変わった日々

なんだこれ?


ベッドに寝転がりながら、胸の辺りを抑える。よくわからないもやもやとした感情が漠然と心の中で蠢いている。

言いようのない不安を覚え、誰かに相談しようと百合の部屋をノックした。



「どうぞ」


「百合、ちょっといいか?」

テレビゲームに夢中な妹に声をかけると、わざわざポーズ画面にしてこちらへ向き直ってくれた。


「なんですか?」

「なんかもやっとするんだ」

「モヤっとボール投げますか?」

「懐かしいな」


無表情でボケてくる百合は、私の表情から何かを察したのかコントローラーから手を離す。


「で、どうしたんです?」

「ああ、なんか最近ずっとこう、漠然とした不安があるんだよ。よくわかんないんだがこう、ほんとうにこれでいいのかっていう」

「要領を得ないというかなんというか、姉さんらしくないですね」

「……うん」


百合はため息をつくと、ゲームの電源を切り、ソファに座り直す。


「何かあったんですか?」

「たぶん何もないと思う」

「とりあえずここ最近で姉さんの身に起こったことを思い出せる範囲でいいので教えてください」

「ああ」


ここ最近で起こったこと。

もっとも私に影響を与えたのは西条 ルナという新しくできた友人だ。

彼女がいるのが日常となり、賑やかになった。

登校の変化、部活に入部した経緯、新体力テストでの一幕、そんなことを話していると自然と表情が緩んでしまう。


高校生になった私は騒がしいが悪くない日々を過ごしていた。


ある程度話し終え、百合の表情を見ると見たこともないほど温和な笑みを浮かべていた。

その表情は本当に嬉しそうで、首を傾げる。


「どうしたんだ?」

「いや、嬉しくて」

「嬉しい?」

「はい。嬉しいです。姉さんが楽しそうに学校での話をしているのを聞くのなんてありませんでしたし……それに」

「それに?」

「いえ、なんでもありません」


首を傾げていると、百合が両手で私の体を引き寄せる。

百合は私を抱き寄せたまま、ソファに横になって

必然的に頭一つ分大きい百合に幼子のように抱きかかえられる形となってしまった。


文句を言おうと百合を見るもその表情は本当に嬉しそうで、口をもごもごさせて出かかった言葉に蓋をする。


流石に恥ずかしいんだけどな……


「きっと楽しいんですよ」

「楽しい?」

「はい、姉さんは楽しいんです。友人ができて、毎日が楽しいんです!きっと戸惑っているんですよ、楽しいことに」

「そう、なのか……?」


戸惑い、胸に手を当てる。

わずかに早くなった鼓動が意味するのはなんなのか。その理由のヒントを与えてもらった。


すん、と胸の中に飛び込んできたのはまぎれもなく『安心』だ。


「そっか……そっかぁ……」


「私は……幸せなのか」

百合の胸に顔を預け、くぐもった声を吐き出す。


妹にこんな顔は見せられない。

そんな姉の矜持、だがパジャマに染みを作ってしまってはどうしようもない。

少しして顔をあげると百合と目が合った。

百合は微笑んで、体を起こそうとする。

自然と私は百合からどいてソファに座りなおす。


「その、なんだ、ありがとうな?」

「はい、たった三人しかいない家族なんですからもっと頼ってください」

「ああ……本当にありがとう。そろそろ寝ようか」


時計を見ると時刻は既に十二時をさしていた。

部屋に戻ろうと立ち上がると、袖を引っ張られる。


振り返ると先ほどまでの頼れる妹ではなく、耳まで真っ赤にした妹がうつむきがちに、か細い声で呟いた。


「こ、これは本当に下心とかではなく、単純にそうしたいからなんですけど……い、一緒に寝ませんか?」

先ほどまで私が尻に敷いていたクッションを抱きかかえて、恥ずかしそうに俯く百合。


私はその頭を撫でて、部屋の扉に鍵をかける。


「時々夜に布団に潜り込むだけじゃ足りなくなったのか?」

「き、気づいてたんですか!?」

「私が寝て十分以内に来られたら流石に気づくだろ」

「くっ!今だけは姉さんと一緒の睡眠サイクルが憎いです」

「一緒に寝たいなら言えばいいのに」

「言ったら一緒に寝てくれるんですか!?」

「偶にならな……ほらほら寝るぞ?ただでさえ姉妹揃って朝に弱いんだから」

妹の手を引き、ベッドにいく。

二人ぐらいなら余裕をもって寝られる大きさのベッドは綺麗にメイキングされていて百合の几帳面さが伺える。


なのに


「なんでわざわざくっつくんだ」

「いいじゃないですか偶にですし」


私は百合に抱きかかえられる形で寝ていた。

電気を消した真っ暗な部屋で、聞こえるのは息づかいのみ。


そんな状況下でぽつり、と百合が言葉をもらす。


「姉さん、大好きですよ」


答えるか否か。

私は目を瞑る。


「私も大好きだよ」


ぷるぷると私に密着している体が震えるのがわかる。


「ふ、ふひ……ふひひ」

その気持ち悪い笑い声は聞かなかったことにしてやろう。


小さなため息をつき、襲いくる睡魔に意識を手放した。

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