宝石の探求者
月野見里
宝石の探求者
赤城莉々の手記
これは告発になるのかもしれない。でも、ひとの悪いおこないを暴くものじゃない。なにせ、私はあのひとが悪いことをしている現場を見たわけじゃない。それどころか、悪いことをしたと他人を納得させる証拠もないのだ。証拠も…いや、証拠はある。でも………あれが証拠と言い切れるかというと……
どうしてもペンが止まってしまう。
私の話を信じてくれる人はいないかもしれない。でも、それでも信じてくれるひとがいるかもしれないと思っているから、書くときめたのだ。
私は………いや、書くのだ。私にしか書けないと思うのは思い上がりではないはず。
どこから書けば良いのだろう。とりあえず、私の見えるものについて書こう。これは、誰にも言っていない話だ。正直、信じてくれる人なんていないはずだ。非科学的だ。やっぱり………
書こう。別にこの手記は書き終わったら燃やしても良いのだ。ひとに見せない選択肢もある。それに……書かないと落ち着かない。
大丈夫。言葉には力があると聞いたことがある。大丈夫、と口に出すことには意味があるのだ。この手記を書くことにも。
私には、ひとに見えないものが見える。私には、ひとの宝石が見える。なんのことかわからないはずだ。私にはひとの胸に宝石のようなものが見える。ブローチをしているみたいな感じかな。ひとによって大きさ、形、色、透明度なんかが違う。世界に一つだけの花、かな。花じゃないけど。
そして、その宝石はどうやら、そのひとの「才能」を表しているらしい。つまり、私はひとの才能を見ることができるのだ。
どうして才能だと気づいたかというと、単純にスポーツのできる子や頭のいい子ほど宝石が大きかったからだ。才能というのは世間的なイメージよりも残酷で、小学生の時にはもう差がついていると悟るまでに時間はあまりかからなかった。宝石の微妙な大きさの差に嫉妬することもあった。運命はやっぱり残酷なのだ。
もちろん、才能にも種類がある。宝石によってひとつひとつ大きさや色や輝きがちがう。大きさは大きいほど強力な才能になるし、輝きが強いほど才能が表面化している。色が白いほど善い能力で、黒いほど悪い能力だ。高校のとき男性教師とこまめに接触して成績をごまかした女は宝石の大きさこそ小さかったが、他のひとよりも灰色に近かった。
ああ…宝石が見える能力なんてなければいいのに。私のような人間にはあまりにも身に余る能力……どうしてわざわざ持て余すような能力を私に与えたのだろう。
いつだって全ては残酷なのかもしれない。
身を哀れんでも事は解決しない。筆が滑ってしまった。一旦落ち着こう。
あれは5年もまえになるのか。東京の真ん中へ行ったときだ。
私は、これまでに見たことがないほど大きく、まるで暗闇の中を照らすランタンの光のような輝きの宝石を見た。大きな駅の中を歩いていたときだった。
すれ違ったのはほんの一瞬。でも私はその圧倒的な存在感の宝石に心から魅了された。
あの時の衝撃は未だに覚えている。本能的な感覚だった。それ、を見た瞬間、反射的に全身が粟立ち、脳が揺さぶられたような感覚だった。
私は雑踏の中で思わず立ち止まり、振り返った。宝石の持ち主は初老の男性だった。
目で追おうとしたが、その宝石の持ち主はすぐに雑踏の中に消えてしまった。
私は心臓に手を当てて、しばらく動けなくなったのを今でも覚えている。それほどまでの衝撃だったのだ。
その初老の男性はもちろんただ者ではなかった。1月ほどたったあと、彼はテレビに出ていた。私はすぐにあの男性だと気づいた。彼はノーベル賞の受賞が決まったそうだ。
それから私は大きく、美しい宝石を探すようになった。すれ違うひとの宝石をひとつひとつ血眼で観察した。でも、私の村に住んでいるひとの数なんてたかが知れていたし、村長でさえもノーベル賞の前では期待外れだった。
本当は東京なんかの大都市に行きたかったのだけれど、私はそんな大都市から遠く離れた田舎の娘だった。都会に行くことはお金も時間もたいへんに消耗するのだ。都会に就職するのはまずできない相談だった。
しかし、そのころ私もちょうど地元の高校を卒業して、就職先を探していた。ある程度山を降りれば働き口はそれなりにあったのだけれど、私は敢えて地元の村長を輩出した地主一家の家政婦になった。権力のあるひとの近くには優秀なひとが集まる。つまり、より美しい宝石が見られる可能性が高いと考えたのだ。
