第23話 儚き希望1

王が顕微装置から顔を上げイシュトバルトを訝しげに見る。


「俺には……、特に気になるような物は何も見付からん。拡大しても、やはりただの土だ。そもそも土を拡大して見た事など、かつて一度たりともないのだ。何を見付ければいいのか……」


「いや、何も見付けなくていい。ただ、今見たままの土の様子を覚えておいてくれ」


 王が再び顕微装置を覗き込むと、マンマルが戻ってきた。


「取ってきました」


「あぁ、ありがとう」


 そう答えながらマンマルが裏庭から持ってきた土を別の顕微装置に据える。


「今度はこの家の庭の土だ。見比べてみてくれ」


 王は頷いて、装置を覗き込む。


…………


 しばらく観察を続け、装置を覗きながら口を開く。


「少し暗い色だが、それ以上は特に違いはないように思える………。ん? はっきりとは分からぬが、今度は何やら動いて…いる……。小さな粒が動いてるように見えるが…、砂粒は動く事があるのか?」


「いや、砂粒は動かない」


「しかしあれは……、砂ではないのか?」


「あぁ、砂ではない。一見、生命の欠片さえ無いような土の中でも、目には見えぬ多くの命がある。このような顕微の装置を使ってかろうじて視認できる小さな蟲達だ。じっくり観察してみれば、かなりの数の蟲を確認できるぞ」


 かなりの数と言われて、王は思わずる。


 イシュトバルトは少し笑って続けた。


「そのような乾いた土には寧ろ少ないが、森の落ち葉が堆積したような土だと、それこそ無数の虫を見ることができる」


「どこの土にもいる、と言う事か?」


「あぁ」


「しかし、非実領域よりお前が持ち帰った土にはそれがない…」


「そうだ、全くいないな。それを見せたかったのだ」


 王は改めて非実領域の土が据えられた装置を覗く。


「動く物は一切ない…」


 王は暫らく考えてから口を開いた。


「これは草木が実を結ばず、人や獣も子を成さぬ事と…、当然関わりがあるのだな」


「あぁ、それは間違いない。この様な目に見えぬ程の小さな命は彼の地では永らえる事が出来ないと考えている」


「……子が成せぬのではなく…」


 イシュトバルトは深く頷く。


「そうだ。そして、受粉したばかりの植物の種や受胎したばかりの胎児と言うのは、実は目に見えぬ程の小さき命なのだ…」


「つまり、小さき命のみを奪う何かがある、という事になるのか」


「恐らくな。この装置で漸く見ることが叶う様な儚き生き物は、彼の地ではその命の営みを維持できぬ、という事は間違い無いだろう。結果として、人も獣も植物も、既に成長したものならば、生きるには問題ないが、しかし子を成さぬ、実を結ばぬ、という事になる………」


「ならば………」


 思わず、原因が分かっているのならば、と続けようとした王は、しかし言葉を続けることができなかった。原因がどこにあるのかは判明したと言えるかもしれない。しかし、それが何故起こるのかが問題なのだ。


「あぁ、すまんな。ここまでなんだ。何故これらの小さき物が死滅したのか、皆目見当がつかん。それで、いらぬ誤解を招くことのないように…」


「あぁ、分かっている。謁見の間で黙っていた事は問題ない。むしろ感謝する。しかし、原因が水でも土でも無いと言うのは……」


「あぁ、それは言った通りだ。他に伝えるべき事はない」


「そうか、ならば………、空気か?」


「いや、それは考えにくいな。空気を一つ処に留めておくと言うのは無理があるだろう。仮にある程度可能であっても、あれ程明確な境界ができるとは思えん」


「やはり、原因は分からんか……」


「そもそも分かろうとする事に無理があるのかもしれん」


 王が怪訝そうにイシュトバルトを見る。


「例えば…、だが……、百年後であれば、魔法なども、それどころか神や悪魔も合理的に説明する事ができるかもしれん。が、今、それができるかと言えば、それは叶わぬ事…」


「訳の分からぬ魔法の様なものであるから、どうしようも無いという事か?」


「何ができるかはまだ分からんが、少なくとも来るべき日迄足掻けるだけは足掻く。ただ、この現象の異様さを考えると、俺では完全な理解に至ることはなかろうとも思うのだ」


「つまり、お前は…」


「いや、慌てるな。理解が及ばずとも制御する術は必ずある。それを見付ける」


 安心できる答えではない。目的地が分からず、唯目指すべき方向だけは凡そ分かる、その程度の目標。何処まで進むべきかも分からぬままに、それでも一歩を踏み出さねばならない。


「あまり喜べる答えでもない気がするが、お前が『見付ける』と言ってくれるならば心強い、頼む。それで、原因は魔法……の様な物と考えているのか?」


「……何と言うか…、人の知識で説明の出来ないものは…、それは即ち魔法だ」


 王がやや戸惑いながらも頷く。


「今のところ、あり得ない現象という意味では、ザーラ周辺の異変は魔法と呼んでも差し支え無い。 が、魔法とは言っても二つに分けて考える必要がある。一つには、知らぬが故に魔法と思える物。これは理屈さえ分かればもはや魔法足りえぬ」


「言われてみれば、山を登る水路も理屈を知らねばまさに魔法だ」


「うむ。そして、一つには、まさに魔法そのもの。世の理を越え、人には説明しようの無い物だ。先程はそれすらもいつかは説明できるかもしれんと言ったが…。今は分からずとも、人が知るこの世の理の延長にある物と、理解するには世の理それ自体を書き換える必要がある物に分けて考えるという事だが………。まぁ、ザーラの異変がどちらに当たるのかは、判断が付かんな」


「魔法と言えば魔法だが、調査が進めば世の理で説明がつくのか、あるいは世の理を越えた物か…、現状では分かるはずもない……か…。結論を急いでも仕方がない。今わかっている範囲でできる事をやる。当たり前だが、それしかないな」


「あぁ。それで、少々面倒な話になるが、もう少し詳しい話を聞くか?」


「ん? もちろんだ」

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