近衛 牡丹は何も知らない

森野 のら

近衛 牡丹という少女

ふとしたときに、自分のポジションというものを考えることがある。

私たちを取り巻く環境はまるで物語の世界のように移り変わって行く。

そんな周りを見て、私のポジションというものを決めてみた。


私はさしずめお助けキャラというべき存在だろう。


この学校のカースト上位で起きているプチハーレム。

男子生徒を取り巻く女子生徒たち。

その男子生徒の幼馴染である少女の親友という立場は、興味本位で読んだラブコメディ作品のお助けキャラによく似ている。


助言をして、時には叱咤激励する。

そんなキャラだ。

人気投票では上位に食い込むこと間違いないだろう。


だが私はそんなお助けキャラとは程遠い存在だと自負している。

例え、どんなに助言を求められようと私は純粋な気持ちで答えることはできない。


そう、今この瞬間も二人しかいない教室で夕日に照らされ、真剣に悩む彼女に対し、私は適当に相づちをうつことしか出来ないでいた。


「ねえ、聞いてる?」

「……ああ、聞いてる聞いてる」

「それ絶対聞いてないやつじゃん」


ぷくーっと顔を膨らませるゆうの頭を撫でてやる。

優は気持ち良さそうに顔を綻ばせた。


五十嵐いがらし 優は、普通の高校一年生だ。

元気でそこそこ勉強ができ、少し胸の主張が激しい。

そんな彼女は普通の高校生らしく恋もしている。


相手は幼馴染の男子生徒。

面倒見の良すぎること以外は、これといって特徴のない男だと私は思っているが、私よりも長い付き合いの彼女は彼の良いところをたくさん知っているのだろう。


牡丹ぼたん、ぼーっとしてたけど、どうしたの?」

「少し考え事をしていた」

「ほほう、なんだか怪しいな。噂の好きな人のことでも考えてた?」


口に手を当て猫のような目で、によにより、笑う優。

私は軽く左右に首を振った。


優の指摘が間違っていたわけではない。

噂の。というところが少し引っかかるが好きな人のことを考えてたのも事実ではある。

だがこんな気持ちを知られるわけにはいかなかった。


先ほどの話に戻るが、私は彼女の恋の相談を純粋に答えることができない。

くだらない反発心や罪悪感や、挙げ句の果てには嫉妬心が私を邪魔し、心を締め付けてしまう。



__私は、近衛 牡丹このえ ぼたんは五十嵐 優に恋をしている。


「好きな人なんていない。それよりも優はどうなんだ?進展はあったか?」

「そうそう、聞いてよ牡丹!ともくん、西条さいじょうさんと今度二人で遊びに行くんだって」

「西条か」


金髪のハーフ美人が脳内に浮かぶ。

西条財閥のお嬢様で、なんでも幼い頃に優の幼馴染、夢原 智樹ゆめはら ともきに助けられたことがあるらしく。夢原にゾッコンだ。


「これは一大事だよ牡丹!」

ずいっ、とこちらに身を寄せる優。

胸が机に押し付けられ、形を変えている。


正直なところ、私にとってはどちらに転んでも良いことがない話だ。

西条が夢原とくっつくならそれでもいいが、優の悲しい顔を見なければならない。

西条が振られ、優とくっつくと私は今まで通りに接することができなくなるだろう。


私は……傷つくのが嫌なんだ。


「そうか」

だから私は、ぶっきらぼうにそう答える。私は優に頼まれない限り、決して妨害も協力もしない。

それが優の良い友人でいられるための、自分が苦しまないで済む、自己満足誓約だ。


「ねえ、良かったらなんだけど……」


優が何を言いだすか直ぐに分かった。

だが優も良い子だ。良心が痛むのだろう、そこで言い淀む。


「もし、もしよければ一緒に……」

もう分かっているでしょ?と不安げな表情を向けてくる優に私は小さく息を吐いた。

「はぁ……どこ集合だ?」


ぱぁ、と優の顔が明るくなる。


「時計台前に日曜の朝九時なんだけど、大丈夫?」

「別に予定は入ってないし、大丈夫だ。そのかわり」

「デザートの奢りだね!任せて!やっぱり牡丹は最高の親友だ!」


