4-新入部員歓迎登山

山岳部に入ってから数日が経った。


そのうちの何日かは写真部の方にも行った。


写真部では校外に出て風景や草花を撮る、部員同士で撮り合うというものだった。


「じゃあ、五十貝くんそこに立って歩いてる風にして!」


ただでさえ女子ばっかりで気まずいのに被写体にもなれと言われた。特に幼馴染は乗り気だ。


僕は写真を撮ることは好きだが、撮られることは苦手なのだ。


仕方なく僕は、女子達の指示に従って被写体になった。はたして僕なんか撮って絵になるのだろうか。


撮った写真を見せてもらった。


写真では、傾いた太陽が僕に隠れて後ろの景色がうまい具合に引き立っていた。


おい、僕が真っ黒じゃないか!まあきれいだけども。


そんなこんながあって、僕が想像していた写真部の活動とは少し違って戸惑っていた。


もっとばらばらになって撮るもんだと。もっと男子がいるもんだと思っていた。なんか精神的に疲れる。



なんだかんだ山岳部の生活には慣れてきた。いや、精神的に疲れないぶん山岳部にいる方が楽だった。


でもやっぱり運動は苦手だ。疲れるし、苦しいし。


先輩とも神崎君ともだいぶ話せるようになった。

先輩たちは色んな山に登ってきたらしい。小学生の頃から山に登っていた先輩もいた。


山岳部に大会があることも初めて知った。先輩たちはこの時期、大会の準備で忙しいらしい。

だからトレーニングが終わっても遅くまで残っているのか。


でも準備って何してるんだろう。てか、山岳部の大会ってなにやるんだ?速く登ったりするのかな?


僕はそう疑問を感じながらも深くは考えなかった。


僕が山岳部の奥深さを知るにはまだ早すぎた。



次の日、山岳部の顧問の先生が集合場所になっている生物室に来た。


「新入生歓迎登山をするぞ!」


先生は入ってくるなりそう言った。白髪の背の高い先生だ。一度入部届けを出すときに会っていた。


「大会メンバーの下見と一緒に連れて行く。本当は装備を買ってほしいのだが今回はしょうがない。次登る時には買ってもらう」


そう言って登山の内容が書かれたプリントが渡された。

今度の日曜日、県内の山だ。

行ったことはない。


でもやっと山岳部っぽいことができる。


あ、カメラ持っていかなきゃ。いい写真撮らないと。

僕はどんなものか楽しみにして日曜日を待った。



日曜日、朝早く学校に集合だった。


幸い空は晴れている。


今回登る山は、中心に湖のある大昔噴火していた山だ。


駐車場に着くとハイエースが待っていた。先輩たちはもう集まっている。


車に乗ると、今日登る山の地図が渡された。


車の中には3人の先輩たちと、顧問、副顧問の先生、そして大会に出るもう一人の初日にはいなかった先輩が乗っていた。


「おはようございます!」


僕より少し遅れて神崎くんがやって来た。


「よし、全員集まったな!出るぞー」


神崎くんが乗ってくるとハイエースはすぐに出発した。運転するのは顧問の先生だ。


行きの車の中はとても静かだった。


学校を出てから1時間ちょっとで、目的地の山に着いた。途中でコンビニによって昼食を買ったりした。


先輩たちは車から降りて登る準備をしている。


僕たち新入部員は登山道具を持っていないので動きやすい服装(体育着)、運動靴、胸ベルトがついているリュック(山岳部ではサブザックと呼ぶらしい)、そして一眼レフという格好だった。


