第1話 決意
─メイティア王国 ケイネス─
異世界交通路、ケイネス出入口付近。
2人の兄妹がいた。
彼らは平瀬に住む、とある高校2年生の男子と、中学3年生の女子である。
男の名を俊介、女の名を彩花という。
「メイティア王国久しぶりだ。やっと来れたよ。」
俊介が笑顔で呟く。
「お兄ちゃん、ずっと来たがっていたもんね。」
「何せ、魔術の本場だからね。
来たかったけど、なかなか予定が合わなくて来られなかったよ。
でも、平瀬に住んでいるからこそ、普段から魔術にに触れることができるって最高だよな。
日本も変な考え捨てて、もっと魔術を広めちゃえばいいのにな。」
日本は、魔術の大きな侵入は平瀬市及びその周辺3市までと決めた。
魔術が技術を飲み込むことを恐れたからだ。
というよりも、かつ一時期、魔術が技術を押す時期があったのである。
よって、国内であろうと旅行者は、日本本土に魔術道具をもって帰ることができない。
無論、海外にもだ。
平瀬は同じ日本でもちょっと違う扱いを受けている。
さらに地理的な面も含め、孤立都市と呼ばれている。
しかし、それは悪い扱いではない。
魔術というものの有用性を見極めつつ、技術世界が魔術に押されないようにするためである。
そして、日本は技術と魔術によってできた「融合術」というものに目を向けた。
融合術は今のところ幾つかパターンがあるが、代表例は、魔力を使用する機械といったところだろうか。
融合術は今のところ魔力の問題で、技術世界においては使うことが出来ない。
そこで日本は、いずれ技術世界でも融合術が使えることを目指し、融合術の開発支援を行っているのである。
そして平瀬は、日本で、そして技術世界で唯一融合術が発達している都市であり、注目を浴びているという意味での扱いである。
「お兄ちゃんいつもファンタジー系のマンガとかゲームやってるもんね。」
彩花が話を進める。
「でもこれは現実だ。2次元じゃぁないぞぉ!」
兄妹は楽しそうに会話する。
っと、次の瞬間だった。
ドガァァァァーーーン!!!
100メートル程の長さがある異世界交通路の中心部付近で爆発。
兄妹は交通路の端には居たものの、まだトンネル内だ。
「さやかぁぁぁ!はしれぇぇぇ!」
俊介が叫ぶ。
爆発により、一瞬にしてトンネル全体にヒビが入る。
そして、2人が走り出したその刹那、トンネルが崩壊。
2人めがけて落ちてきたのだ。
「彩花!あぶねぇぇぇ!」
俊介が必死に叫ぶと同時に、彩花を全力で突き飛ばした。
彩花はその勢いで、無事にトンネルの外に出られた。
「お兄ちゃん!」
彩花がすぐさま振り返ると、煙が舞い上がり、視界を遮った。
「ゴホッゴホッ...お兄ちゃん!」
しばらくして、崩壊した門と、とあるものが視界に入る。
それは、瓦礫に埋もれ、血を流している俊介である。
俊介の意識はない。
「...嘘でしょ?...ねぇ、返事してよ。お兄ちゃん、お兄ちゃん...
