013
「そっか、ありがとう」
Aさんはそう言ってお手洗いに立った。僕に求められていること、それは、今は、立ち去ることしかないように思えた。今期最後の部会で、僕とAさんはそれ以上話すこともなく、物別れに終わった。
えも言えぬ敗北感だった。二人になってから、初めての大きな失敗。
僕はただいまもそこそこに、矢継ぎ早に繰り出した。
「なあ、僕、初めて失敗したよ。Aを喜ばせることが、どうしてもできないんだ」
彼、もう一人の僕が返事代わりにか、少し待てという意味か、いつも通りのペースでいつも通りにゆらゆらと手を振る。少しの間の後、彼は答えた。
「そうか。ふふ」
「どうしたんだ」
「いやね、僕もAを喜ばせてあげられたことがある気はしないよ。でもね、Aが笑うと、すごくかわいいんだよ。知ってるか」
「いや、知らなかった」
「そっか。じゃあ僕の方がAとは上手くいってたのかもね」
彼の方がAと上手くいっているだって。そんなわけない。だっておかしいじゃないか。彼は僕が切り離した、僕のダメな部分、要らないところ、忘れたい記憶なんだから。
そもそもAのことをあまり覚えていなかった時点で、Aのことは僕から切り離されるべくして切り離された記憶だったのだ。つまりAは僕にとって無益どころか、有害な人物だったのかもしれない。
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