第2話 アルモ家と依頼

 ─国王の報告から2週間─

 避難所の片隅に3人の兄弟がいた。

 陸人兄ちゃんは倒れていた。


「陸人兄ちゃんって本当に馬鹿よね。

 あの時はかっこ良かったけど、ここまで働き詰める必要ないのに。」


 ─陸人─

 朝5時出発→新聞配達のバイト(自転車)→とある飲食店のバイト→昼ごはん(まかない)→コンビニのバイト→さらに別の飲食店のバイト→またさらに別の飲食店のバイト→深夜1時終了。


 いやいやいやいや、なにこのスゲーハードなスケジュールは。

 でも、こなしているのだよね。

 

 ワルガキである兄はなんと、ワルガキエネルギーの全てをバイトに費やした。

 ワルガキの根性が兄を支え、ここまで働かせた。

 

 しかし、エネルギーは現在枯渇状態。

 死にかけている。

 それでも、これを1週間続けられたのが兄のすごいところである。

 

 ちなみに僕は高校首席の頭を使い、家庭教師を始めた。

 教えるのは基本科目(魔語(魔術世界の言葉で、技術世界で言う英語みたいな立場の言語)、共通語(日本語)、数学、理科、社会)のうち、数学と理科である。

 教育内容は日本と同じ。

 メイティア王国が、技術世界側に合わせたらしい。


 この仕事はおいしい。

 すごくおいしい。

 教えている子は、なんと貴族の子。

 その家庭は家庭教師を探していたが、年が離れた方ばかりで、かなり気を使っていたらしい。

 

 ちなみに、魔術の家庭教師に若い者はたくさんいるが、学問の家庭教師には若者がほとんどいない。

 そこで、若い僕に声が掛かったわけだ。

 しかし、こんな僕に声がかかることは非常に稀である。

 

 教え子の名前は、エルダ・メイティア・アルモ。

 アルモ家は国王と繋がっている貴族だ。 

 よってお金持ちであり、お給料がガッポガッポ入ってくる。

 ガッポガッポだよ、ガッポガッポ。

 にやけてしまう。

 運がかなり良かったのだろう。

 

 ごめんねお兄ちゃん。バイト地獄とか言ってたけど、結構楽です。ご飯も用意してもらえます。

 授業時間も多いわけではないし、仕事中なのに、自由時間も結構与えてくれます。

 大して体も疲れません。


 ちなみに、兄と美奈には仕事のことは伏せている。  

 家庭教師ということは知られているが、いつも大変と言っている。

 

 事実を言ったら兄が凹んでしまいそうだ。

 あれでも相当頑張っているからな。


 



 ある日、転機が起きる。

 僕はエルダの母、アリス・メイティア・アルモが僕を別室に呼んだ。


 コンコン──

 

 「お入りください。」

 

 「失礼します。」


 入った部屋は応接間だろうか、随分と立派だ。

 だが、あまりにシンプルすぎるため、部屋自体がすごく広く感じる。

 

 部屋を見回しながら席についた。

 アリスは紅茶を用意した。

 高級なものだろうか。

 すごくフルーティーな甘い香りがする。

 一口飲んでみると、苦味が少ない。

 

 お菓子も勧められたのでいただいた。

 僕は男だが、甘党である。

 

 しばらく沈黙が続く。

 少し気まずかったが、大して緊張はしなかった。

 すると、アリスがようやく口を開く。

 この時、僕は8つ目のお菓子をいただこうとしたが、手を引いた。


 「突然で申し訳ありませんが、修司さんはどちらのご出身で?」


 本当に突然アリスが質問をした。


 「...平瀬です。」


 再び沈黙が続く。

 でも何でそんな質問するのかな。

 

 異世界交通路爆発事件はまだ記憶に新しい。

 気まずい。

 が、この間すかさず8つ目のお菓子を頂戴した。

 我ながらお行儀が悪い。

 

 「そうでしたの。」

 「......」

 

 会話が続かない。

 ここは嘘をついた方が良かっただろうか。

 でも、いずればれていたかもしれない。


 「今も避難所で暮らしているのですよね?」

 「はい」

 「息子から話は聞いています。」


 (えっ、息子?

 エルダ君のこと?

 てか何の話だ。あっ、そう言えば...)

