図、個人情報貼り付け欄、メモ、所有者カードというページ割だ。


「なんで全部手書きなんすか!パソコンでちゃっちゃか入力すればいいんじゃないんすか?」


真っ先に神崎くんが突っ込んだ。そう言うのも無理はない、全ページ手書きなのだ。これは僕も面倒くさいと思った。


「これはこの山岳部の伝統なんだ!お前が決めることじゃない、下手に書くなよ!でも俺も面倒くさいから医療とマップは昔の原稿を使っていい」


良かった全部は書かなくていいのか。

いやしかし、河井先輩も手伝ってくれるのだろうか。


「あ、それとこの計画書は何冊も印刷して他の高校と交換するからな!恥ずかしくないように書け。交流時間に女子校とも交換出来るからな!夜も暗い中での交流会だ。くれぐれもメールアドレスとか書いておくなよ」


フリだろうか、河井先輩が忠告した。その顔はニヤている。

神崎くんもマジすか、とか言ってニヤけている。

神崎くんと河井先輩、案外気が合ったりしないものか。


「んじゃ、それぞれ書く所を決めるか!表紙と裏表紙は誰が書く?絵が上手い奴!」


河井先輩が聞いてきた。と言っても書けるのはこの三人しかいないわけだが…。

神崎くんが僕の顔を覗いてきた。


「あれお前、前に美術部だったって言ってなかってけ」


そうですよ、確かに僕は美術部でした。だから書けと、大事な表紙を?

…三人しかいないからしょうがないか。よし引き受けよう。


「分かりました、僕が書きます。何でもいいんですか?」


「お、そうだな、文字はそのままで絵は…まあ適当にウケそうなやつ描いてくれ」


いいんですかそれで。


「絵は家に持ち帰って描いていいから、今は学校で書けるやつするか、食料計画と買い出しリストはまだ書かなくていい。俺が決めるぞ、神崎は団体装備と個人装備を書け。メンバー表とかは俺が書く。五十貝は連絡先と計画概要を書け」


そのまま三人で作業となった。


他の先輩たちは生物室から出て行った。テント練でもするのだろうか。


表紙と裏表紙は後で書くとして、まずは連絡先から書いていった。

ここは楽で良い、団体名と顧問の先生・学校の連絡先を書くので前の計画書を写すだけだ。

ひとマスが小さく文字が小さく書かなくてはいけないのでそこは億劫だ。


それよりも神崎くんが大変そうだ。装備表は沢山の枠を書かなくてはならないので時間がかかる。


「だぁー、河井さん!線がズレました!どうしたらいいすか?」


「あん?じゃあ戸棚に修正ペンがあるから取ってこい!」


いちいち定規を動かさなくては線が引けないので、定規が机に当たるカチャカチャとした音が響く。

たいへんだなぁ、あっちじゃなくて良かった。


今度は山行計画概要に移った。これも去年の計画書を参考にして。


山行の正式名称は県高校総体登山大会 兼 全国・関東高等学校登山大会予選、と。


次に期日。ゴールデンウィーク明けの最初の土日に開催される。


次はー集合場所か……

ん?分かんないぞ。


「河井先輩!集合場所とかわかんないです!」


「あ?座学講習会で配られたプリントに書いてあったろ!」


…。


「あ、忘れました」


「何やってんだよ。ああもー仕方ねーな、俺の貸すから」


「すいません」


河井先輩は嫌そうな顔をしたものの自分のバッグからプリントを取り出して僕に渡してくれた。


1部と2部で集合時間や集合場所、コースも違う。

えっと、集合場所は

森林高原ローラースライダー横広場、か。行ったことないな、バスで行くのか。

受付は10時半からで開会式は11時からか。


幕営地、日程、コースとプリントに書かれていたものを写していった。


初日はメインザックで荒山という山に登る。ただ男子と女子でコースが異なっていて、女子は山を迂回するコースらしい。


かわいそうに、女子も山頂まで登らせたらいいのに。これは差別だな。


幕営地はスキー場なんか。


二日目は幕営地から長七郎山、地蔵岳、薬師岳、そしてこの前登った黒檜山、覚満淵という湿地を廻って幕営地まで戻ってくるというコースだった。


こう書いていると結構登るんだな。


三日目は清掃をしてから閉会式、解散というものだった。


まあ、いいや晴れればいいんだ、晴れれば。


お次は経費、これも分かんないぞ


「先輩、お金はどうするんすか」


「あー5000円ぐらいかな」


「そう書いときますね」


「あ、そうだお前の個人情報、メンバー表に書いといて。残念だけどこれは他校に配る計画書からは省くから安心しろ」


残念だけど?


