018

「元に戻る方法はないのか」

 見下していたはずの、悪と決めていたはずのもう一人の自分に散々罵倒されて苛立ったりとか、自分のせいで気づかぬ間に傷ついていたもう一人の自分に罪悪感を感じたりとか、そういうのはまったくなかった。そういう感情を持たない自分に悲しくなったりも、しなかった。まったくの無。それが、彼の言うことが本当なのだと、僕が信じるには十分な証拠だった。


 僕の行動理念は、その場その場でベストな行動をとること。本当に、たったそれだけだ。いつでも笑顔を振りまき、人からの期待に応えて、良い成績をとって、人と普通にコミュニケーションをする。そうすると嬉しいからでも幸せだからでもない。ただそうするために、そうしてきた。目標と手段の一致。倒錯。生き甲斐なんて言葉は意味もわからない。


 けれど、戻らなければならないと感じた。もう一人の僕がもし自室で命を絶ったら、僕はどうなってしまうのだろうか。存在が残るのだろうか。それとも消えてしまうのだろうか。死への恐怖、すらも、感じない。それも彼が持って行ってしまっていて、死ぬときは彼が一人で味わって、一人で乗り越えてしまうんだろう。屋上のフェンスみたいに。


「戻りたいのかい。またただの引きこもりに戻るだけだぜ。自分が大好きすぎて否定されるのが怖くて変わるための第一歩も踏み出せないで永遠にそこに留まり続けるだけのくそ野郎さ。大学にもサークルにもバイトにももう行けない。Aとももう会う機会はない。君のケータイが滅多に鳴らないのは、一人だった頃の僕らがメッセージアプリを消したからさ。そんな自分に君は戻りたいのかい」


「何故かはわからないよ。けど僕は戻らなきゃいけないような気がする。僕がそう思うってことは、それが僕らにとって理想的だってことだ。そうだろう。僕の定義は、一人だった頃の僕がとりたくてもとれなかった、理想の行動をとることだけなんだから」


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