いもうとの話

カーテンから差し込む光は、人を小ばかにしていて起床しろと視覚に訴えかけてくる。

そんな朝日に中指を立てて、ゆっくり、のっそりと起き上がると違和感を覚えて、掛け布団を捲った。


「なにしてんだ……」

布団のなかで胎児のように丸まっているのはよく知った少女であった。

私の妹である 百合ゆりは問いかけに瞼を開けると同時に答えた。


「姉さんが寝ていたのでつい」

「ついってなんだよついって」

おそらく風呂上りであろう鼻腔に訴えかけてくるシャンプーの香り。

乾かすのに手間のかかる綺麗で長い黒髪がところどころ跳ねている。


「あーもう、なにしてんだよ」

妹をベッドに座らせて櫛を取る。まずは手櫛で髪を整えて、次に櫛を入れていく。


まったく世話の焼ける妹だ。


「ったく、貴重な朝の時間を奪いやがって」

「なんだかんだしてくれる姉さん、好きですよ?」

「あーはいはい。私も好きだよ」

「告白ですか?それなら喜んで受け入れますが?」

「馬鹿いってないでお前も支度しろ」


ベッドに膝立ちすることで妹より少しだけ高くなった目線から妹の頭をはたき、よいしょとベッドから立ち上がる。

私たち姉妹が暮らすには十分すぎるマンションの広いリビングにのそりのそりと歩いていくと珈琲の香りがしてくる。

机の上にはスクランブルエッグとウインナー、出来立てのトーストが湯気をたてていた。


ちらり、と後ろに視線を送ると褒めてと言いたげに百合は笑みを浮かべている。


「作ってくれたのか?」

「はい!毎朝ゼリーしか食べないのは流石に不健康だと思いまして」

「ありがとう。嬉しいよ」

ぱぁ、と百合の顔が明るくなる。

少し屈み、上目遣いをする撫でてといいたげな百合の頭を呆れた笑みと共に撫でてやった。


表情がころころ変わるところを見ていると優と重なるところがあるな。


「姉さん、私と話しているときに他ののこと考えましたか?」

「……いーや?」

顔を逸らし、椅子に座る。


ほんと、こういう妙に勘の鋭いところも優に似ている。


ふくれっ面になる百合を横目に手を合わせ、ウインナーに齧りついた。



平日の朝は嫌いだ。

学校が嫌なわけではない。昔は嫌いだったが優と出会い、そこそこマシな学園生活を送るようになって嫌いという感情は次第に変化していった。


だがこれだけは慣れることができない。


笑いながら歩く優から少し離れた後ろを行く。

私は性格が悪いからその笑みが私に向けられたものじゃないという事実だけで心が押しつぶされそうになってしまう。


私には存外、ポエムの才能があるのかもしれない。


そう自嘲気味に笑い、歩いているととても強い力と共に腕を引っ張られた。


「どうしたんだ?」

「いえ、少し買いたいものがあるので一緒にコンビニ寄りませんか?」

「……ああ、わかった。ちょっと百合がコンビニ寄りたいらしいから先行っててくれ」

「りょうかい」

「先行って待ってるね!」


優と夢原の返事を聞くと同時に百合は私の腕を引いて、どこかへ向かう。

近くのコンビニとは正反対の方向だ。


「お、おい……」

百合からの返事はなく、少し歩くと見慣れた近所の公園に着いた。


立ち止まった百合は腕を離して、真剣な面持ちでこちらを見る。


「前から言おう言おうと思っていたんですが明日から少し遅めに家を出ませんか」

「なんでだ?」

首をかしげてみるも、背中を冷たいものが通っていく。

「なんでもです!」

「い、いや、それじゃ理由に……」

「じゃあ私が男性が苦手なので夢原さんと一緒に登校するのが嫌なので明日からは夢原さんたち・・と会わないように登校したいです!」

百合の表情は真剣そのもので、必死で、理由もうっすらと分かる。

ほんと、自慢の妹だ。


「わかったよ。じゃあ明日からは百合と一緒に二人で登校しようか」

「はい!」

ぎゅーっと腕を抱かれ、にこにこと笑みを浮かべる百合。

そのまま百合が通う私立女子中学に送り届けると、周囲からの好奇の視線がこちらへ突き刺さる。


「近衛先輩だ……あの人はだれだろ……妹さん?」

「似てるね、近衛先輩に似て美人さんだ」


百合と同じ制服の生徒が増えるたびにひそひそとした声も大きくなっていく。


「姉さん、今日のご飯は何がいいですか?」

普段より声量を大きくして、百合がそう言うと、周りで黄色い声があがった。

私は曖昧な顔でいつも通り返した。


「百合が作ったものならなんでもいいよ」

「ふふっ、わかりました」


目と鼻の先に校門が見えるようになると、百合は名残惜しそうに腕を離し、友人たちに挨拶をして学校へ入っていった。


「さて私も行くか」


いつもとは違う、だがいつもより清々しい朝に足取りが軽くなる。


こういう朝も悪くはない。

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