これは正解だった。
この一家は思いの外顔が広く、この家でたびたびほかの有力家のひとたちを呼んでパーティを開いていた。私も当然ながら、このパーティのお手伝いをする。参加しているわけではないが、参加者の宝石を見ることぐらいはできるのだ。
ここではいろいろな宝石を見ることができる。宝石、つまり才能といってもいろいろな形があると分かった。
パーティに参加するようなひとはみなある程度大きな宝石を持っていることが多いのだけれど、あまり輝いていないのに大きさだけは立派だったり、人並みの大きさなのに非常に強い輝きを持つものだってあった。
昨日、私はある少女の宝石を見た。麓の町に移り住んできた研究者の一人娘であるという。研究者は挨拶のために娘をパーティに連れてきたという。年齢は16歳だそうだ。
私はもちろん挨拶をする立場ではないのだけれど、飲み物を運ぶために会場に入ったときに出会ったのだ。
彼女の宝石は確かに大きかった。父親である研究者の宝石は意外と大したことがなかったのだけれど、彼女は違った。
彼女の宝石は、
闇のように「真っ黒」に光っていたのだ…
あんなに黒いものはかつて見たことがない。あそこまで黒く染まるというのは明らかに異常なものだ。私はあの真っ黒な宝石を見た瞬間恐怖で鳥肌が立った。まさしく本能的な恐怖を感じた。
さて、これがこの手記を書いた理由だ。私は彼女の宝石を見てからというものすっかり取り乱してしまって、仕事仲間からすっかり心配されてしまった。
鍵をなくし、皿を割り、階段から落ち………
いや、そんなことはもういいのだ。
とにかく私が伝えたいのは、彼女はいわゆる「悪」の才能を持った女性なのだということだ。
彼女は少し顔を盗み見ただけでは何ひとつよくないことをするようには見えなかった。それがかえってこわいのだ。
しかし…宝石のことは母親にも十年来の親友にも、誰にも話していない。信じてもらえるとも思えないのだ。
私は彼女をきっと止められない。
だとすれば、私には何ができるだろう?
そして私はこの手記をどうすれば良いのだろうか。燃やすべきなのだろうか?
繰り返すが、具体的な証拠は何もないのだ。私以外の誰をも納得させることは出来ないと思う。
でも
そういえば、私は私自身の宝石を見ることはできない。気になって胸を覗きこんだことは1回や2回じゃない。けど、いちいち見なくてもだいたい予想はつく。大した大きさではないということだ。
黒骨楠乃の日記
彼女を見た瞬間、彼女が私を見て明らかに普通ではない反応を示したのが分かりました。
彼女は今まであったことのないただの家政婦です。ですが、彼女は私をひとめ見て私の何かに強く反応したのです。
何に反応したのでしょうか。私はパーティという場に相応しい服を着ているとはいえ、特に奇抜な格好ではありません。容姿だって人並みです。
では何に反応したのか。生き別れた姉妹の面影でも見たのでしょうか。しかし、それだったらあの場で私に声をかけるのではないのでしょうか。そのような特殊な事態なら声をかけるのはおかしいことではありません。
少し気になったのは、彼女はどこか恐ろしいものを見たような反応を示していたことです。
私は最悪の事態を想像しました。彼女が私の顔を見ることによって何かに気づいたとしたら。彼女が私の起こした事件のいずれかに関わっていないとも言いきれないのです。ここ数年の犯罪を見抜かれたのでは、と考えるととても怖い。証拠はできるだけ排除していますが、いつ何が原因で破滅するかなんて分かるはずがない。
もちろん、根拠も何もないはずです。こんなことを考えるなんてばかげています。でも、彼女の反応はそうとしか考えられないのです。他に恐怖を与えるようなものは何もありませんでした。壁際だったため、後ろに何かあった、という誤解も考えられません。
どうして、という点は疑問でしたが。私は決断しました。
まず私は彼女の部屋の位置と名前を特定しました。それとなく情報を聞き出す会話術もこの数年でだいぶ慣れました。みんな愚かにも私を信用しきっているのです。笑いものですね。
私はいつもより早めにすべてを整えました。なにせ、いつ告発があるか分からないのです。それが私の最も恐怖するところでした。
私は準備を終えました。
さて、彼女はどうして私の計画を看破できたのでしょうか。どんな回答が得られるのでしょうか?
