一目惚れ(1)

誰にでも一目惚れというものは存在するらしい。


恋愛感情というものがどこかすっぽ抜けてる冷泉にもわかりやすく伝えてあげると胸を張った友人曰く、それは電流に似通ったものだという。

一目見た瞬間、ビビビと電気が体を奔るような感覚、ぞわぞわとした感覚ではなくてふわふわとした夢心地。それが一目惚れというらしい。


……もちろん、そんな乙女ちっくなことを鵜呑みにできるほど、私は純情を持ってない。だから信じることはない。


だけど。だけど……


「この感情はなに?」


高架下の土手に、ぼーっと川を見て佇む女性に抱いた感情ものはその言葉でしか表す方法を知らなかった。



___一目惚れ、ですか?


夕暮れの図書室で、牡丹ちゃんは大人気の推理小説を片手に訝しげな目を向ける。


「……たぶん」

「まあ、そういうこともあるんじゃないですかね」


案の定、牡丹ちゃんは興味はなさそうだ。

というより、おそらく牡丹ちゃんも恋なんて知識でしかもってない私と同じタイプだ。


聞く人を間違えたかもしれない、なんて後悔してると栞を本に挟んだ牡丹ちゃんが椅子に座りなおした。


「それでどうしたいんですか?」

きっと興味はないだろう。だけどそれでも真剣に話を聞いてくれようとする姿勢。

きっと牡丹ちゃんが人を集めるのは、こういう優しさの積み上げが理由なんだろう。

「んー、わかんない。どうしたらいいんだろう」

「さあ。というか話を聞いてたら昼の土手でぼーっとしてるとか大概変な人だと思いますけど、なんで一目惚れだと思ったんですか?」

「むずかしいね、なんかたたずまいとか顔を見た瞬間にびびびってきたんだよ。電流が奔ったみたいな」

「なんか変な電気でも放ってたんじゃないですかその人」

「そんなオカルトあるわけないじゃん」

「ここ何の部活でしたっけ」

「オカルト研究会だけどこれはオカルトじゃないの!」


まったく失礼な後輩ちゃんだ。

ぷりぷりと口を尖らせていると、くすりと笑った。

その顔はどこか、あの人と少し似ている気がしたのはなんでだろう?


「それで、その人のことは何かわかってたりするんですか?」

「んーん、なんか三十分ぐらい見てたけど動かなかった」

「先輩も大概、変ですね」

「その土手って、先輩の家の近くなんでしょう?ならまた今度行ってみて話してみればいいんじゃないですか?それで色々わかることもあるでしょうし」


話す……あの人と……でもそんなの……


「どうしました?そんなに考えこんで」

「……ず……しい……じゃん」

「え?」

「……そんなの恥ずかしいじゃん」


牡丹ちゃんは閉口して、こちらを見ている。

その表情は驚きが含まれているように感じた。


「ど、どうしたの?黙り込んじゃって?」

「や、先輩は猪突猛進ってイメージしかないので、珍しいなって」

「もう!どういう意味!」

「まんまの意味ですよ」


牡丹ちゃんはからからと笑っている。


「もう!なんでそんな楽しそうなの!」

「人の新しい一面を知れるのは嬉しいじゃないですか」


今度はこっちが閉口する番だ。


ずるい、牡丹ちゃんは本当にずるいと思う。

そんなこと言われたら、そんな笑顔見せられたら許すしかないじゃん……

でも、なんだか勇気がわいてきた。


「決めた、決めたよ牡丹ちゃん。私、話してみる。もう一回。逢えるかはわかんないけどでも決心した。次逢ったら猪突猛進で行ってみる!」

「はは、いいんじゃないですか。そういうところ先輩らしくて好きですよ」

「……牡丹ちゃん、そういうとこだよほんと」

「何がです?」


頭の上に?を浮かべている牡丹ちゃん。

牡丹ちゃんがなんでこれほどまでに人を惹き付けるのかよくわかった気がした。


手を伸ばし、牡丹ちゃんの綺麗な黒髪を撫でてやる。優しくじゃなくてわしゃわしゃだ。


「わっ、な、なんですか!?」

「いいからわしゃわしゃされてろー!」


私の大事な大事な後輩。


君にもらった勇気のお礼はまた今度させてもらおう。

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