第27話 馬車
「これは駄目だな」
「はい。これは……少々無理がございますな」
俺とキーリスは転がるように馬車から降り、胃の内容物が口から吹き出しそうになるのを堪えた。
「突き上げは優しくなりますが、その後揺れが収まらないのが何とも…」
「全く、その通りだ」
イシュトバルトは
車輪が段差を踏んだ時の衝撃は随分と柔らかなものとなり、最初は悪くないかと思ったのだが…。ただ馬車が揺れる、揺れ続けるという事がこれ程不快なものとは思いもしなかった。
念の為、予定通りそれぞれの車輪に鉄弓を一本ずつ、また二本ずつ設置して比較もしてみたが、ほぼ予想通りの結果だった。
一本では揺れが激しく、二本では揺れは激しくないが、尻が痛い。どちらにしても我慢できる揺れではない。
…………
……
「揺れないようにするには、車軸を固定すればいいのだが、それでは元の木阿弥だな」
イシュトバルトは旅をする際に馬に荷を引かせて、自らは馬の手綱を取り一緒に歩くことが多かった。今回カルドバからの帰路、大変な長距離を馬車で移動した際、長時間馬車に乗り続ける苦痛を初めて知る事となったのだ。
キーリスは非常に丁寧な運転をする。
「悪くない考えだと思ったが、根本的に見直す必要があるか……。座席を座り心地の良い物に変えるだけで良かったか………いや…、改善は可能か?」
イシュトバルトは自問する。キーリスももちろんそれは理解しているが、律儀に答えを返す。
「馬車の足が最初に縮んだ時にはそれを邪魔せず、その縮んだ足が元に戻ろうとする時にはそれを妨げ、ゆっくりと元に戻る…。そのような仕掛けが必要となりますか……。そして、馬車の足は最初に伸びることもありますから、その際には全く逆の働きが必要となります…。そのような事が……、可能でしょうか?」
「今思い付いたのだが、子供の頃、空気鉄砲で遊んだことはないか?」
「御座いますが…、あれが役に立つのでしょうか?」
「分からんが……、あれに小さな穴をあけ、弁を組み合わせると、縮むときには抵抗がなく伸びる時には抵抗がある仕組みは作れる。もちろんその逆も可能だが………」
「おお、作れそうな気がしてまいりました」
「ちょっとした工夫で行けそうな気もするが、馬車の足は伸びる事もあれば縮む事もある。そのどちらにも対応するとなると、さて……、どうしたものかな」
…………
………
しばらく二人で考え込んでいたが、キーリスが口を開く。
「馬車が段差を踏む時は、とても大きな力が馬車の足に加わります。しかし、その後鉄弓が元に戻る時には、それ程大きな力ではないように思います」
「確かに何かを踏んで突き上げる力よりは、大きな力ではないだろうな」
「弁はなくして、小さな穴のみでは駄目でしょうか?」
「ん?…………穴のみか………穴が十分小さければそれなりの抵抗にはなる……が………、空気鉄砲の小さな穴……。伸びるにしても縮むにしても大きな力であれば、空気鉄砲は逆らえずに伸びる、あるいは縮む。それが戻る時にはそれ程大きな力ではないため………、空気鉄砲はそれを妨げる。小さな穴を空気が通る必要がある為にゆっくりと元に戻る………。特に弁などない方がうまくいく…、という事か……」
「どうでしょう?」
「行けるかもしれん………が…、試行錯誤が必要になるな……。馬車が動く間は常に伸び縮みし、また
「それにしても、他の者は馬車で尻を傷める事は無いのか? 揺れの無い馬車、幾らかでも工夫した馬車と言うのにお目にかかったことがないが……」
「あれ程の長距離を一気に移動する者はほとんどなかろうかと……」
「あぁ、確かにカルドバから王都まで一気に駆け抜ける様な酔狂者は他に居らんだろうな」
「それから、少々不便な物でも、大抵の者はあるがままに受け入れます。不便を見付ければ、すぐに改善を試みるのはイシュト様のイシュト様たる所以かと存じます」
「そうなのか?」
「はい……」
…………
……
後日、鍛冶屋を訪れた際、空気を閉じ込める程の精度を求めるならば、
穴については、潰して小さくすることも可能だが、穴を大きくする程度ならば費用も掛からないとの事。また、穴をつぶす際には精度が悪くなることもあるらしい。
できるだけ小さな穴から順に試す事にする。
機械油を塗布する事で、動きを滑らかにし、発熱を抑え、密閉度も上げることができると教えられる。
(成る程、さすが鍛冶屋だ。勉強になる)
…………
……
結局、幾度となく鍛冶屋へ足を運び、当初の予定をはるかに超える費用と時間を要したが、イシュトバルトとキーリスは車輪一つにつき一本の鉄弓と二本の空気鉄砲の組み合わせで、馬車の乗り心地を格段に改善する事に成功した。
「あとは、この音だな」
鉄弓が伸び縮みする際にキコキコと耳障りな音がするのだ。
「油をさしても効果はありませんでしたが、しばらく乗り続ければ、改善するかもしれません」
「それに期待するしかないか…」
「あとは、鍛冶屋をもう一度訪ねてみますか? 何やらいい方法を知っているかもしれません」
「そうだな……。だがとにかく、これでラートリンドを乗せることができる」
思わずイシュトバルトは
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