誕生日(一)

日付が変わる前に寝たはずの私は、クラッカーの騒音により目を覚ました。


「うるさい……」

不機嫌を全面に押し出して言うと楽しそうにクラッカーを持った椿さんと百合が顔を見合わせて笑う。


「姉さん!誕生日おめでとうございます!」

「おめでとう牡丹」


投げかけられる言葉に、あー、と思考が覚醒していく。


……そっか。


カレンダーを見ると昔は待ちきれなかった日付に赤丸が付いている。


今日、誕生日か。

百合の様子が少しおかしかったのはこれだったか。

毎年のことながら、自分の誕生日を忘れてしまう。


「椿さん、百合、ありがとう」

「これ、私からのプレゼントだ」


椿さんが両手で抱えるほどの袋を持ってくる。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」

ガサゴソと袋を開けると中から出てきたのはテディベアだった。


首に鈴のついたテディベアはとても可愛らしく、その毛並みも良い。

その感触に夢中になっていると、椿さんは笑みを浮かべていた。


「部屋にでも飾ってくれ」

「ありがとうございます!可愛いです」

「そっか」


「えっと姉さん、私からのプレゼントなんですが……今日の夜に渡そうと思うのですがいいですか?」

「ああ、別に大丈夫だけど」

「わかりました!あと今日は一緒に寝たいです!」


百合の言葉に椿さんは苦笑いを浮かべる。

今日はどころか、一昨日も寝たような気がするが、まあいいだろう。


欠伸を噛み殺しながら、椿さんにおやすみなさいと手を振る。


百合に引っ張られながら部屋に入ると、そのまま落ちるようにしてベッドに入った。


百合も普段はこの時間まで起きていないから限界だったのだろう。


「おやすみ、百合」

「はい、おやすみなさい。姉さん」


……いつからだっただろうか。

百合がお姉ちゃんじゃなくて姉さんと呼び出したのは。

ぼんやりとした意識でそんなことを考える。


いつもお姉ちゃんお姉ちゃんと甘えていた百合は私を姉さんと呼んで、一線を引くようになった。

きっかけは両親が死んで椿さんに拾われた頃、私は百合と喧嘩をしたことだったはずだ。

百合の、私を元気づけるための行動を私は拒絶した。

拒絶された百合の癇癪に私が怒ったのが喧嘩の理由だったはずだ。


……そして仲直りした頃、百合は私を姉さんと呼び、口調を敬語に変えた。


それはきっと私が甘えられる姉ではなくなったからだろう。

余裕のない私を見て、しっかりしないと、と百合は思ったのかもしれない。


上半身を起こして、寝息を立てる百合の頭を撫でる。


今の私は百合が安心して甘えられる姉でいれてるのだろうか。


________


誕生日でも学校はある。

気だるい足取りで、学校に向かい、教室にある自席に座ると優が元気よく飛びついてくる。


「おはよ!そしておめでとう!」

「おはよ。これは?」

「もちろん、誕生日プレゼントだよ!開けてみて!」


ぽん、と差し出された小さな箱。

包装を剥がしていくと、中から手のひらサイズほどのスノードームが出てきた。

桜が舞い散っており、地面には色とりどりの花が咲いている。


「綺麗でしょ?夏っぽいのと迷ったんだけど牡丹は春の花だから、こっち方がいいかなって」

「ああ、綺麗だ。ありがとう。部屋に飾るよ」

「どういたしましてだよ!」


スノードームをもう一度見る。

舞い散る桃色の桜、これを見ているだけで時間をつぶせそうだ。

何より優が選んでくれた、それだけで単純な私の心はすっかりと晴れ模様になってしまった。


名残惜しいがカバンにしまうと、眠たそうに欠伸をしている夢原がコンビニの袋に入ったチョコレートケーキを渡してくる。


「ぷれぜんとふぉーゆーってやつだ。中に保冷剤敷き詰めてるから昼休みにでも食べてくれ」

「相変わらずだな、ありがとう。ありがたくいただく」

「牡丹が素直にお礼をいうなんて明日は嵐か?」

「うっさい」


憎まれ口を叩きながら、席に戻っていく夢原。相変わらずの男だ。




昼休みを知らせるチャイムが鳴っている途中にも関わらず、教室に入ってくるのはいつもの顔だ。

ルナは、いつもより何倍も楽しそうに私と優の間に座る。

優はルナのテンションに苦笑を浮かべつつ、購買へと走っていった。


「牡丹さん!誕生日おめでとうですの!プレゼントですわ!」


袋に包まれた長方形の箱を、おそるおそる受け取る。

そういえばルナは金持ちだった……とんでもないものを渡されていないだろうか……


「これは」

「ネックレスですの!牡丹さんにはシンプルなものが似合うと思ったのでこれにしましたの」

箱の中に入っていたネックレスを手に取る。

確かにシンプルで私好みのものだ。

赤い牡丹の花が付いていて、とても可愛らしい。


「これって牡丹?」

「そうですの!牡丹さんにぴったりのを見つけてこれだ!ってなりましたの!」

真剣に選んだくれたという気持ちが伝わってくる。ほんのりと胸に温かいものが溢れ出てきた。


「ありがとう。ルナ」

「親友のためなら当然ですの!」

胸を張るルナに、笑みが溢れる。


「……やはり似てますわね」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでも。気に入ってくれたなら嬉しいですの!」


そういって、弁当を机に置くルナ。

その視線は度々、私の手に向かっている。


「ん?手に何かついてるか?」

「いえ。そういえば妹さんからプレゼントはもう貰いましたの?」

「いや?まだだけど。なんでそんなことを聞くんだ?」

「いえ、なんでもないですわ」


ルナの謎言動はいつものことだが、今日は更に謎だ。

首を傾げていると、優が購買から帰ってきたようだ。


「たっだいまー!ってそれネックレス?」

箱を見て首を傾げた優に、箱を開けて中身を見せる。


「綺麗だねぇ、牡丹に似合いそう」

「ですよね!絶対牡丹さんに似合うと思いますの!」

「ねね!つけてみてよ!」


優の言葉に、ルナが目を輝かせる。


「しょうがないな」

ネックレスを取り出し、つけようとする。ひんやりとした感覚が気持ち悪くて身を捩りそうになるが我慢だ。

だが我慢したのにも関わらず、なかなか着けることができない。

「すまん、ルナ手伝ってくれ」

「は、はいですの!」


ルナが立ち上がって、私の後ろに立つ。私もルナが着けやすいように、椅子から立った。

ひんやりとしたネックレスと少し汗ばんだ温かいルナの手が肌に触れる。

胸が背中に押し当てられて、柔らかく心地良い感触がする。


「で、出来ましたわ」

「わぁ、可愛いよ!ほら」

優がすかさず手鏡をこちらに向ける。


鏡に映った私の首にかかる、可愛らしいネックレス。


「可愛い……」

思わず呟いてしまった私に、顔を見合わせて笑う二人。


「これはルナのセンスを褒めてあげるしかないね!」

「それはそれで恥ずかしいですわね……」


「ルナ、ありがとう。大切にするよ」

「いえ、喜んでもらえて私も嬉しいですわ!」

「ふふっ、じゃあ食べよっか」

「そうだな」「そうですわね!」


私はコンビニで買ったパンを食べながら、何度もネックレスをしまった箱を撫でてしまうのだった。


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