 

 不安がよぎる。

 実はエルダにはこれまでの出来事は教えた。

 何で家庭教師をやっているのかも。

 もちろん禁術のこともだ。

 禁術復活とか縁起でもないことは口にしないようにと決めていた。

 でも、何か情報を得られるかも知れないと思い、勢いで話してしまった。


 一応、他人に話さぬように、口止めはしておいた。

 大丈夫だろうとは思っていた。

 魔術世界でも姓名共に漢字の人は珍しくない。

 こっちの世界で暮らしている技術世界の者もそれなりにいる。

 だから、言われなければバレるとは思っていなかった。

 でも、うっかり口を滑らせたのだろう。

 僕の考えが甘過ぎた。

 

 やっぱり、空間術は禁術なのだから、それを復活させようとして動くのは、魔法世界側の人からしたら、良くは思わないのかもしれない。

 

 「あなた、空間術を復活させたいんでしょ?」

 「...はい」

 

 やっぱり知られてた。

 仕方がない。

 もしこれで家庭教師をやめろと言われたのなら、やめるつもりでいる。

 エルダが悪いわけではない。

 その事を彼に言ってしまった僕に非がある。


 「でしたら、この家で暮らしなさいな。」

 「えっ?」

 

 突然の言葉に僕は驚きを隠せない。

 家庭教師とは言えど、僕は赤の他人。

 そんな人を家に招くなんてどうかしていると思った。

 いや、それを言うとお手伝いさんだってそうか。

 じゃあ、僕をお手伝いとして使うのか。

 それとも、空間術のことを広められたくなければ、大人しく働けと脅されるのだろうか。

 僕は不安で震えていた。


 「大江ロイナ」


 震えが止まった。

 さらに僕はその言葉に反応した。

 大江ロイナ。

 僕の母の名前である。

 

 「私、実は彼女と同級生でした。」


 僕の母、ロイナは魔術世界の人間である。

 父は日本人であるため、ある意味国際結婚をして、平瀬へ行ったのだ。


「私は、彼女とは本当に仲が良かったんです。

 だから、あなたの存在も知っています。もちろん、兄の陸人君と美奈ちゃんも。

 今回、あなたを家庭教師として招いたのも、そういう理由です。これも何かの縁でしょう。」

 「えっ、じゃあ若いから招いたというのは...」

 「ゼロではありませんが、私たちは貴族の身であるため、基本平民を雇うことはなかなかありません。」

 

 ということは、僕が高校で学年首席ということも知られていたのだろうか。


 「そうでしたか...」

 「私は彼女に恩があります。だから、あなたを助けたい。だから、ここで暮らしてほしい。ここはあなたたちの家です。」

 

 僕は若干戸惑っているものの、ここは素直に感謝しよう、素直に甘えよう。

 そして、やめろとか脅しとかじゃなかったから安心しよう。

 そう思うのであった。


 「お心遣いに感謝します。これからもどうぞよろしくお願いします。」


 僕は深々と頭を下げた。


 「別にいいのよ。空間術のことも、できるだけ協力するわ。」

 「大丈夫なのですか?」

「ええ、禁術とか言われているけど、本当はメイティア王国の国民の多くは、異世界交通路の復活を望んでいるはずよ。

 国王様も同じ気持ちでいらっしゃるわ。」

 

 今の言葉に少し納得がいかなかった。

 国王は遠回しではあるものの、僕らを帰すために動くことはないという発言をした。

 もし、復活させたいのであれば、無理かもしれないが、全力を尽くすみたいなことを言ってくれるのかと思っていた。


 「しかし、国王は事件の報告で、異世界交通路のことは諦めろみたいなことを言っていましたけど。」

 「それは、国王様が動きたくても動けないのよ。」

 「というと」

 「下手に国王様が動けば、他国から非難されかねないわ。最悪戦争にも...」

 「戦争ですか...」 


「ええ、国王様の報告を聞いたのならば知っているとは思うけど、かつて空間術を用いたために、戦争が起きた国もあるのよ。

 中には、戦争が原因で、国が崩壊しかけたところも。

 だから、国によっては本当に空間術を阻止したいところもあるのよ。」


 国王の発言の意味をようやく理解した。

 ようやく心の中に詰まっていたものが落ちた気がした。

 続けて質問をする。


 「空間術はいつ頃から禁術となったのでしょうか?」

 「およそ300年前。種族によっては戦争経験者が生きているかもしれません。」


 「そうでしたか。ありがとうございます。」

 「いえ、あと修司さん。」

 「はい」

「メイティア王国内にも空間術を嫌うものもいます。  

 あなたが空間術を復活させたいこと、我々アルモ家もそれに協力することは決して口出しせぬようお願いします。」

 「肝に命じておきます。」


 「それでは、あなたの兄と妹をここに連れていらっしゃい。」

 「...分かりました」


 そう言われて、僕は部屋を後にした。

 




