第25話 講義 二限目
「お師様はどうやって魔法を覚えたんですか?」
人体の仕組みを話すつもりが、ふと、そんな話になった。
「そうだな……、どこから話したものか……。まず、俺が魔法の在り方に気が付くきっかけとなった事から話をしようか」
「はい」
…………
……
「あれは、俺が今のマンマルくらいか、もう少し大きかったか……、それくらいの頃だ。もう三十年ばかり前の事になる。当時俺が住んでいたのは、ここより南の小さな国。そしてこの王都とは比較にもならん、千人程の人が住むそれ程大きくはない町だった。
その町に剣術の道場があったのだ。
子供の頃の俺は、剣術を習おうと思った事はなかったが、通りすがりに覗いてみたりする事はよくあった。
そんなある日、当時剣豪と呼ばれていた者がその道場に立ち寄った事があったのだ。道場の
俺もいつもの様に庭から道場を覗いていた。
俺にとっては幸いな事に、件の剣豪が庭で剣を振っていた。しばらく舞うように剣を振り続けていた。それは猛々しいというよりも美しいという言葉がふさわしいものだった。
暫らく見続けていたが、道場の主と何やら言葉を交わした後、剣豪は庭石を前に剣を構え、動きを止めた。
すると、次の瞬間、剣豪は
剣豪は、長年の鍛錬で剣の振りを極限まで速くする事で可能になる。そんな事を言っているのが聞こえたが、俺はそれを見て考えた。どの様に考えたのかはもはやあまり覚えてないが、考えに考えた結果、あれは魔法だと結論した。
まぁ、あり得ない事だからな。
その時が、俺が魔法に関して本気で考えた最初で、魔法の在り様に思いを巡らせた最初だった。
それから、俺は安物の細剣を手に入れて、日々、野原で草を斬り続けるようになった。まだ体が小さかったからな。細剣くらいしか振り回せなかったからだ。
ただの草なのだから斬れて当然だが、まぁ、たまには斬り損なう事もあった。
しかし、斬れると思い込めば何でも斬れるのではないかと、それが魔法なのではないかと考えてな……。とにかく毎日斬り続けた。
剣で草を刈る阿呆と呼ばれもしたが、気にせず斬り続けた
やがて、斬り損なう事はなくなり、少しずつ少しずつ斬り
草から木の細枝、そして徐々に徐々に太い枝……。
その頃には絶対に失敗しなかった。というのも、絶対に斬れそうな枝しか斬らなかったからだが…、一度でも失敗すると、絶対に切れると思い込む事が出来なくなりそうだったからな。絶対に斬れる自信のある枝を、絶対に斬り損なう事の無いよう細心の注意を払って斬り続けた。
何年も斬り続けた。
今思えば、平坦な道のりではなかった。
迷いは雑念となったし、期待することもまた雑念となる。
どうすべきかと考えれば、それが雑念となった。
何も迷わず、何も考えず、ひたすら剣を振り続ける。
言葉で言うほど簡単な事ではなかった。
必ず斬れると信じて、しかし信じようと努力すれば、それすらも雑念でしかなかったのだ。
そして、気が付いたら、と言うと少し違うが、とにかく俺は、俺の剣が触れた物は何でも斬れる、と言う新しい常識を身に付けるに至った。
それが当たり前の事となっていた。
そして、何でも斬れるという事は、もはや剣で斬っている訳ではない。
剣で斬っている訳ではないのなら……、物を斬るに剣は必要ない。
もっとも、未だに剣は手放せないが……。
剣を握れば、剣を振れば、何も考えず、何も思わず、全てを斬り裂くことが出来る。
そういう風に、体に、心に、沁み付いているからな。念を込めるより手間がかからん。
とにかく、俺は剣が無くとも物を斬れるようになった。
俺は『斬れよ』と思うだけで、物が斬れるようになっていた。
俺は……、既に魔法が使えるようになっていた。
俺は魔法を身に着けたが、それは同時に
ならばもはや考える必要はない。
俺はあらゆる魔法を試した。
うまく行かぬものもあったが、いや、ほとんどうまく行かなかったが、それでも疑う事はなかった。
うまく行かぬ原因があり、それを排除できればうまく行く。
魔法を、魔法の理を疑う事はなかった。
離れた物を動かした。
水を湯に、水を氷に……。
火を起こし、傷を癒す。
物を動かす以外は、どれもうまくできなかったがな。
町中を駆けずり回って怪我人を見付けては治療を試みた。
『血よ止まれ』と念ずれば、念じている間だけは血が止まるのだが、どうにもうまく行かん。
それで、肉屋に通い詰めた。
そこで血管を学び、皮と筋肉と脂肪と骨を学んだ。
まだまだ不細工ながらも、どうにか傷を塞ぐことが出来るようになった頃、怪我人を探し回るうち、病を診てくれと頼まれるようになった。しかし病を癒やすことは全くできなかった。
病の事など何も知らなかったからな。
うまく出来ない事はいくらでもあったと思う。特に火を起こすのはうまく行かなかった。偶に薪に焦げ目がつくが、火が点る事は無かった。そういえば、今のキーリスと全く同じだな。
それから俺は町を出た。
人の体の仕組みを知るためだったが、父に医術を志すかと問われ、唯知りたいだけだと答えると、肩を落としていた。それでも町を出る事を止められはしなかった。
薬師や医師のもとを訪れて、やがて病の治療も形になってきた。幾つかの、原因の明らかなものについてはうまく治療ができたのだ。
しかし、病に関しては諦めた。
この世には無数の病があり、その原因は千差万別。病だけに一生を費やして、それでも足りない事は明白だった。
新たな知見を得るため、方々を歩き回るようになった。
今はこの国に居を構え、ここが帰る場所になっているがな。
話がだいぶ
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