おにいちゃぁぁぁーん」
兄、俊介は即死であった。
─異世界交通路爆発事件から3日─
僕ら3人は、ケイネスの郊外に作られた緊急避難場所に来た。
今のところ門や爆発周辺地域の復興の目処はたっていない。
「お父さんやお母さんは大丈夫かな...」
妹の美奈が心配そうに言う。
僕は妹の肩に手をのせた。
「大丈夫。家は中心部から離れてるし、あの日は1日家に居るって言ってた。」
「異世界交通路が塞がったらしいけど、私たち帰れるかな...」
「大丈夫。たぶん国王が技術世界への通路をすぐ通してくれるはずさ。
少なくも、平瀬にも取り残された魔術世界の人たちがいるはず。
国王は国民からの信頼が厚いって言われてるからね。国民のことを第1に考えてくれるはず。」
うん、そうだ。大丈夫だ、大丈夫。
僕は自分に言い聞かせる。
美奈も僕の言葉を聞いて、少し明るくなった。
しかし、兄はこちらをじっと見ている。
「どうしたの兄ちゃん?」
「いや、あんまり楽観視するのも良くないんじゃねーか。」
「えっ...」
僕は少し戸惑った。
兄らしくないからだ。
兄はワルガキゆえに、ポジティブだ。
いつもは、何があっても基本ヘラヘラしている。
何かすごいことを起こしても、「何とかなるって」とか言っている。
だから、今回も同じことを言うかと思ってた。
でも、今回の兄は冷静だった。
こんなに冷静になった兄を見るのは久しぶりだ。
だからこそ、僕は余計に不安になった。
そして、一番考えたくなかったことが頭に思い浮かぶ。
それは、もしかしたらもう2度と平瀬に帰れないのかもしれないということ。
となれば、親や友達とも会えないかもしれない。
せっかく頑張って首席を獲ったのに、もう学校に行けないかもしれない。
かもしれないじゃない、これは決定事項になる。
そんな不安が僕を襲った。
無論僕だけでなく、美奈もだ。
陸人兄ちゃんは分からないが、きっと不安なはずだ。
否、兄は何とも思っていなかった。
珍しく空気読んでみて、からかっただけらしい
兄は内心どうにでもなると思っているらしい。
何だよこいつ。やっぱりワルガキだ。
─正午過ぎ─
避難所ある一台だけのテレビに避難民が押し寄せた。
メイティア王国国王、ディアス・メイティア・エイルド国王が、先日の異世界交通路爆発事件の報告を行うからだ。
テレビには報告を始めようとしている国王が映っている。
国王は淡々としゃべっていた。
顔は無表情のままだ。
僕らはこの報告で、いくつか情報を得た。
まず、今回の事件は門を直接爆破したもので、意図的な犯行の可能性が高いこと。
異世界交通路は2つの世界を結ぶ唯一の交通路のため、その分通行人も多い。
今回の事件による死者、怪我人、行方不明者は、メイティア王国内だけで合計で2000人近くに上る。
また、爆発当時、交通路内部にいた者の行方は不明である。
死者、怪我人の7割は技術世界の人間である。
昼間の時間帯は、メイティア王国の出入口は、技術世界側の人の割合が高くなる。
たぶん偶然だとは思うが、犯人は技術世界の人間を狙ったのかもしれない。
もしかしたら僕らの世界の人間に恨みがあったのだろうか...
そしてもう1つ。
異世界交通路は、空間術という魔術によって繋げられている。
空間術は、今いる空間から、亜空間を経て、別の空間に繋げる術である。
これにより、様々な異世界と交流が可能になったのだ。
かつて魔法世界では、盛んにこの空間術を使っていた。
平瀬はそんなときに繋げたところの1つであった。
魔術世界の人々は、これを使って、異世界人との交流を盛んに行った。
しかし、問題が起きる。異世界ゆえに、常識や価値観の違いによるすれ違いが起きるようになった。
そのすれ違いは、いつの間にか歯止めが利かなくなっていた。
そして、ついに戦争が起きてしまった。
それは、1ヶ所だけではなく、何ヵ所にも渡って。
そして、ついに空間術は禁術となったのだ。
現在、空間術は伝えられていない。
また、空間術を禁術にした際に、交通路を破壊する案が出た。平瀬との交通路も該当した。
しかし、平瀬の人々とはかなり友好的であり、これからも発展の可能性があったため、この異世界通路だけは残された。
が、今回の爆発で異世界交通路は魔術世界から完全消滅した。
だから、交通路を復活させたいが、禁術ゆえにそれができないということ。