 しばらくして、兄と妹をを連れてきた。

 2人はこの事を承諾し、僕らはアルモ家の住人となった。

 部屋も1人1部屋ずつ与えてくれた。

 さすが貴族と言ったところか。


 その後、僕らはアリスに呼ばれた。


 「修司です。」

 「入っていいわよ」

 

 部屋に入ると、アリスと2人男性がいた。

 右にいた男は、ルートア・メイティア・アルモ。

 アリスの夫で、エルダの父である。

 

 アリスとルートアに挟まれて中央にいるのが、アルモ家当主、ラバス・メイティア・アルモ。

 ルートアの父である。


 すごく...空気が重い...


 特にラバスの威圧感が半端ない。さすが当主と言ったところだろうか。

 ルートアの威圧感もそこそこある。

 もしかしたら、ここで暮らしていいと甘い言葉で誘い、僕らをボロボロになるまで使うのだろうか。

 はたまたどこかへ売り飛ばされるのか。

 あまりの威圧感に逃げ出したいと思ったとき、ラバスが口を開いた。


 「アリスから話は聞いておる。君ら3人を歓迎する。」

 

 一応歓迎してくれるのか。ということは売り飛ばされるということはないな。

 いや、まだ奴隷にされる可能性とか残っている。

 緊張は続く。

 チラッと横を見る。

 美奈はガタガタ震えている。

 かなり緊張してそうだ。

 それとも怖いのだろうか。

 そうだろうな。

 僕だってラバス怖いもん。


 兄は...緊張の真似?

 兄が空気読めるようになってくれて嬉しく思うよ。

 いつ頃から読めるようになったんだろう。

 

 僕はどうでもいいことで気持ちを紛らわしていた。


 次の瞬間、僕は驚くべき光景を目にした。

 何と、ラバスの目から涙が溢れているのだ。

 さらに横に視線を移すと、なんということだ、ルートアの目にも涙が...


 一体どうした!

 何が起きた!

 国王にでも解雇されたか!


 目の前の光景のあまりのすごさに混乱する。

 これが鬼の目にも涙というやつか...

 そんなことを考えていると、ラバスが再び口を開く。


 「君らは、空間術を復活させたいのだよな。」

 「はい...」


 ラバスが立ちあがり、僕らの前に立った。

 そして、勢い良く正座をし、両手を地面につけ、頭を下げた。

 土下座だぁぁぁー!

 すると再びラバスの口が開く。

 

 「ワシからのお願いだ。頼む!かわいい娘と孫を助けてくれ。」


 あまりに突然だっため、言葉が出なかった。

 すると、ラバスに続きルートア、アリスも頭を下げた。


 「あ、頭を、お上げください。と、とりあえず落ち着きましょう。」


 正直落ち着きたいのはこっちだ。

 美奈はきょとんとしていた。

 兄は口がにやけていた。

 相変わらずだ。


 「一体何があったのでしょうか?」

 「実はだな...」


 ラバス曰く、ラバスの娘、ルートアにとっての妹と、ラバスの孫、ルートアとアリスにとっての娘が、異世界交通路爆発事件に巻き込まれ、平瀬に取り残されているとのことだ。


 「お主たちも、平瀬に帰りたいのじゃろ?」

 「もちろんです。」

 「わしらもサポートする。どうか、異世界交通路を復活させ、2人を...」


 やっぱり愛する娘と孫を失った痛みはとてつもなく大きいのだろう。


 「分かりました。必ずや、空間術、そして異世界交通路を復活させてみましょう。」

 「ありがとう...、ありがとう...。」


 再び貴族3人組は頭を深々と下げた。

 頼まれた以上は全力で取り組もうと思った。

 美奈も顔を見る限りそんな感じだ。

 兄は...、にやけております。


 ラバスたちが落ち着いたあと、話が進んだ。

 ここで、僕はひとつの疑問を投げ掛けた。


 「早速僕は動きたいのですが、一体何をすればいいのでしょうか?」

 

