第10話 ロレン・ジークルス
オーガン第二魔法学校の入学が認められたその夜、翔太は学生寮に入ることになった。この寮は生徒全員が強制というわけではなく、遠い地から来た者や、生活が安定していない者などの希望者だけが入っていた。
翔太は自分の個室の場所を確認したあと、そろそろ夕飯の時間だと大家さんに言われていたため、大食堂へと向かった。
大食堂に着くと、そこは約50名ほどの男女でごった返しており、華やかに賑わっていた。
翔太はやっと、部屋の隅に空いている席を見つけてそこに座る。座って待っていればそのうち食べられる、と大家さんに言われていたので、その通りに待つ。
長いテーブルが何個も並べられており、それを両側から挟む形で皆座っていく。横を向くと大きな台所が見え、そこから、今日はカレーの香ばしい匂いが、翔太だけでなくそこにいる全員の鼻をかすめていく。
翔太は、自分でも気付かぬうちに大分腹を空かしていたようで、料理が出てくるその時を今か今かと待ち望んでいた。
「おい、お前!」
じっと座っていた翔太に、一人の少年が声をかけてきた。
「今日、テストの見学しに来た奴だろ? お前もここで暮らすのか?」
その少年の背は、座った状態の翔太と変わりないくらいのもので、翔太は、なんだか生意気な子に絡まれたなと感じた。
「ここ、座っていいか?」
少年が翔太の隣の席を指差す。いいよと翔太が言う前に、もう少年は席に着いていた。
「お前のこと、ミアがまだ初心者の魔法使いだって言ってたけど、嘘だろ? 目立ちたがり屋か?」
急な刺々しい質問に対し、初め翔太は呆気に取られたが、すかさず言い返す。
「い、いやいや。本当に、まだ全然魔法のことなんか知らないんだ。そこまで嘘ついて、目立つつもりなんてないし」
「ふーん、まぁ、そうだね。どれだけ目立っても、ここでは結局実力が全て。ぽっと出で一躍時の人になっても、真の名声は手に入らないよ。そのこと、肝に銘じてあればいいけど」
少年は足を組ながら、なに食わぬ顔で坦々と喋った。翔太は、童顔の見た目のわりに難しいことを言う子だなと不思議に感じた。
「君、何才?」
翔太はおそるおそる聞いてみた。
「あ? 14だよ、14。お前、俺の名前なんかよりもまず歳を気にすんのか。奇妙な奴だな。お前、名前は?」
「佐々木翔太……」
「翔太っていうのか! 覚えておく。俺はロレン・ジークルス。ロレンって呼んでくれ」
椅子に体重を掛けながら天井を見上げるロレン。彼のどっしりとした態度に、翔太は少しばかり気圧されていた。
「ロレン、君、さっき俺のことテストの見学者だって言ったよね? 君もあのテストにいたの?」
「あ? いたよ」
「君みたいな、その、下級生もあのクラスに混じって?」
「あぁん!? 今俺のこと下級生つったか!? 舐めてんのか!?」
「い、いやだって、あのクラス、結構上級生ばっかだったでしょ? そんな中に君みたいな子が混じってるのなんて……」
突然怒り出した彼を翔太は赤子のようになだめる。ロレンはしばし眉をひくつかせていたが、彼の中で何か納得がいったようで、その鬼のような形相をしまいこんだ。
「ここじゃ、年齢なんて関係ねーのよ。お前が言ってるのは年功序列のことだろ? 今更古いぜ、その考え方。お前が今日見たクラスはこのオーガン第二魔法学校のトップ。歳を重ねたからって入れるようなもんじゃないさ。下のクラスで、俺より年上の奴も一杯いる」
「そうだったのか……。ごめん、失礼だった」
「ほんとだよ。ちゃんと人のこと考えて発言しろ。次は無いぜ?」
翔太は、年下に説教をされるのは人生で初めてだと思ったが、ロレンの言い方は鼻につくものでなく、すんなりと受け入れられたので、彼自身新鮮な感覚を味わった。
「……お前、黒豆好きか?」
「え?」
ロレンの突拍子な質問、翔太は咄嗟に反応できない。
「黒豆だよ、くろまめ。食べたことないのか?」
「いや、あるが、特に好きではないかな……」
「はっ、わかんねー奴だ」
ロレンは黒豆が詰まった小さい巾着袋を取り出し、夕食が運ばれてくるまでそれをつまんでいた。荒い気性の中にも、まだ少年の一面が垣間見えるロレンの人間性に、翔太は少し心が惹かれていた。
お待ちかねのカレーが目の前に出され、夕食の時間となってからも、翔太とロレンはお互いのことを話した。
翔太は、自分が異世界人であること、本当に、この世界について無知なこと。ロレンは、自分が捨てられた孤児であることを明かしたが、彼はそれを何気なく口に出してきたため、翔太は切ない気持ちになった。
お互い、もうカレーを食べ切りそうな頃になって、ロレンが話を切り出した。
「俺が稽古つけてやろうか、明日」
「え、いいのか?」
「あぁ。だが、明日はまず小手調べ。お前の実力を見させてもらおう。あんなテストなんかじゃ、真の実戦力は測れない。最初に、俺とタイマン張ってもらうぜ。稽古はそれからだ」
ロレンはそう言って、最後のカレーの一口を平らげた。
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