近衛 百合はだいたい知っている

日曜日のショッピングモールはうるさいぐらいの雑踏に溢れている。


見渡す限りの人人人。

目当ての店までたどり着くまで、一苦労しそうです。


正直、人混みは嫌いですが……姉さんのためです、致し方なしってやつです。

明日、七月十六日は私の姉さんの誕生日、毎年のことと言えど渡すものは悩みます。


私の姉さん、近衛 牡丹は正直物欲というものをどこかに落としてきたような人で、何が欲しいとか全然思わないし服の趣味も椿さんをモデルにしているだけで自分の好みとか全然ありません。

正直ここまでプレゼントを選びにくい人もなかなか珍しいと思います。


しばらく歩くと目的のアクセサリーショップへやってきました。

やはりプレゼントはアクセサリーが一番いいです。ブレスレットやネックレスなど嵩張らないものであれば姉さんは休日出掛けるときなどつけてくれます。

私の買ったものを姉さんがつけてる事実は私に安心感と幸福を与えてくれます。


にしてもどれにしましょう。

予算は大丈夫なんですが、姉さんに合いそうなものは……指輪とか……


ボンッ。

だ、ダメです!それはダメです!

顔が急激に熱くなっていくのを感じて、大慌てで邪な考えを振り払います。

決して姉さんの指のサイズは五号だとかこっそり測ったりしたことはありませんし小学生の頃、姉さんに渡すために買ったおもちゃの指輪が未だに机の引き出しに入っていたりなんてしません!!!


い、いや買いませんけど……買いませんけど……姉さんに似合いそうな指輪を探すぐらいは許されますでしょうか……?


なんて誰に向かってかわからない、いい訳と共に指輪が陳列されている場所へ向かいます。

どれも綺麗で、高いですが予算の範囲内ではあります。


ケースの中でキラキラと輝いている指輪を見ていると、ふと隣でメロンが揺れたような気がしました。


……いや、これは失礼ですね。

隣に居たのはネックレスを見ている金髪の女の人。おそらくハーフであろう美しい容姿と豊満なお胸がどんと主張をしています。

誰かへのプレゼントでしょうか?


「牡丹さんにはどれが似合うでしょうか……これとか、ふむ。迷いますわね」

「牡丹?」

何やらブツブツと呟く美人さんの口から聞き覚えのある名前が聞こえ、思わず呟いてしまう。


「え?ああ、申し訳ありません。口に出していましたか?」

「はい。友人ですか?」

「ええ!私の自慢の親友ですの!」


急にテンションが限界を吹っ切る美人さん。

私は頭の中でとある名前を思い出していた。前に姉さんの話を聞いた時に出てきた名前。


確か……西条 ルナさん。

特徴的な口調をしたお胸の主張が激しい美人。

聞いていた特徴と一致する。


どうやらこの人も私と同じでプレゼントを買いにきているようです。


「ふふっ」

「どうしましたの?」

「いえっ、そこまで思われていてご友人は幸せだなと考えていました」

「そう思いますか?」

「はい。きっとそうだと思います」


この人が姉さんが最近楽しそうな理由の一つ。

なるほど、面白い人です。

ころころと変わる表情によってその整った容姿に愛らしさが与えられて、とても可愛らしく見えます。子どもっぽいというのは少し嫌な言い方になるでしょうか?


「そうですか……ふふっ、あなたも良い人ですわね」

嬉しそうに笑う西条さん。

もしかしてと思いましたが姉さん……この方も誑し込み済みでしたか……


姉さんは好意を持った相手にはどこまでも甘くて優しいので相手が自然と姉さんに誑されていくのはわかります……わかりますが……妹としては少し心配です。


「あなたもプレゼントですの?」

「ええ、姉さんにアクセサリーを、と思いまして」

「それは素敵なことですわね」


投げかけられる嘘偽りのない本心での言葉。

姉さんが気に入るのがとてもわかる人柄です。どこまでも真っ直ぐで、それでいて優しい。どこか優さんに似ている気もします。


「あなたは……」

無意識に言葉が零れる。

西条さんは無言で、小さく首を傾げた。


「指輪をプレゼントする妹をどう思いますか?」

「指輪……ですか?」

「はい」

「そうですわね……私は一人娘なので分かりませんが、私の親友にも妹がいましてその親友がもし妹から指輪をプレゼントされたならきっと嬉々として身に着けると思います。あなたとそのお姉さまの関係は分かりませんが、あなたのような人からプレゼントされたものならきっとなんでも嬉しいのではないでしょうか?って、こんな回答しかできませんがよろしいですか?」

「はい。ありがとうございます」


思わず笑みがこぼれる。

西条さんの言葉はきっと今一番私が聞きたかった言葉だったのだろう。

ふわふわと気分が浮いているのが分かる。


西条さんはどこかぼーっとしたように私の顔を見て、直ぐにかぶりを振った。


「どうしました?」

「いえ、あなたの笑顔がとても、なんというかその……似ていたので」


恥ずかしそうに俯いた西条さん。

きっとその似ていた相手というのは……


「似ているというのはその親友さんとですか?」

「は、はい。普段はあまり笑わない方なんですけど笑った顔がとても素敵で……って私は何を言ってるんでしょう」


似ている……か。

いや、姉妹だから当然なんでしょうけどそれでも、胸がポカポカとしてきます。

顔を紅くした西条さんを横目に、店員さんにホワイトゴールドの指輪を買うことを伝えます。

西条さんには随分と勇気を貰えました。

プレゼントとして包んでもらい、既にプレゼントを選び終えた西条さんに向き直ります。


「今日はありがとうございました。おかげで後悔しない選択ができました」

「お役に立てたなら嬉しいですわ」

「それでは私はこれで……」


きっと西条さんは私が姉さんと何も繋がりがない一般人だと思っているからこの距離感で話してくれているんだと思います。

西条さんは良い人です。

良い人ですが彼女にとっても私にとっても、ここで名乗るべきではないでしょう。


きっと機会があれば、また逢えます。


ですが……


袖を引っ張られる感覚に、後ろを振り向くとどこか恥ずかしそうな顔をした西条さんがいました。


「どうしました?」

「いや、あの……せっ、せっかく、あの……知り合えたのでも、もしよければ連絡先の交換とか……」


尻すぼみになっていく西条さんの言葉。耳まで真っ赤にした西条さんを見て、ため息に似た何かが口から漏れ出してきます。

それだけで西条さんの肩が跳ね、少し上目遣い気味に私の顔を見ました。


「め、迷惑なら……」

「いえ、全然」


しょうがないです。


私は改めて西条さんに向き直りました。


「そうですね。せっかくの縁です。自己紹介でもして連絡先を交換しましょう」

「は、はい!」


嬉しそうに笑う西条さんに、思わず私も笑みが溢れる。


「私の名前は西条 ルナですの。高校一年生の十五歳ですわ!」


差し出された手を私は握り返して、私の名前を言います。


「私は、百合。近衛 牡丹の妹の近衛 百合です。よろしくお願いします」


ぽかん、と惚けた顔の西条さんへと悪戯っぽく笑いかけた。

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