『がってんさん食堂』

やましん(テンパー)

 『がってんさん食堂』

 ぼくのお家の近所には、『がってんさん食堂』さんという、ちょっとおかしな、でもありがた~い食堂がありました。


 まあ、見た目はごく普通の町の洋食屋さんですし、メニューも特別なところはありません。

 しかし、まず、なんと言っても安いのです。

 ラーメンが400円。

 チャーシューメンは500円。

 カレーライスも500円。

 おまかせ定食も500円。

 とんかつ定食で600円。

    ・・・・・その他


 ところが、特筆すべきは、マスターには超能力があるらしいのです。

 お客さんが、何を注文したいのか、分かってしまうと言うのです。

 そこで、テーブルに座って、注文をする前に、マスターがこう言います。

「がってんさん! 天丼定食ですね!」

「おわ、あたり~!」

 と、言うと、その時点で百円引きとなります。


 なんだ、要は、何を言われても「あたり~~!」と言えば良いんじゃない。

 いえいえ、ところが、事はそう簡単ではないのです。


 つまり、ほぼ大方の方が、あとから、こう言うのですから。

「実は、当たってるんだ。これが不思議な事に。」


 で、今夜もぼくはカウンターに座っていました。

 奥様は静かな方で、いつもにこにこしていますが、あまりご自分からは口を開きません。

 まあ、変わっていると言えば、マスターはモーツアルトさんの大ファンなので、お店の中ではいつも、モーツアルトさんの音楽が、控えめな音で鳴っています。


 今夜は、あの有名な「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」がかかっておりました。

「やあ、いらっしゃい。『チャーシューメン』ですね。『ご飯、小』。」

「あたりです。」

「よっしゃ。がってんさん。でも、少し野菜を食べなさい。」

「はい。」

 マスターは調理に掛かりました。

 一番端っこのテーブルに、なんだか「銀河鉄道の夜」の鳥捕りさんのような方が一人で座っています。

 わりと毎晩のように見かける方ですが、正体は不明です。

 大きな帽子を被っています。

 身長は160センチ少しかな、背は低い。

 左のお耳が、少し変わっていて、お顔にはあばたらしきものがあるようです。

 お鼻は、丸っこいが、それでも、何だかこの国の人ではないようでした。


 ただし、その、声も聴いたことがありません。

「今夜は、天丼でいいスカ?」

 と言われると、帽子の陰の中で、にこっとして肯くのです。

 帰る時は、だまってお金を払って、どこかに消えてゆきます。


 まあ、食堂にあっては、当たり前の風景ではありますが。


「はい、おまちどう。」

 目の前に大きな『チャーシューメン』が現れ、さらに続いて、普通のお茶碗に盛ったごはんが現れました。

 何だか野菜がやけに多いです。


 例の鳥捕りさんが、ちらっとぼくを見ながら、無言でお金を払って出て行きました。

「しんさん、(ぼくの通称であります)あんた、死ぬ気だね。」

「おあ、何でですか?やはり心を読んだな・・・マスター!」

 ぼくは、ささやきました。

「ばーか。顔みりゃわかるさ。ほら、顔に書いてるんだ、見て見なよ。」

 マスターが、小さな鏡を目の前に置きました。

「おわ~!」

 ぼくは、本当にびっくりしました。

 だって、顔の右と左のほっぺたに、字が書いてあるんですから。

「シニタイ コンヤ」

「ひえー。」

 ぼくは、お手拭きで顔をこすりました。

 でも、消えません。

「まあ、やめときな。そうだな。明日の晩も来てくれたら、300円引きにしようかなあ。」

「300円!」

「ふん。」

 それは大きい。300円は大きい。

「ま、考えな。いいこともあるだろうよ。そのうちな。気長に待つことだ。焦るこたないさ。」

「ああ、はい~。あのう300円ね。」

「おう。ただし、声だすなよ。」

「あい・・・・。」


 食事を済ませて、お手洗いに行きました。

 真っ先に顔を点検しました。

 でも、何も書いてありません。

「あっれ! なんか騙されたかな。」

 でも、今夜決行したいかなあ、と思っていたことは、まあ間違ってはいないのです。

 カウンターに戻ると、もう鏡は、そこに、いませんでした。


 アベックのお客さんが来ていて、彼女の方が声を上げて喜んでいます。

「う、っそー! 当たってますう~。」


 仕事辞めて、2年近く。

 お財布が厳しくなってきたし、奥様はどこかにいなくなるし、人に会うのはなんだかすごく億劫で、そこを無理やり頑張ると、2~3日は寝込むし。


 でも、300円は魅力。

 まあ、ぼくの考えなんて、そんな程度なのです。

 でも、確かに一瞬の迷いという事は、あり得るのですよ。

 お薬をたくさん飲んで、お代を奥さんに払いました。

「明日も来てね。」

 珍しく、そう、優しく、言われました。


 ************   ************


 それで、なんとなく延び延びにしながら、今夜になりました。


 食事後、マスターが突然、言いました。

「わるいけど。今夜で閉店だよ。」

「ひえー! なんでですか。何も書いてなかったし。」

「明日の朝、張り紙は出すよ、いやあ、健康診断したら、『余命3か月』なんて言われてさ。」

「え。え~!」


「こらこら、まあ、鏡、見てごらん。」

 例の小さな鏡が出て来ました。

『ソソ、ソレハコマル。アスカラドウシヨウ』

「おわあ! あ、あ、あこれは、瞬間の、気の、迷いというものです!」

「ああ、わかっているさ。まあね、長年通ってもらったから。この鏡、ほら、しんさんが来る時間にいつもいる親父(オヤジ)さんがいたろう?」

「ああ、あの鳥捕りのひと・・・」

「はあ? まあ、合ってるんだろうな。彼がくれたんだ、昔ね。で、さっき相談したんだが、あんたにあげなさいと言われてね。だから、どうぞ。」

「は~?」

「まあ、『明日からどうしよう』と、いうことは、生きてく気があるってことだ。あまり、気張らずに、やんわりと生きようぜ。俺もまさか、ここで終わりなんて思わないさ。最後まで、生きてやる。なので、まあ、今日はちょっとだけサービスです。」


 ぼくは、鏡を頂いて、帰りました。

 お金は、100円払っただけでした。

 奥さんは、ちょっと哀しそうでした。が、何も言えませんでしたけれど。



 翌日から、ぼくは、その鏡を使うかどうか、まだ迷い続けています。

 どうやらテレビの中の顔や、昔の写真でも、効果があるらしい・・・。

 ちょっと、怖いのです。


 マスターは、2か月後くらいに亡くなったとのことです。

 奥さんは、どうしているのだろうか。

 ぼくは、まだこの世に、踏みとどまっています。


 お店は、今も、固く戸が閉ざされたままです。

 












 
















 












 

















 







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 『がってんさん食堂』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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