小さな大事件

「牡丹の様子がおかしい!」


『恋敵』そんな言葉に違和感を覚えるようになった六月の中旬。


私の友人、五十嵐 優は机を叩き、焦燥を隠しきれていない様子で言った。


「まったく……なんですの?」


昼休みの教室には、いつもわたくしたちの間にいる牡丹の姿はない。


ちゅーちゅーとあの愛らしい小さな口でいちご牛乳を飲んでいる世界で一番愛らしいのではないかと密かに思っている私の大切な友人の姿がないのだ。


それに怒髪天を衝くような様子で怒り狂っているのが優だった。


「先輩だよ!先輩!牡丹が先輩と一緒に!ご飯を!食べるから!って!!」

「別にいいじゃありませんの……偶には、ですが」


確かに寂しい。牡丹がいない昼食など味気ない。

彼女は『彩り』だ。彼女のいない昼食は彩りがなく、ひどく無機質なものに見える。


「違うの!この前だって先輩と一緒に帰るとか買い物に行くから今日は無理だとかぁ!」

ふむ、牡丹とその先輩とやらはよく遊びにいったりする仲というわけですのね……なんてうらやましい。


「その先輩というのは?私の記憶では牡丹は部活には入っていなかったような気がしますの」

「わかんないから怒ってるの!」


むぅ、と顔を膨らませる優。その姿に思わず笑みをこぼす。


絵に描いたような優等生で、誰からも好かれる少女。

私にとって彼女は手の届かぬ存在だと思っていた。絶対に相容れないそんなもの……


「あに笑ってるのよ……」

ふてくされたように頬杖をついて、目を細める優。

私は手の届かぬ存在ではなく、対等な友人として案を出す。


「牡丹さんに直接聞いてみては?」

「それが出来たら苦労しないの……想像してみてよ、も、もしも彼氏とか言われたら……」


彼氏?男?……先輩が……男!?


「その先輩とやらが男性である可能性をまったく考えていませんでしたわ!大変な事態ですの!!」


ま、まずは素性を調べ上げてからあ、あとは生活パターンの把握、両親の年収からそれにそれに……!


「ど、どうしましょう!?」

「お、落ち着いてよ ルナ!」

「こ、こここれが落ち着いていられるわけないでしょう!」


も、もし牡丹に彼氏ができてしまったら……


「牡丹と遊べなくなる可能性があるんですよ!?彼氏とやらは友人よりも大事なのでしょう!?」

「あん?何が大事だって?」

「で、ですから彼氏は……!」


最近は毎日聞くようになった声の主に向き直り、固まってしまう。

そこには牡丹が相変わらずの驚くほど整った顔でこちらを見ていた。


「鳩が豆鉄砲食らったような顔してどうしたんだ?」


「い、いえなんでもありませんわよ!決して牡丹に彼氏ができたかもしれないって話をしていたわけではありませんわ!!!」

「はぁ?なんのことだ?」


首を傾げる牡丹。


「えっと牡丹が最近仲の良い先輩がいるじゃん?……彼氏だったりするのかなぁって」

「先輩?彼氏?……ああ、先輩は違うよ。てか女だし彼氏以前の問題だろ」


無意識にほっと胸をなでおろす。だが女性だからといって、恋人にならないとは限らない。

優も同じ考えなようで、その視線を理解したのか牡丹はめんどくさそうにため息をつく。


「また変な勘ぐりしてるのか、そういうのじゃないよ。てかあれぐらいで彼氏彼女認定されるならお前らはなんだ?私の嫁か?」


からかうような笑み。紡がれたその言葉に、顔が熱くなる。

視線を右往左往させて、紅くなった顔を背ける。


想像してしまった私が憎らしい!


「へ、へんなこと言わないでよ牡丹」

「そ、そうですわ……もっとデリカシーをもってくださいまし」


「マジっぽく受け取るのやめろよ……恥ずかしくなるだろ」


照れたように頬をかく牡丹。

そんな牡丹に、優はずいっと顔を近づける。


「牡丹は部活とか入ってなかったよね?その先輩とはどうして仲良くなったの?」

「ああ、優を待ってる時間に図書館で勉強してるんだけどそんときに話すようになった感じかな。あと部活は頼まれて、名前だけ貸してる」

「聞いてない!」

「まあ特に言う必要もないかなって」

「ある!牡丹のことはなんでも知ってたいの!」

「わ、私もですわ!ちゃんと言ってくださいまし!」

「なんだお前らめんどくせぇ」


心底めんどくさそうに、目を細める牡丹。

こうやってぞんざいに扱われるの、なんだか友だちっぽいですわ!

優さんもぞんざいに扱われるのが嫌ではないようで、牡丹に絡んでいる。


「なんでお前は嬉しそうにしてんだ」

「えー、なんでもありませんわよ」

「そうだよ!なんでもないよ!」


「ねー」

お互い顔を見合わせ、笑い合う。


「はぁ」


牡丹は私たちに向かって再度ため息をつくといつものようにいちご牛乳を小さな口に含んだ。


こうして私たちの小さな大事件は幕を閉じる。


もし叶うのならばこのすばらしい友人たちとずっと一緒にいたい。最近はそんなことをよく思う。

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