つまり、帰れないということ。
とうとう不安が的中してしまった。
周りの人たちも混乱していた。
突然告げられた「帰れない」という言葉に、言葉を失っている者、泣くもの、怒る者。
そして、まるで絶望の縁に追いやられたかのように、みんな気を落としていた。
無論、平然としている人は誰一人としていなかった。
こんなの受け入れられるわけがないし、受け入れたくもない。
でも、受け入れなくてはならない。
これが現実なのだから。
そのあと、国王が僕らをメイティア国民として受け入れ、暮らしてほしいと言った。
その言葉を聞いた僕は悔しくてたまらなかった。
何とかして帰す方法を見つけるのではなく、メイティア王国民になれというのだ。
国王は僕らをもとの世界に帰すつもりはないのだろう。
その一言で、もしかしたらという思いが粉々に砕かれた気がした。
国王の一言はまるで僕らにおとなしく諦めろと言っているように聞こえた。
いや、そういうことだろう。
おとなしく現実を受け入れることしかできない無力な自分に、絶望や怒りを感じた。
しかし、国王の対応は合っている。
異世界交通路復活に動かないのならば、そうするしかない。
でも、でもだ。現実を受け入れられない。
そうであっても、僕らはそれを受け入れなければならないのだ。
なぜなら、僕らには地位も力も何にもないただの人間だから。
「力が...あれば...」
心の叫びだ。
「俺は親に何もしてやれなかった。友達にもだ。あいつらはいつも僕を助けてくれたよな。
いつも陰ながら全力でサポートしてくれた。彼らの言葉に何度も助けられた。
でも、僕はなにもしてやれてない。他にも...」
いつの間にか目から涙が溢れていた。
「修司」
兄が声をかけてきた。
「俺はここで暮らしていくぜ。」
「はっ?」
僕は兄の言葉に怒り狂いそうになった。
「お前はいつまでも無力なままでいいのか?
お前が強くなって帰りたいと言うのであれば、強くなれよ。
そのため今は現実受け入れろよ。歯食いしばって頑張れよ。お前が大好きな平瀬に帰って見せろよ。
俺はよくお前に嫉妬とかしているけど、お前が全力で頑張っている姿は好きだ。
今回は俺も協力してやるよ。強くなろうぜ。」
兄は上から目線で僕に言った。
でも、その言葉は、僕の中に強く残った。
「修司兄ちゃん、私もがんばる。」
美奈もそう言って、僕の手を握った。
僕は涙を拭いて立ち上がった。
「ああ」
兄の口元が少し緩んだ。
「そう来なくっちゃ」
兄は馬鹿だし、いつもヘラヘラしている。
そんな兄にイラつくこともあった。
でも、兄は頼りになる存在だってことに気づいた。
今回は兄に助けられた。
「絶対に強くなる。」と、決心した。
「そうと決まったところで、まずはここの世界で暮らしていかなきゃいけない。
最初のステップはお金を貯めて、少しでも生活を安定させること。
とりあえず安いアパートで暮らせるだけの金を作る。」
こういうときに限って兄は頼もしいと思った。
が、
「フッ、いや~、決まった!」
僕は唖然とする。
「いやぁ、空気って読んでみるもんだねぇ。我ながらすごくいいこと言ったわ。
からかうつもりでいたけど、なんかからかえなくなっちまった。修司の深刻な顔もおもしれえなぁ。」
兄はケラケラ笑っている。
やはり兄は兄だ。
頼もしさの欠片もない。
助けられるどころか、蹴り落とされるところだった。
危ない。
先が思いやられる。
「でも、これは真面目に考えたぜ。ここで生きてくってことをな。」
「はいはい」
また適当なこと言ってんだろうと思った。
が、そうでもなかった。
「バイト地獄始めるぞ。」
そのつもりではいるが、一応兄も考えていたみたいだ。
でも、兄は時々訳のわからんところでスイッチが入る。
目がすげぇ怖い。
まるで獲物を狩るような目だ。
お金をガッポリ盗ってやるぜと言わんばかりの顔をしている。
兄の名誉のために一言。
兄はワルガキのくせに、実は犯罪には手を染めない。
例えば、飲酒だったり喫煙だったり。
実は頭が良いのか、ただ単にチキンなのか。
まあ、犯罪を犯さないに越したことはない。
ただし、何かやらかしそうな雰囲気はガチだ。
嫌な予感がした。
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