体力テストの話
体力テストは地獄である。
木陰で涼み、元気良く走る優を横目に隣で同じく死んだ魚の目をしている金髪を見た。
西条の膝には絆創膏が貼られている。これはさっきこけたときに優の手によって貼られたものだ。
「恋敵に情けをかけられるなんて武士の恥ですわ」
「絆創膏一つで何を言ってんだお前は」
てかなんだ武士って。
「あの表情、きっと私を嘲笑っていましたの」
「優はそんなやつじゃねえよ」
「……ほんと貴方にそれほど信頼されている五十嵐さんがうらやましいですの」
「昔なじみだからな」
西条はきょとん、とした表情でこちらを見る。
「そういえば五十嵐さんとはいつからの付き合いですの?」
「中学一年からの付き合いだな。まあ仲良くなったのは冬休みの辺りだったが」
「へーそうなんですのね。ちなみになれ初めはどんな感じでしたの?」
「読書部っていう私以外が幽霊部員の部活に優が興味を持ったのが最初だったな……それからなんやかんやあってクラスでも話すようになった感じだ」
「
「話さなかったな。てか私が誰とも仲良くならなかったというほうが正しいか。あんときは……や、なんでもない」
これはそんなに面白い話じゃないし話す必要もないだろう。
「ところで今、自然と優さんって呼んだな」
「あっ、し、失礼「や、いいだろ」
ぽかん、と西条が口をあける。
その表情が見事にあほ面で笑ってしまった。
「優はそれぐらい気にもしないさ、私も別に牡丹でいいぞ?」
「こ、ここここ、近衛さんそ、それって!」
なんだこいつ、面白いな。
壊れたラジオのように仰け反って焦る西条。
少しして落ち着いたのか、深呼吸をしながらもじもじとしだす。
「……ぼ、牡丹さん」
「なんだ?」
「よ、呼んでみただけですの……あ、あの牡丹さんもよければ私のこともル、ルナと呼んでいただければ……」
「んん……ちょっとこそばゆいな。えっと、ルナ。これでいいか?」
「は、はひ……恐悦至極でございます……」
「大げさだろ」
「いえ、これは革命ですわ。初めて友人から名前を呼んでもらった日として一生記念日にしますわ!」
「重い……」
元気いっぱいですわー!とルナは走っていった。
どうやら立ち幅跳びの順番がきたらしい。
砂に尻餅をつく、ルナを見ていると優がとてとてと走ってくるのが見えた。
「おつかれ」
「うん!西条さんと何話してたの?」
「なんだろ、色々かな」
「へー……あっ、ともくん!こっちこっち!」
げっ。
優が手を振る先にいるのは、中肉中背の男子。夢原だ
「おう、近衛も優も終わりか?」
「ああ」
「うん!終わったよ!」
「そっか、近衛は今回のテストどうだったんだ?」
「いつも通りだよ」
「……もうちょっと体力つけたほうがよくないか?」
「死ぬこたないから大丈夫だ」
「大丈夫か?今度、遠足で山に行くらしいけど」
「……休む」
「ダメだ」
「ダメだが嫌だ」
はぁ。
「行けたら行くよ」
「それでいい」
「うん!牡丹がこないとつまらないからね!」
にこにこと笑う昔馴染み二人に上手く丸め込まれて大きくため息をつく。
そこにやってきたのは先ほどたち幅跳びでこけていたルナだ。
「夢原さん!」
ばばばばばばっ、と別人のような素早さで夢原の前にやってきたルナはぐいっとその豊満な胸を押し付けて夢原の手を取る。
それに最初に反応したのは優で、その距離を間に入って開く。
「西条さん!危ないでしょ!」
「大丈夫ですわ!今の私は元気いっぱい!無限の力を出せますの!」
「西条、なんか今日テンション高くないか?」
「当たり前ですの!今日はすばらしい記念日。友人と名前を呼び合う関係になった
そんなすばらしい日なのですから!」
「……え?」
ぎぎぎ、と壊れたブリキの人形のように優の視線がこちらへ向く。ハイライトの消えた目が非常に恐ろしい。
私は優と目線を合わせないように立ち上がるとぽんぽんと尻をはたき、その場から離れようと動く。
だがまわりこまれてしまった。
「どういうこと牡丹?」
「い、いやあれはルナが」
「ルナ?」
「えっと……」
やばい……
視線で助けを請うと夢原は全力で顔を逸らすし、ルナは完全にトリップしてお花畑にいっている。
「や。あれだろ?友人だしずっと苗字で呼ぶってのは少し他人行儀かなーって思いまして……」
「そう、それでまだ仲良くなって一週間も経っていない西条さんと名前で呼び合ってるんだ。私のときは一年以上五十嵐って呼んでたのに」
「は、はひ!」
「ま、まああれは色々心境の変化とかあったわけでして心の余裕があんまりなかったというかなんというか。やっぱり一番の友人は優だから安心してほしいかなーやっぱ、なんて……」
「そ。ならいいよ!」
直ぐにいつものようにニコニコとした表情に戻る優。
「もう!冗談のつもりだったのに誰もつっこんでくれないから本気みたいになったじゃん!」
「い、いやあの顔は完全に本気だったんじゃないか?」
「ともくん?」
「いやなんでもないです冗談でしたはい」
「優さんは余裕がないですわね!」
ふふん、と胸を張るルナ。
おい馬鹿やめろ、煽るな。
「優さん?」
「はい!優さんですの!敵とはいえ、友人でありますから名前で呼び合うほうがいいと思いましたの!」
「……はぁ」
「え、えっとダメでしたか?」
「いいよ。さんもいらない。優でいいよ」
「本当ですの!?では優もこれからよろしくお願いしますの!」
「うん、よろしくね」
「まったく喜べばいいのか、悲しめばいいのか」
優は頭一つ分低い私の頭に手を乗せてうりうりと撫でる。
「変わったよね、牡丹」
「そうか?」
「うん、かっこいいよ」
寂しさと喜び、そんな曖昧な感情を浮かべて、優は笑う。
私にはその表情の意味が理解できなかったけど、少なくとも悪いものではないことはわかった。
鳴り響くチャイムの音を聞きながら、ルナと夢原は先に校舎へ戻っていく。
優と私も、二人を追うように校舎へ向かった。
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