僕は項目に従って、先輩に渡されたメンバー表に細かく個人情報を書いた。血液型や親の名前、電話番号まで。


僕は個人情報を書き終えると自分の仕事に戻って概要の続きで現地の連絡先や連絡事項を書いていった。


連絡事項とは現地でどう行動するか、何をしていくのかという注意事項の事だ。


最後に事後計画を書いて僕の仕事は区切りがついた。


「すいませーん、個人装備の米ってどうすりゃいいんすか?…って何やってんすか、ヒマんなったんすか」


装備表を書いていた神崎くんが河井先輩に問うた。


「あーそれな、どうせ1日目は米炊くから一人一合って書いとけ」


河井先輩は自分の書くべきものは書き終わったらしくスマホをいじりだしていた。

よほど集中していたのか神崎くんは気づいていなかったらしい。


「早く書けよー、次は飯決めるんだからお前が終わんねーと決められねーから」


「分かってますよ!もうすぐ書けます」


そのまま神崎くんが書き終わるのを待った。


その間に僕は表紙と裏表紙に何を書こうか考えていた。


表紙はやっぱ山の絵の方がいいか、裏表紙はどうしよう。

あ、今家で読んでる女子高生が山に登るマンガのキャラクターとかで良いかな?


…いやもっと面白いの書けないかな、僕は元美術部だ、レイアウト次第でなんでも書けるはず。


そんな事を思案していると神崎くんが立ち上がった、書き終わったのか。


「お、神崎書き終わったな、飯決めるか」


河井先輩はメモ帳を出して1日目夜、2日目朝、昼、夜、3日目朝、と縦に記入していった。


「1日目は米を使うから、あとはは…鍋でいいか、安定の。具材何する?」


「鍋なんすか?もっとキャンプみたいにカレーとかにしないんすか?」


神崎くんが不満そうに河井先輩に尋ねた。


「はぁ〜?カレーなんか作るバカがどこにいるんだよ!後で掃除するのが面倒くさいだろ!」


「そうなんすか?」


「山は水で洗えないからロールペーパーで拭くの!カレーなんてドロドロしてて拭けねーだろ!」


「だから水っぽい鍋なんすか?」


「そうだよ、具材は適当に決めるぞ!鍋の素と豚肉と人参、白菜、ネギ、あとはキノコもろもろでいいな?異論は認めん!」


まぁ、僕たちは何も知らない訳だし任せるか。


でも米を炊くと言っても炊き方は知らないんだが…。

その時になったら教えてもらえるだろう。


「朝飯はうどんだ。ネギとかキノコが入っていれば十分だろ。昼はパンで、パンは適当でいいよな?夜は何が良い?」


「中華がいいですね。ラーメンとかでどうです?」


僕が答えた。


「それならいいな!具材はネギを入れたいけど保たないから乾燥野菜とかでいいな?神崎もいいか?」


「いいっすよ」


「最終日の朝はアルファ米とかでいいな。アルファ米は駅近くのスーパーで売ってないから先生に頼むけど、それ以外はお前らに大会前日に買い出しに行ってもらうからな!」


河井先輩はスラスラとメモ帳に記入していく。


「じゃ、これで食料計画と買い出しリストが書けるな?五十貝は表紙考えてるから、神崎お前が書け!」


「また俺すか〜!?」


神崎くんは面白くなさそうに顔を顰め、渋々引き受けた。

神崎くん、すまない。


また神崎くんが書き終わるのを待った。


「数量とかってどうするんすか?」


「アルファ米とかうどんとかラーメンは一人一パックで計算しろ。パンは一人4つぐらいでいいか。後は適量って書いとけ」


「わかりました。買い出しリストも適量って書いときますよ」


河井先輩はまたスマホいじりに戻ってしまった。


僕はと言うと、まだ表紙で迷っていた。過去の計画書を見てもバラバラと好きなように描いてあるので参考にならない。


考えている間に神崎くんが書き終わってしまった。


書いたものを見せてもらう。


…って適量多いな!


まあいいか。


神崎くんが終わったのを見て、河井先輩がお昼にするぞ、と言ったので弁当を取り出して食べ始めた。


朝起きたら母親が作っていてくれた。ご飯には僕の好きなすきやき味のふりかけがかかっている。


神崎くんは弁当を持ってきてないと言って学校近くのコンビニに買いに行った。


そして1部の先輩たちも生物室に帰ってきた。

最終的な審査項目の確認をしてきたらしい、どうやら筆記試験もあるという。


そしてみんなで昼食タイムとなった。


来年は僕もこんな事をしなくてはいけなくなるのかな。


先輩たちは昼食を食べ終わったら買い出しに行く、と言った。1部メンバーは今日は学校に泊まって明日朝早く赤城山に向かう。


先輩たちのことが気になりながらも、僕たちは1部の邪魔にならないよう昼食を食べ終わって解散となった。


河井先輩はまだ学校に残るらしい。

用事があったら連絡してくれると言った。


残りのゴールデンウィークは1部が合宿のため、僕たち3人は一応休みになった。


外に出た僕は空を見上げて深呼吸をした。今日は予報通り午後から雲が広がり始めたものの晴れ間の方が優勢だった。


僕は行きと同じ道を帰って行った。


今度は南風が向かい風になってはいるがそれが苦にはならなかった。

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