一応持っている物で山に持ってこいと言われた物は持ってきた。


何に使うのか新聞紙やトイレットペーパーまで含まれていた。


「準備できたかー?大会メンバーは服装に不備はないな?地形図をよく見ながら行けよ!出発するぞー。新入部員はゆっくり着いてこい」


顧問はそう言うと、歩きだした先輩4人の後ろについていった。その後ろを僕と神崎くんがついて、最後に副顧問が来るという形になった。


「いよいよだ!頑張って登ろうぜ、五十貝!」


神崎くんは元気だ。


さあ、僕も


いざ!初めての山へ…。


ドシャッ…


やっちまった。道路から登山口に入る最初の段差でつまずいてしまった。


「お、お前大丈夫か?」


神崎くんが後ろから言った。


「大丈夫」


僕にとっての初めての山はそんな鈍い音から始まった。


円錐のような形をしたこの山は最初から急だった。


僕は初めての山の感触を一歩一歩踏みしめながら登っていった。


どんな景色が待っているんだろう、動物に会えたりするのかな、そんな小さな子供のような冒険気分で。



「ハア、ハア」


急登を登るにつれてだんだんと疲れてきた。


先輩たちはすごいペースで登っていく。


地図を確認しているのか、時々止まってはいるがそれでも追い付けない。


「やばい、疲れてきた」


ポロっと言ってしまった。


副顧問は無理についていこうとしなくていよ、と言ってくれる。


写真を撮りに来たのにまだ山に入ってから撮っていない。撮る余裕がない。


登っても登っても風景が変わらない。


いつまで続くんだろう、この登り。


ずっと同じような木々のなかを登っている。


足の踏み場が安定しない。


一歩足を前に出すのが辛い。


ずっと階段を上っているような感じだ。


辛い、止まりたい、


もう…帰りたい。


山ってこんな大変なものだったんだ。


今までに感じたことのない感覚だった。


疲れてきてネガティブな気持ちに飲み込まれそうになる。


というか、こんな辛い思いをして僕は写真を撮りにきたのか?


神崎くんも疲れて口数が減ってしまった。


「そろそろ休むか?」


そんな僕らの気持ちを察したのか、副顧問が言ってきた。


「そうします」


僕は先輩たちと大分遅れをとってしまうが、休むことに決めた。


そこから少しばかり歩いて尾根の上の開けた所までやってきた。


と、そこで見えた光景は…


まだまだ緑の少ない数々の山、日が当たって光輝く湖だった。


もう、ここまで登ってきてたんだ。ずっと木のなかを登ってきたから気づかなかった。


思わず写真を撮ってしまった。


きれいだ。美しい。


「おお、すげー」


神崎くんも感動しているようだった。


少しずつ元気が戻ってきた。


山頂に着いたらどんな景色が見れるんだろう。


そう思いながら行きのコンビニで買ったポカリを飲んだ。


10分ぐらい休憩してまた登り始めた。山頂まであと半分、もう少しの辛抱だ。


先輩たちはもう見えない。


そこから山頂までネガティブな気持ちに襲われそうになることもあったが、頑張った。神崎くんと声を掛け合って意欲を高めた。


「もう少しだ、頑張ろう!」


「おう!」


ずべべべっ…


コケで滑った。恥ずかしい。


膝と手のひらが泥だらけになってしまった。


なんでこんなことになるんだ…。


運動靴だから仕方ないか。


と言い訳をしながら。


またしばらく歩き、見上げた山に空と山の境界が見えてきた。


山頂近くの分岐まで来た。


「ああ、やっと着いた」


神崎くんが呟いた。


「まだまだだよ(笑)」


副顧問が余分なことを言う。


でもそこから山頂まではすぐだった。


山頂に着くと多くの登山者がいた。


先輩たちがこちらに気づき声をかけてくれる。


「おお、頑張ったな!お疲れ様!」


「待ってたぞ!」


「これでお前らもやまんちゅーだな !」


いつのまにか僕は笑っていた。


やまんちゅってなんだろ、うみんちゅみたいな?


その時、涼しい風が顔をなでた。


そして振り返り、若葉の間から見えた景色は…


青空のもと、はるか地平線まで続いている広い大地、街並み、新緑の山々、まだ雪が残っている山脈…


なにこれ、すごい


言葉では表しきれない風景


僕は大きな達成感と共に圧巻の風景に感動していた。


山頂で早めのお昼を取った。


そんな景色のなかで食べたおにぎりはそれはそれは美味しいものになった。


小一時間ほど山頂にいたか、時間は早く過ぎていった。


先輩たちも用事を済ませ、下山することになった。下山するといっても、行きとは違う登山道でもう1つ小さな山があるコースだ。


なんか、下ってしまうのがもったいないな。


先輩たちは、だから山は美しいんだとか言っている。


「じゃ、先に下って車まわしとくぞ!」


と言って顧問の先生は行きと同じ道を戻っていった。


下りの階段は足にくる。何度も踏み外しそうになった。

下りは下りで神経をつかう。


途中のもう1つの山に着いた。そこからは遮るものもなくもっと広く平野が見えた。


そしてそこからの下りは速かった。今までの苦労を消費するように。


僕は今日見た風景を脳裏に焼き付けて下っていった。


下に着くと顧問の先生が車に乗って待っていてくれた。


先輩たちはもう1つ、大会コースの山に登るらしい。


先輩たちは30分で登れると言った。


僕と神崎くん、副顧問は先輩たちが帰ってくるまで湖畔で待っていることになった。


申し訳なさを感じつつも、湖畔にある休憩所でお茶を飲んだ。


帰りの車の中で、幼馴染に今日撮った写真を送った。僕はその返信を待たずに、山を下っていく車の心地よい振動に揺られながら眠ってしまった。

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