03
元服をしない皇子は、まだ正式に宮廷に名を録するわけではない。元服して初めて皇位の継承権を継げるよう、宮廷へと登録されるのだ。「男子」として。
それはつまり、一生を男として過ごすということ。結婚も友人関係も、すべて「男として」行動しなければならなくなる。
「アマキ丸――これまでの努力を無駄になさらぬよう。何のために十五年間、こうしてここで生活してきたのですか」
疑るような、灰色の瞳。たくさんのことを知っているタカトヲでも、アマキが彼を慕っていることには、つゆほども気づかない。
元服してしまったら、この気持ちすら気づいてもらうことはできなくなるのに。
「何のため? 決まってる、父上のためだよ」
数えるほどしか会ったことのない、もう顔もおぼろげな父のためだ。他の姉妹たちは宮廷の中で、蝶よ花よと愛されて育っているというのに。
幼い頃、アマキは一度だけ父の生誕を祝いに行ったことがあった。そのときの、宮廷に参内したときの驚きといったらない。
姉妹の皆が一様に父の膝に乗り、甘え、何かをねだっていたのだ。
そんな中、甘え方を知らなかったのは自分だけだろう。姉妹と仲良く遊ぶこともできず、寵を競い、父の膝に飛び乗る勇気も出せず。
姉妹の輪からひとりはずれ、餓えた目で父を見ていた。それが未だに忘れられない。自分だけが、目をかけてもらえない悲しみが。
それからというもの、幼心に自分の役目を立派に果たすことだけを考え、生きてきた。
皇太子となり入内したとき、姉たちに向けていたような優しい眼差しを、慈しみを―――父からもらえるのではないか。
そんな期待があったからだ。
けれど男児が生まれたなら、自分は本当に用無しになる。ならばその用無しがのこのこ出て行って何になろう。父の代での治水でようやく実りを見せ始めた豊かな土地に、混乱を振り撒きたくはない。
「わたしは皇太子になるために、帝になるために勉強してきた。でも今は逆に、わたしの存在が国を荒れさせる」
「―――それを民のためといいます」
タカトヲは静かな声で、言い切った。
「器のある者に、采配をとって頂くのが
「そんなことを言っているから、謀反で国が荒れるんだ。器のある者を見極められる目を持ってるなら、ない者を育てるかある者に補佐を頼むかすればいい。国を壊すのが一番の愚王なんだよ」
一気にまくしたてて、アマキは肩で息をついた。タカトヲは満足げに目を細めて、こちらを見ている。わかっているのかこの男は。
だんだん、自分が何を拒絶しているのかすらわからなくなってくる。
「何を言い合っているのかと思えば」
唐突に、やわらかい、優しい声が室の中から聞こえてくる。声の主を探して目線をやると、思ったとおりテマの姿があった。
縁側に立つふたりに呆れたような、それでも暖かな目線をくれて、テマは苦笑した。
「タカトヲ殿、朝餉がまだでしょう。アマキ丸さまと一緒にお済ませになりませんか」
アマキは顔を輝かせてタカトヲを見る。朝餉を一緒に食べるなんてずいぶん久しぶりだ。
「…しかし、日暮れには宮中で職務が」
「都までの距離は三刻ほど、ここを出るにはまだ余裕がございますよ」
テマの微笑に、タカトヲが眉根を寄せる。珍しく、その顔に困ったような表情をつけていた。
「まだ昼にも早いし、食べていってよ」
タカトヲの羽織の小袖をつかんで、アマキも笑顔で彼を見上げた。
「では――頂きます」
わずかに頭を下げるその姿は、しゃんとしてとても綺麗だ。
少しの時間だけれど、今日はいつもより多くタカトヲと一緒にいられる。しげしげとタカトヲを見ながら、アマキは頬に笑窪を乗せた。
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