2-入部前夜

「美しい写真を撮りたい」


最初はそんな軽い気持ちだった。


中学卒業後、仲の良かった友達は別々の高校へと進学していった。

元々少なかった友達が高校入学とともにさらに少なくなり、話せる仲の人はほとんどいなくなってしまった。

僕は平野のはじっこにある田舎の高校へと進学した。ここは山に囲まれた海なし県だ。



一通りのオリエンテーションを終え僕はまだ慣れない高校生活を憂鬱に感じながら、帰りの電車のつり革に掴まっているところだった。


「ねえ、どこの部活が面白いと思った?」


そう笑いながら冗談めかして聞いてきたのは、唯一学校で話せる幼馴染の女子だ。はつらつとした性格の、笑った顔は無邪気で可愛らしい女の子だ。美人という言葉より、可愛いと言った方がいい。一部の男子には人気があった。僕はもう見慣れたはずの笑顔でも、正面から見続けるとさすがに胸に違和感を感じた。

僕は前を向いて、流れる外の景色を眺めながら答えた。


「色々面白そうな部活はあったけど…」


今日は部活動紹介があった。

二人とも写真を撮ることが好きだったので、高校の写真部に入部しようと前々から約束をしていたのだった。


文化部も運動部も自分の部活に入ってもらおうと必死にアピールをしていた。


ただ入ると決めていた写真部の紹介は、部長らしい弱そうな男の人が申し訳なさそうに部活内容を説明しているのを見て、大丈夫なのかと不安になってしまったのだ。

そのせいか、他の部活のバイタリティ溢れる紹介が心に残ってしまっていた。


実は親に今度こそ運動部にも入りなさいと圧力をかけられているのだ。そうすると写真部で活動する時間も短くなるし、元々運動部に所属していなかったのでかなり不利だと言い訳もしたくなるのだが、しょうがない。

実際僕は運動不足で、体育でも良い成績を残せていなかった。


そんなこともあり、初心者でもあまり厳しくなさそうな運動部はないのかと探していたのだが、面白そうだと思ったのが山岳部だった。


山岳部の紹介ではガタイの大きな部員が熱く部活について説明していた。

そして、爽やかな音楽と共にプロジェクターに映し出されたのは、壮大な山の写真、楽しそうに登っている部員たちの写真だった。それに不覚にも感動してしまったのだ。


山か、登ったことはないのになぜかドキドキした。


これなら運動部だし、山に登って美しい写真も撮れるんじゃないか、一石二鳥じゃないか?と思ってしまった。


「そうだな、見てて山岳部なんか面白そうだと思った」


僕が答えると幼馴染は思い出すように天井を見上げた。


「んーそうね!スライドショーよかったし。あと部長さん?元気よく説明してたよね」


「そう、それで本気で山岳部に入ろうかと考えてる」


どうせ運動部には入らなくちゃだし、きっぱり言ってしまった。


「え?うそ!本当に入部する気?じゃあ写真部は?一緒に入部するんじゃないの?明日入部届け出しにいこうよ?」


あまりにも予想外だったのか幼馴染は驚いて聞いてくる。


「もちろん、写真部にも入部するさ。ただ運動部にも入部しろって親に言われてるから、山岳部なら運動部だし写真だってきれいなの撮れそうじゃない?」


幼馴染は不満があるのか、怪訝そうな顔をしている。


「う〜ん、それならいいんだけど…山、か」


「じゃあ、一緒に入らない?女子部員も募集中らしいし(笑)」


「嫌だよそんな男ばっかの部活!でも山って危険なんじゃないの?事故とかあったし」


「まあそんな危ない所には行かないでしょ」


と、僕は何気なく答えていた。


「まあいいや、入りたいんでしょ?説明では面白そうだったし。でもちゃんと写真部の活動もしてよね」


一応は認めてくれたようだ。


その後僕たちは降りる駅に着き、無難な会話をしながら幼馴染と分かれた。


家に帰り、台所で家事をしていた母親に山岳部に入りたいと言うと


「山岳部?…山、かー、山に登るんだよね…

まあいっか、一応運動部だし」


一瞬、母は何か考えたのか家事をする手を止めた、だが僕の方を振り返ることもなくすぐに認めてくれた。



これから運動部として僕はやっていけるのか、先輩は怖くないだろうか、実際の山ってどんな所なのだろう。一抹の不安を感じながらも、山岳部での生活を想像し、この日は早めに床についた。

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