宝石・・・彼女の宝石はいったいどんなものなのでしょう。きっと今まで見た中でもトップクラスに大きいでしょう。早く仕留めて実体化させたいところです。
気分が乗ってきました。そろそろ時間です。
再び 赤城莉々の手記
私は身の危険が迫っているとうすうす想像しつつも、手記を書き終わったら思いのほか疲れてしまって、ベッドで寝ていました。なれないことをしたからでしょう。
夢も見ないくらいぐっすりと寝ていました。その睡眠も、侵入者によって妨害されてしまいましたけれど。
ふと気がつくと、私はマスクをつけた女性に口を塞がれ、喉には刃物をつきつけられていました。
私もまさか本当にいのちを狙われるとは思ってなかったので、自分の身に起きていることを理解するのに両手分の時間を要しました。
刃物をつきつけていた女性はまさにあの黒骨博士の娘でした。
しかしまさかたった一日で来るとは思いもしませんでした。
彼女はにっこり笑ってこう言いました。
「どうして気づいた」
何を。とごまかす余地もありません。私は正直に
「あなたの宝石を見た」
と答えました。
ばかにされていると感じるかも、とは思うのですが、それが真実なのです。
窓からの月明かりのなかで、彼女は心なしか一瞬目を見開いたように見えました。
夜の静寂が通り過ぎます。
「どういうこと」
「私はひとの才能が宝石のかたちで見えます。あなたの才能を見ました」
私はまた正直に答えました。この期に及んでどうして誤魔化せるのでしょう。
彼女は少し考えて、刃物(ペンナイフでした)を懐にしまいました。
「私にも宝石が見える。」
「私は殺した人間の宝石が見えるの」
そしてこう言いました。
「もしや、貴女も宝石の探求者なの?」
「ええ。私も宝石の探求者です」
彼女は何かを察したのか、心なしか顔色を綻ばせて私に右手を差し出しました。
「私と組んで、さらなる宝石を探さない?」
まさかほかにも宝石を見ることができるひとがいるとは。
私は少し考えました。そして、おもむろにベッドから立ち上がりかけました。しかし、私は何かに躓いたのか、すこしよろけました。
「大丈夫?」
私は懐から護身用のペーパーナイフを素早く取り出し、心なしか油断した黒骨さんの首の後ろに突き立てました。
即死だったのでしょう。久しぶりでしたが、うまくできました。
彼女はそのまま崩れ落ちました。上手く急所をつけたので、血はほとんど出ませんでした。
私は彼女の才能をよく知っています。たぶん、本人以上に。きっと、ここまで痕跡をほとんど残さず来たのでしょう。
でも、才能はときに自らに刃向かいます。使いこなさなければ結果的に自分の首を絞める結果になることもあります。まさに運命は残酷といったところでしょうか。
あらら…
だいぶ筆が滑ってしまいました。この手記も証拠の足しになるといいな、と思って慣れない文体で書いたのですが。
まぁでも、この手記は私以外には開けられない場所に置いてあります。誰の目にも触れないでしょう。
最後に彼女(黒骨楠乃さん、というそうです)を何故殺したのか、一応書いておきましょう。
彼女の黒く輝いた宝石はとても魅力的だったのです。大きさは並ですが。
「宝石」は持ち主が死ぬと実体化します。これが黒骨さんが死んだ人間の宝石を見ることができた理由です。
宝石・・・魅力的なものがあったら、手に入れたいと思うのがひとの、人間の性ではありませんか。私は一線を越えることを恐れて指をくわえて我慢することのできるタイプではありませんでした。
彼女の宝石を一目見たとき、いくばくかの恐怖を感じたことは否めません。ですが、危険さもまた魅力でした。身の危険が逆にチャンスであると悟るまでにあまり時間はかかりませんでした。
なぜそんな危ない橋を渡るのかって?
私は、宝石の探求者(コレクター)ですから。
宝石の探求者 月野見里 @tukimis
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