 ラバス...ではなくルートアが答えた。

 「君たちには魔術師になってもらおうと思う。禁術を復活されるのであれば、おそらく冒険をしてもらわなければならない。」

 「魔術師にはどうすればなれるのでしょうか。」

 「まず、魔術師育成の専門学校に通っていただきます。ある程度実力がついたら、冒険を始めてもらいましょう。指示はその際にまた出します。」

 「あの、学費等は...」


 恐る恐る質問する。


 「無論、あなたの負担になります。」

 「えぇぇぇぇぇぇぇーー!!!!!」

 

 悲鳴を上げた。


 「おっ、おっ、おいくら...で...」

 「日本円だと1人年間300ま...」

 「えぇぇぇぇぇぇぇーー!!!!!」


 言い切る前に悲鳴を上げた。


 「そ、そんなに、お、お高いん、ですか...」

 「冗談ですよ。もちろん、我々アルモ家で負担させていただきます。」

 「あっ、良かった...。ということは、年間300万円というのもですか?」

「それは本当です。一人前の魔術師に育て上げるというのはかなり大変です。

 さらに言えば、技術世界の人々を魔術師にするのはもっと大変です。

 そのため、これだけ高額になるのです。」

 

 僕らは技術世界の人間だ。

 そんなこと言われたら、魔術師になれるのか不安になってきた。


 「ありがとうございます。しかし、僕らにできるのでしょうか?」

「問題ありません。あなたたちの母、大江ロイナは大変優秀な魔術師でした。

 難関ダンジョンをいくつも踏破した実力の持ち主です。」


 えっ、初耳だ。そんなこと聞いたことないぞ。

 確かに魔術師だったとは聞いていたが、そこまでとは...

 母も僕らに魔術を教えることはなかった。

 だから、普通の方だと...

 

 「母がすごくても...」

「確かに母がどれだけすごくても、技術世界の者同士の血から生まれたのあれば、魔術師にはなれますが、上級者にはなれないでしょう。

 それは、体が魔術を扱うのにあまり適していないからです。

 しかし、あなたたちの母は、魔術世界の者です。立場上、あなたたちは技術世界の人間として扱われますが、半分は魔術世界の血が流れているのです。」

 「つまり?」

 「君たちには魔術を扱う素質があるのです。」


 つまり、純粋な技術世界の血を持つものは、魔術師になるのは大変だということだ。

 でも僕らは不純だ。


 「......分かりました。全力で頑張らせていただきます。」

 「期待しています。」

 「あっ、あともうひとつ。どうしてここまで僕らにこだわるのでしょうか?

 優秀な魔術師というのはたくさんいるでしょうに...」


 もちろん、声をかけていただくのはありがたい。

 しかし、一から魔術師を育てていては効率が悪すぎる。依頼をした方がよっぽどいい。


「これもいくつか理由がございます。

 1つ目は人手不足。

 爆発事件により、平瀬に取り残された魔術師がかなりいます。また、爆発事件復興のために駆り出されている者もいます。

 2つ目は、公に募集ができないこと。

 貴族という身分ゆえ、禁術のことで募集をかければ、特に反対派から強い反発を受けるでしょう。

 そして3つ目は...」


 ルートアがこちらを見つめてきた。何となく予想がつく。


 「修司くん、あなたの頭脳です。」

 「やはりですか」

「はい、魔術師になるもので、学問を極めるものは大しておりません。

 実は今回の依頼、解決策は一切分かっておりません。

 他の魔術師に依頼をし、闇雲に動かれては金と時間の無駄。

 以上のことから、あなたたちを魔術師に育て、依頼の解決をしてもらおうということです。

 何かご不満があればお申し付けください。」

 「分かりました。では、改めてその依頼を引き受けさせていただきます。」

 「ありがとうございます」

 

 こうして僕らは強い味方をつけ、1歩前進するのであった。

 久々に美奈を見ると、その表情は自信に満ち溢れていた。

 一方兄は...邪心に満ち溢れているような表情をしていた...。

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