5-ちょっとした昔話

新入部員歓迎登山から帰ってきた月曜日、幼馴染に山での大変だったこと、景色に感動したことなどを話した。


「とりあえず、疲れたけど景色は良かった。でも先輩たちはカメラとか持ってなかったな」


「何回も登ってるからじゃない?」


「そうかも、大会の下見とかでもう慣れてんのかな」


僕は写真を撮って登るのが楽しいのに、先輩たちはあんな景色何回も見てきているのか。

先輩たちが昨日話してくれた。


「山は一つ一つ顔が違う、だから面白い。登るときは辛いけど何回登ってもあきないよ」


僕はまだここにきて一回しか山に登っていない。

僕もいつか先輩みたいに慣れる日がくるのかな。


まだ入ったばかりだからもっと山に登ってみないとそれは分からない。



山岳部の毎日の練習メニューは坂ダッシュの日、長距離走の日と別れている。

長距離走とはそのままの意味で7キロ、10キロと走る日だ。

そんな距離いままでの持久走大会でも走ったことがない。

高校の持久走大会は10キロらしいが…。


とにかく最初にそんなに走ると言われた日は本気でやめたくなった。

しかも結構アップダウンがある、一回段丘にあがるからだ。


今日も長距離の日だった。いつも通り体育館の前から先輩たちと共にスタートした。


しばらく平らな道を走ると急な上り坂に差し掛かる。

すると前を走っていた神崎くんが振り返った。


「ああ、疲れた。涼太、歩こうぜ」


「うん、もうむりだ」


神崎くんがそう言うと僕も反射的に答えてしまった。


先輩たちはとっくに先に行ってしまった。

道は教えてもらったので迷うことはない。

先輩たちは本気でトレーニングをしている。大会前だからだろう。


息を整え、僕と神崎くんは歩きだした。

走っている時とは違う静かな空気が流れたので話題をふった。


「神崎くんはいままで山に登ってきたことはあるの?」


「ああ、小学生のときに少しね」


行ったことあったんだ。


「俺、小学生のときは学童に通ってたんだよ。それで学童のイベントで夏休みにキャンプってのがあって、親もきてキャンプ場に泊まるんだ。そのときに山に登ったんだよ。友達と一緒に登ってめっちゃ楽しかった。キャンプで作ったカレーもうまかったし、夜中に抜け出して、肝試しやって親に怒られたな。友達とも色んな話ししたし。それが全部良い思い出になってる。だから山岳部に入ったってのもある」


「へー、学童ってそんなことしてたんだ。楽しそう」


「おう、俺の行ってた学童は充実してたよ」


「キャンプとかしてみたかったな」


「山岳部でもするでしょ」


「バーベキューとかしてみたい」


「そーゆーね!」


そんなことを話しながら僕たちは坂道を上っていった。



僕はどうなんだろう、山に登ったことは…。


そういえば小学生のとき林間学校で尾瀬に行ったな。

あのときは晴れてたし、楽しかった…。

いや、みんなの写真を撮ろうとして木道から落っこちたんだ…。

でも今となってはいい思い出か。


あのときは見たこともない植物をガイドさんが説明してくれたり、ビジターセンターに行って思ってたよりデカかったクマの剥製に驚いたりしたっけ。

そうだ花もきれいだったな、水面にうつる真夏なのに雪が残る山の姿も…。

記憶が鮮やかによみがえってきた。


登山ではなかったけど自然の美しさに感動したんだ。


幼馴染と一緒に写真を撮り始めたのはその頃からだ。

二人とも林間学校の写真係になっていた。


「あれ?五十貝くんも写真撮るんだ」


小さい頃から彼女のことは知っていたが、特別仲が良いというわけではなかった。


「じゃあさ、撮った写真とか見せ合おうよ」


尾瀬に入る前にそう言われて、必死になって写真撮りまくってた。

結構きれいだったから今もその写真は家で飾られている。


林間学校の帰り道で尾瀬で撮った写真を見せあいっこした。


これ綺麗じゃん!

こんなんあった?

見て、このニッコウキスゲきれいでしょ?


そう話している時間が楽しかった。

いままでそれほど女子と話したことがなかった僕は、照れながらも嬉しかった。


それから撮った写真などを見せ合う仲になっていった。


そうか、幼馴染と写真という共通の趣味を繋いでくれたのは山だったんだ。


中学に入学して僕は美術部、幼馴染は家庭科部に入部した。


僕は親に運動部にも入りなさい、と言われたけど結局入らなかった。

絵は得意だ。黙々と何かをこなすのは好きだ。

それぐらいしか入る部活がなかったからかもしれない。運動部と比べて文化部の数は圧倒的に少なかった。


中学に入学して初めてカメラを買った。コンデジだが、今まで親のカメラを借りていたので自由に使えるようになったのは大きい。幼馴染とは暇をみつけては日常で撮った写真を見せ合った。


高校になってからは文化部の数が多くなり、選択の幅が広がった。入学前から写真部があることは分かっていた。

偶然、幼馴染も同じ学校に来ることになったのであの約束をした。


「高校になったら写真部に入ろう!もっと写真を撮りたいし、色んな人の写真を見たい」


と、

だから高校入学前に新しいカメラを買った。一眼レフだ。最初はコンデジとの操作の違いに戸惑ったが、使えるようになってきた。


なのに親に、運動部にも入りなさいと言われた。

親に言われなければ山岳部なんか入らなかったかもしれない。



神崎くんは僕が遅すぎたのか、坂を上りきり平らな道に出てから、


「先に行ってるぞ」


と言って走っていってしまった。


僕も思い出に浸りながら桑畑に囲まれた道をゆっくり走っていった。



坂を下ってようやく学校が見えてきた。

うちの学校はレンガ調の校舎だ。

その横を抜け、校舎と道を一本挟んだ体育館の前までくると部長が叫んできた。


「おせーぞ、五十貝!罰として腹筋50回追加な!」


まじですか。


「やめてやれ」


笑いながら僕を庇ってくれる

おお、近藤先輩やさしい。


「せめて30回ぐらいにしといてやれ!」


あ、増えることにはかわりないんだ。


「おつかれ、裏切ってすまんかったな」


神崎くんが僕の前に座った。筋トレはペアで行う。今日は偶数なので割りきれる。


「もしかしてこうなること分かってた?」


「知るわけねーじゃん」


神崎くんは憎らしい笑みを浮かべた。


いつもより30回多い腹筋をやることになった。

その途中、疲れて浮いてきた僕の体を部長が押さえながら言ってきた。


「土曜日、俺たちが山でやることを見せてあげるよ。大会前の準備をね。君たちがそれを来年やるんだから、楽しみにしときな」


「「分かりました」」


神崎くんと同時に答えた。


なんだろ、何を見せてくれるんだろう。

そう期待しながら。

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