第9話 懸念
翔太が、これから始まる生活に思いを馳せている一方、ミアには内心つっかかるものがあった。
翔太のこれからの衣食住については、彼は学校の寮で生活することになったため心配がない。彼の面倒を見る忙しさはまだ続くだろうが、ミアは今別のことを懸念していた。
幼なじみのアレスが学校に来ていない件についてである。先日、翔太が吹き飛ばしたチンピラが衝突した場所、それがオーガン中央病院であったこと。そのことにミアは変な胸騒ぎがしていた。
以前から意識不明のアレスの母に、何かしら危害が及んだのではないか。できればあのチンピラ以外、誰も傷ついていないでほしい。あの時、翔太が魔法で活躍した直後は、ミアはそんな不安を紛らわそうと明るく振る舞っていた。しかし今朝、あの闘争心あふれるアレスがテストを欠席したことを知り、ミアは怖くなった。
ミアはまず病院に連絡を入れた。すると案の定、あの翔太の飛ばした男はアレスの母の病室に当たり、それが一つの事件として問題になっていたことが分かった。
ミアは気を重くしながらも、翔太が魔法学生になったその晩、アレスの家を訪ねた。
「アレス……? いる……?」
ミアはアレスの家のドアをノックする。外から見ると家に明かりは点いていなかったが、ミアには、アレスがいつも奥の部屋で過ごしていることを知っていた。
部屋の中をバタバタと歩く音が外からでも聞こえる。
「なんだ……ミアか。どうした?」
ドアを開き、アレスは暗闇から顔を出す。
「大丈夫? 今日、学校来なかったけど……」
「あぁ、すまん、今日は立て込んでたんだ。行けなかった」
目を伏せて返答するアレスに、ミアは少し機嫌を損ねる。隠し事をしてやり過ごそうとしていることが見え見えだった。
「お母さん、大変だったんでしょ?」
ミアがそう言うと、なぜ知っているんだ、と、アレスは狐につままれた顔をした。
「病院の壁が壊れてたのを見て、調べたの」
「なるほどな」と、アレスは合点がいったようで、小さくため息をつく。
「ごめん、事態がどれほど大きいか分からないから、こんなこと言うのもなんだけど、もしその事で落ち込んでるなら、アレスらしくないよ! いつもなら、すぐ前を向いて進んでたじゃん! なんで今日、学校休んだの? しかも、OMTが近い大事な時期のテストがあったのに……」
アレスはしばらく黙りこんでから、ゆっくりと口を開いた。
「確かに、母さんは一命をとりとめた。ミアの言う通り、すぐに前を向いて歩き出すべきかもしれない。ただ、母さんの症状が悪化したんだ、あの件から」
ミアの胸がズキリと痛む。
「俺は母さんに、強くなった自分を見てもらいたい。だから今、頑張ってるけど、もう時間が無いって気付かされたんだ……」
アレスが家のドアを閉めかける。
「……ミア、俺が落ち込んでるだなんて思わないでくれ。俺はそんな理由で学校なんか休まない。そしてそんな同情も……俺にはいらない」
そう言い残して、アレスはまた暗闇の中に帰って行った。
ミアは閉まりきったドアの前で立ち尽くしていた。これから、アレスとはどう接していけば良いのか分からずにいた。
アレスは今、スランプの時期にいる。優秀な魔法使いの人材が、国の目に留まるOMTという機会、アレスはそれにエントリーできるチャンスを失いかけていた。
アレス自身の不調、ギースなどの、ライバルたちの成長、母の身に起こった悲劇。そして、最大の変化が、佐々木翔太という男の登場。これらの障壁が、アレスの進む道を阻んでいた。
ミアは、アレスを応援する傍ら、翔太にも期待の目を向けているが、それが段々とアレスに悪いような気がしていた。
もしも、あの病院の一件が、翔太の能力のせいだと、アレスが知ってしまったら。元々はあのチンピラの態度が悪かったのだろうが、それでも、周りに被害を及ぼす魔法を使ったのは翔太の方だ。異世界人だから加減を知らなかった、という言い訳はあまりにも都合が良すぎる。どうか、どうかお互い、何の軋轢も起きませんようにと、ミアは夜の月に願うばかりだった。
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