ちくり、と痛みを覚えながらも優の口から紡がれる親友という言葉に、嬉しさを覚えてしまうのだからまったくタチが悪い。



日曜日。

時計台に止まった蝉の合唱を聞きながら、その直ぐ前で優を待っていた。

街はいつも以上に賑やかで、その雑踏にくらくらしてしまう。


直ぐ後ろに時計があるのに、携帯を開いて時間を確認してしまうのは、悪い癖なのだろう。

そんな風に、携帯を閉じたり開いたりしていると前方からやってくる見知った顔が見え、思わず顔を逸らした。


「近衛さん?」

「人違いだ。燃やすぞ」

「やっぱり近衛さんですのね!?」


騒がしいやつと出会ってしまった。

周りの視線を独り占めしている美人。西条さいじょう ルナは、ずんずんと近づいてくる。


「あら?今日は、五十嵐さんと一緒じゃないのですね。いつも一緒にいらっしゃるのに」

「人をセットみたいに……待ち合わせ中だ」

「そうなんですの。私はこれからゆ、夢原さんとデートに行くんですのよ」

「そうか。良かったな」

「はい」


そこで会話は途切れる。

だが西条はどこかへ行くそぶりもなく、ちらちらと私を見ている。


正直、非常に鬱陶しい。

それに不愉快だ。


「なんだ?」

「えっ?ああ、いや、そういえば近衛さんとあんまりお話したことないですわね」

「そうだな。そもそも喋るのは面倒だし嫌いなんだ」

「そうなんですの……あれ?でも五十嵐さんとはよく喋っているのを見かけますの」

「友人だからな」

「そうですか……少し羨ましいですわ」

「は?」


怪訝を顔全面に押し出して、西条を見る。

西条は、慌てふためいた様子で体の前で両手をぶんぶんと振っている。


「ち、違うんですのよ!決して私に友達がいないなんてことじゃなく、単純にそんな友達なんて素敵な言葉を口に出せるのが羨ましいというかなんというか」


しどろもどろになっているが、言いたいことは分かる。

ふと記憶を掘り起こしてみるが、西条があの男以外と喋っているところをほとんど見たことない。


「お前、友達居ないのか?」

「ぬわっ!?」


素っ頓狂な声を上げて、西条が固まる。

確かに、とんでもないお嬢様で入学当初から男に絡みに行ってる超絶美人に近づくのは中々に勇気がいることだ。


「な、なんですのその目!た、確かに友人はいないですけど私には夢原さんがいるからべ、別に」


こいつも何も考えていないわけではないのか。

恋だの愛だのを掲げて生きている、庶民とは価値観のズレた金持ちぐらいの認識しかなかったが、今日初めて西条 ルナという女と話せた・・・気がする。

こいつも寂しさを感じる一人の人間なんだな。


どこか昔の私に重なってしまい、ガシガシと頭を掻いた。


「お前、昼休みとかはどこで飯食ってるんだ?」

「お、お昼ですの?夢原さんは男友達と食べているので、私はお弁当を中庭で……」

「寂しいな」

「ほ、ほっといてください!」

「私は優と教室で食べているが……」

「なんなんですの!自慢ですの!?」

「良かったらお前も来い」


「へっ……?」


ポカーンと間抜け面になる西条。


「恋敵が一緒だけどな。うちの優はあの男のことになるとうるさいぞ」

西条に噛み付く優の姿が思い浮かぶようだ。

容易に想像できるその光景に、思わず笑みを浮かべた。


「随分と間抜け面を晒しているが大丈夫か?」

「え、あの……いいんですの?」

小さく首をかしげる西条。

その表情はどこか不安そうで小動物のようだ。


「お前が良いならだけどな。お前が増えたぐらいじゃ何も変わらん。いつも通り、くだらない話をして飯を食うだけだ」

「明日からでも……?」

「お前も疑い深いな。私たちは自分たちの教室で飯食ってるからいつでもこい。分かったか?」


「は、はいですの!嬉しいですの!」


顔を綻ばせて笑う西条は、優の笑みとは違った魅力を持っている。

嬉しさが押し出された満面の笑みを見て、私も少し救われた気がした。



「__なにしてるの?」


