Step

牧野 沙梨

0

一筋の光を通すことすら許さない森から聞こえてくるのは、この腐りきった社会から解放された者達の声だけ。


 そこに一つ、この森にはにつかわしくない小屋があった。暗闇の中、不自然に月に照らされたその小屋は、長い間人の目に触れることなく朽ちたようだ。春を買った男が少女を連れて入ってくる。


小屋の中にただ凛然と立つ少女に、男の猛々しい視線が注がれる。

ふと、何を思い立ったのか、男が小屋の窓へと歩いていった。風の吹き込む小屋の隅から目を離した少女は、男の近づいた窓に視線を移した。

「何を見てるの。」

「人がいないかをね、確認しないと。」

やはりそんなものか。少女は自分の憶測に間違いがなかったことに、少しばかり落胆する。そんなんだから奥さんにも愛想をつかされてこんなことをしているんだな、と。男はここまで来て自分の体制を気にしているらしい。気にするくらいならやらなければいいもの。一体何を探しているというのか。後ろも見ていないくせに。


じろじろと見つめすぎたらしい。少女の視線に気が付いたのか、男はちらと少女を見て機嫌を取るように笑うと、また視線を外に巡らせた。吐き気がする。こちらが少し不安げな顔をすれば慌てたようにその場で取り繕った言葉を並べて慰めてくる。お前のせいだろ。しかし、言葉一つで社会的に地位の高い男がコロコロと表情を変えるのは見ていてとても面白い。まるで自分が少女を支配しいると勘違いしているかのような態度に、少女は嘲るように心の中で笑った。

 それから少女は、ポケットに入っている小型のナイフを舐めるように指でなぞり、少女は男の後ろに近づいた。


「ねえ、はやくしよう」


少女が囁くと、男は振り返りゆっくりと目を瞑った。そしてにやりと君悪く笑う。吐き気を抑えゆっくりとコートの内側へ手を伸ばし素早く抜き取る。ポケットから取り出したそれが閃く、と同時にそれは男の心臓に深々と突き刺さっていた。


 数秒たって男が異変に気づき慌てふためく。男の胸は既に紅く染まっていた。気の動転した男は、愚かなことに自分でナイフを抜き、少女に近づいていった。ああ、抜けば血は余計溢れ出てしまうのに、馬鹿かこいつは。愚問だった、馬鹿だ。ハッと鼻で笑えば相手の顔は歪んでいく。それに比例していくように抜き出されたその痕からじわじわと紅が広がっていく。命の危機を感じた男が少女に抵抗しようと倒した瞬間、視界が回り、いつの間にか少女が男の上にまたがっていた。力の入らない男を押し返すなど、少女にとってはいとも容易い。状況をいまだ理解できず、なおも抵抗する男からナイフを取り上げた少女は、両手でそれを持ち直すと何度も突き刺した。血が飛び散り、少女の笑い声が暗く無機質な部屋に高らかに響く。




 少女のワンピースを、紅が染め上げる頃には、哀れな男は抵抗しなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Step 牧野 沙梨 @guri_nyannyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る