第16話 謁見

「では、五十日の期間を費やし、王室の支援を受けた調査の結果、不作の原因は何も掴めなかったと申すのだな?」


(官吏の一番前に立っている奴、こいつ名前何だっけな?)


 そんな事を考えながらイシュトバルトは答える。


「そう言う事ですな」


「王より賢者の号を賜ったとは言え、その物言いは…」


「控えよ、サキマーム。イシュトバルト殿には余が乞うて骨を折ってもらったもの。其方そちは今、王室の支援と申したが、輜重隊が帯同したのであったか?」


「いえ、イシュトバルト殿が必要ないと申されましたので、携行食と水を…」


「こちらの依頼で命の枯れた地に足を運んでもらったものを、僅かな食料と水を用意する事が王室の支援と言うのは、いささかお門違いであろう。仮に輜重の大部隊が帯同する事になろうとも、こちらからの頼みであれば当然の事。加えて、斯様な不可解な事象、その因を探るに一朝一夕では成らぬと、言を受けて猶それでも、と無理を承知で依頼をしたのだ。其方も立ち会っておったではないか」


「口が過ぎました。ご容赦を…」


「いや、其方は少し考え違いをしておる。サキマーム、一人の官吏をクアトに遣わすとして、どれ程の荷が必要となる?」


「現地の滞在に要する荷を別とすれば、荷馬車一台で事足りるかと存じます」


「ふむ、荷馬車と申したが、飼葉はどうする? 馬の飲み水はどうする? 草一本生えぬ地に向かうのだぞ」


 サキマームの目が点になる。


「それは…」


「さすがの其方も即答できぬな。飼葉と水を載せた荷馬車がもう一台は必要となるが、その馬の飼葉、さらにそれを運ぶ馬の飼葉が必要となり、輜重は際限なく膨らんで行く。もちろん、軽くなった荷馬車は帰りの飼葉を載せて引き返す事を考慮して、綿密な計画を立てれば不可能ではない。しかし、官吏一人で調査などとは有り得ぬ話。農作に精通した官吏が少なくとも十名は必要となろう。そうなると、此度の変事の原因を探るには途方もない規模の遣使団が必要となる。それをイシュトバルト殿はたった一人で向かわれた。行って戻るだけでもどれ程の苦難がある事か。イシュトバルト殿以外にこれを成せる者はおらぬ」


「しかしながら…」


「うむ。其方がクアトの調査を必要の無いものと考えておる事は承知しておる。調査が必要なものかそうでないか、イシュトバルト殿の報告を伺って判断しようではないか」


「今しがた、原因は分からぬと…」


「原因は、と申されたのだ」


 王はこちらに向き直った。


「原因に拘わらず、分かった事を報告願いたい。おもてを上げてくだされ」


(ようやく俺の番が回ってきた)


 イシュトバルトは内心で溜息をつく。


 謁見の間である。イシュトバルトは説明に必要な資料を伴って、王の前に罷り越していた。


「では、まず、これをご覧ください。一年草はクアトには全く見当たりませんが、多年草ならば見る事ができます。これはカーネ草と言う、いわゆる雑草ですが、冬を除いて、春から秋まで花を付ける多年草です。クアトに於いては実を結ぶ事は無いものの、幸い未だに自生しており、それを採取する事ができました。採取して以来、土はもちろん水もクアトの物以外与えておりません」


 王が玉座を立ち、運び込ませた木箱を覗き込む。


「いくつか花が咲いておるが…」


「枯れた花をご覧ください」


 王は顔を木箱にさらに近づけ、暫らく見続けた後、驚きの声を上げた。


「こ、これは、実ではないのか?」


 王の横に控える官吏たちから僅かなどよめきが上がる。


 一枚を残して花びらを散らせた、その花の付け根に、小さなふくらみが確認できる。


「十日ほどの後には、種が取れるかと存じます」


「どういう事なのだ。クアトでは一切の植物に実が付かないのではないのか? いや、全てではなかったか……。小さな実が成るも、熟す事無く落ちる…、そういう報告もあったな」


「はい、クアトでは花がついても実を結ばず、稀に実を成す種類の物も確認されておりますが、おっしゃる通り、熟す事無く枯れ落ちた、と記録にあります。しかし、クアトでなければクアトの草が同じ土、同じ水にて育んでも猶実を結びます。この同じ鉢より、既に種が採取できております」


 イシュトバルトはすぐ横に置いてある薬瓶を示した。黒い、小さな粒がいくつか収められている。


「これは……」


 薬瓶を手に取り、考え込んだ王に告げる。


「再度申しますが、この変事の原因は皆目見当が付きかねます。さりながら、土でもなく水でもなく、病害虫の類でもない事は明らかかと愚考いたします。人に関しても、クアトを出た後、子を成した夫婦がいる事は確認されております。さらに幾つか確認すべきは御座いますが、彼の地をいでさえすれば人も獣も作物も実を結ぶ。逆に彼の地へ足を運べば、それは叶わぬと判断できましょう」


「原因が分からねば対策の立てようも無いが……、クアトに誰も近づかねば特に被害もなく、さらなる調査に労を割くは急務ではないと見て宜しいか?」


「この地図をご覧ください」


 イシュトバルトは問いには答えずに地図を広げた。


 地図には、三本の線が引いてある。


「尺は違いますが、こちらの二本の線は、クアトに派遣された調査団の報告書より被害農地を書き写したるもの。線より西側が被害農地となります。こちらが初年度、こちらが次年度の状況を示しております」


 イシュトバルトは地図を指差しながら説明し、報告書から件の地図を取り出し、同じものであることを示す。


「して、そちらの線は?」


 王が地図の南を指して問う。


「こちらは、今回の調査行にて見出した命の境界を示しております」


 イシュトバルトは一本一本に番号が振ってある枯草を示す。


「これは、寡聞にして正式な名は存じませぬが、巷では週草あるいは週花と呼ばれ親しまれている雑草です。すでに盛りは過ぎておりますが、この時期に急速に芽を伸ばし、一週間ほど花を付けた後、枯れ落ちます。この草のおかげで植物の生育可能な限界を見ることができました。この線より北には一草たりと、この週草を見出す事叶いませんでした」


「つまり、元々この地は荒野であるため被害の領域は誰にも分っておらなんだが、現実には、クアトはおろか、この線まで作物の生育は不可能という事に……。しかし、実害は大きくないとは言え、相当に広大な領域が侵されておるな」


「すでに西北荒地の大半で、命を繋ぐ事は叶わぬものと考えられます。そして、これはまだ確証のない仮説に過ぎませんが…」


 イシュトバルトは紐の付いたペンを取り出し、紐の端をザーラ上で押さえつけ、地図上にザーラを中心とする三つの同心円を、それぞれ既に書かれていた線と重なる様に描く。


 イシュトバルトは内側から順に円を指し示しながら告げた。


「これが一年目、これが二年目、そして、こちらが六年目……。事はザーラに端を発し、その領域は年を追うごとに拡大を続けていると考えられます」


 王が地図を凝視したのち驚愕の面持ちでイシュトバルトを見ていた。

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