慕うきもち
04
「なんだか……」
夫婦みたいだね、そう言おうとしてアマキは口を噤む。
狭いほうが話しやすいだろうとテマが用意してくれた茶室で、タカトヲとふたり、向かい合わせに膳を囲んでいた。
話しやすいも何もない。考えてみればさっきから、話しているのはアマキだけだ。
夫婦みたいだ、なんて口が裂けても言える状況ではなかった。
「そうだ、イサダがね、今度海を見に連れてってくれるんだ。ここって山合だし、海なんてじっとしてたら見れないでしょう。湖が大きくなったやつだって言ってたかな。――海って地方によって色が違うんだよね、ここはわりと北だからきっとタカトヲの着物みたいな群青色かな、ね、タカトヲは海見たことある?」
「……先ほどから喋ってばかりで、料理が全然減っていませんね」
ちら、とアマキの膳に目線を寄こしてタカトヲが言う。
喋り続けて喋り続けて、ようやく疑問系に結びつけたところでの返事がこれだ。アマキは小さくため息をついて、とまっていた箸を口に入れた。
「よく村のほうまで降りていると聞きました」
ふと口を開いたタカトヲを上目で見遣って、アマキは適当に頷く。
「―――うん、友達と遊びに」
「イサダというのはご友人のひとりですか」
「そうだよ」
「恋人ではなく?」
川魚の干物の身をはがすのに懸命になっていて、アマキは一瞬ぼんやりとする。
「えっ? イサダは友達だよ」
タカトヲの顔を見ると、何だかよくわからない難しい顔をしている。アマキは首を傾げてほぐした干物のかけらを口に入れた。
「そもそも、わたしに恋人なんているわけないでしょうが。それにわたしがす、じゃない――わたしタカトヲみたいにモテないもん、あはは・・・」
わたしが好きなのはタカトヲだよ、と勢いで言ってしまいそうになって、慌てて茶を飲み込んだ。もごもごとご飯を頬張りながら、タカトヲに向けて苦笑する。
タカトヲは本当にもてる。宰相の息子という貴族身分からして、周りの女たちはほうっておかない。なのに、元服して五年。二十にもなって妻を
この頭の良い男のことだから、裏ではどうだかわかったものではないが……アマキの知る限り女の影を見たことはない。
ある意味で女を「決めない」イサダとは、話が違う。
「――そうだ。氷雨が子馬産んだんだ。見ていかない? 珍しい芦毛の子馬なんだよ」
話題を反らしてタカトヲを見上げると、彼は黙々と汁物に口をつけている。
「……可愛いんだけどなぁ。まあ、乗るにはまだまだ早いけど」
ぽつりと呟いて、自分も汁の入った碗を取り上げた。
仔馬をいい馬に育てたら真っ先にタカトヲに贈ろう、などとこっそり考えていた。きっと彼の出で立ちによく似合う、きれいな馬になる。
「――朝に見せたいと言っていたのはそれですか」
箸を置いて、タカトヲが言った。見ると、すでに膳に乗った料理はすべて平らげられている。
「……そうだけど、今、くだらないって思ったでしょ」
タカトヲの顔を睨み見て、アマキはため息をついた。
「いいえ、行きましょう」
「へ……なに?」
まさか「行く」という返答が返ってくるとは思わなかった。アマキは驚きに口を開ける。
「行こうと言ったのです。まだ帰るには時間がある。氷雨で遠乗りでも致しましょう」
「ほんとに?」
満面の笑みでそう聞くと、タカトヲは面倒そうに頷く。
「うれしい、タカトヲと遠乗りなんて久しぶりだ」
一年とか二年とか、そんな具合で乗っていない気がする。
膳の料理を急いでかっ込み、むせながらアマキは笑んだ。
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