背後からの聞き慣れた声に、後ろを振り返ろうとする。

が、その前に突然、抱きしめられるような衝撃が私を襲った。

いや、事実私は今、抱きしめられている。それも優に、痛いほど強く。


「ええっと、優?」

なんとか優を見上げると、どこかその目は座っていて、視線は西条に向けられている。


「西条さん、何してるの?」

「あら、五十嵐さん。私は友人・・である近衛さんとお話していただけですわ」

「友人?牡丹と貴女が?」


な、なんだか二人とも言葉に棘があるぞ。

これが恋敵同士の会話なのか……


「本当?」

そう、私を見下ろす視線は先ほどとは違って柔らかい。

「西条が不憫だったから昼飯一緒に食おうと思ってな。誘っただけだ。友人の定義が分からないが人によっては友人と呼べると思う」

「お昼ご飯……」

「友人……」


どこか悲しげにそう呟くと、締め付けが柔らかくなり私は解放された。

西条はどこか嬉しそうだ。


それにしてもあんな怖い目をした優、久々に見た。

どうしたのだろう?そう首を傾げていると私の様子から何かを察したらしい西条がこちらへとてとて歩いてくる。


「貴方も大変ですわね」


その瞳と顔には、面白いとはっきり書かれている。

西条には何かが分かったらしい。


「では五十嵐さんに、近衛さん、そろそろ待ち合わせの時間なので私は失礼しますわ」

「ああ。じゃあな。また明日」

「はい。また明日ですわ」


どこか軽い足取りで歩く西条が見えなくなって、本来の目的を思い出す。


「あっ、西条つけないといけないんだったな。優行くぞ!」

と腕を引っ張ろうとしたが、がちんと優は動かない。

訝しげに優を見ると、ぷくーっと頬を膨らませていた。


「げっ」


私はこの優を知っている。

わがまま拗ねモードだ。


数年前、優と喧嘩して数日ほど口をきかなかったことがある。四日ほど経ったある日突然この状態で私の家にやってきて、玄関に出た私を抱きしめながら延々と恨み言とわがままを吐き出し、一、二時間はその状態で拘束された。

思い出すのも嫌なほどにこの状態の優はめんどくさい。


「ど、どうしたんだ?」

「お昼ご飯。私に許可なく西条さん、誘ったでしょ……」

「まあ、別に悪いやつじゃないからな。優もなんだかんだ仲良くなれるタイプだと思ったんだが、迷惑だったなら謝る」

「別に誘うのは構わないんだよ。でも、私にちゃんと聞いて欲しかった。なんだか無視されたみたいで悲しかった。というか牡丹が私以外とたくさんたーくさん喋ってるのが、ちょっと嫌」


「なんだそれ」

「笑い事じゃないもん」


束縛の強い彼女のようなことを言いだした優に、思わず苦笑する。

優は、ぷんすこ怒って私の胸を軽く叩く。


優とは違って緩衝材がないから骨に直接響いて非常に痛い。


「というか西条を追いかけないでいいのか?」

「いいもん。今日は変なところで独占欲の強くてめんどくさい私の相手を牡丹にしてもらうからいいもん」

「確かにめんどくさいな」

「ぶー」


ああ、またふくれっ面になってしまった。

私は、頭一つ分ほど高い優の頭を撫でてやる。

優は気持ちよさそうに顔を綻ばせた。

まるで犬だ。

そんなことを言ってしまえば、また拗ねるので自重しよう。


機嫌が少し良くなった優から差し出された手。


たまにはこんな週末もいいか。


私は、優を軽く小突いて歩きだす。

その手は、空を切り、所定の位置へ戻った。表情は少し残念そうだ。


「あ、デザート奢りって約束、忘れてないよな?」

「あっ」


しまった。という表情で固まる優。

例え当初の目的が達成されなくても、私をここに呼び出した時点でデザートの奢りは決まっている。

忘れていたのか、自身の財布を確認する。そして頬を掻きながら困ったように笑った。


「ま、また今度奢るから!」

手を合わせる優。

私は、しょうがないなと苦笑いを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る