第13話 発覚

 この国の王城は、豪華絢爛と言うには武骨に過ぎるが、規模は国内で比類なく、その威容は見る者を圧倒する。


 もちろんマンマルは大喜びである。堀を渡り、城門を潜った時、前庭で外に飛び出そうとするのを慌てて抱き止める必要があった。


 対応に出た官吏は見知った者だったため、特に問題もない。調査から帰った事を報告に来たと告げる。


 あとは待つだけだ。


 王城への使いはラートリンドに頼みたかったが、御者がいるのに歩いて行かせるのも気が引ける。キーリスはまだ俺のそばに置いとかなくちゃいけない。キーリスの監視のために、俺も行く事になれば、ラートリンドが行く意味がない。結局、ラートリンドが留守番するしかない。


 王城まで出かけて、帰ってきたと報告するためだけに半日潰すのは随分時間の無駄だと思ったが、三日程度の後と見ていた謁見は七日後となった。王も忙しいようだ。おかげでじっくり分析ができる。









 分析に取り掛かる。と言ってもできることなど限られている。まずは、採取した試料を全て、顕微装置で覗いてみる。


 顕微の装置はインツーラの学者コルミトの手に成る物だ。生物を専門とするが、拡大鏡で細かな虫を観察するうちに、それを二枚組み合わせる事に考えが及んだらしい。


 拡大鏡は安くはない。さらに質の良い物はそれなりに高価だが、それ程珍しい物でもない。だが、それを二枚組み合わせるだけで、物を拡大する効果は跳ね上がる。


 コルミトを訪ねた際に、彼は気前よく一台の顕微装置を譲ってくれた。俺はそれを複製し、改良した一台を返礼としてコルミトへ贈った。





 最初は、ただ見ているだけだった。


 マンマルとキーリスである。


 マンマルは好奇心から、キーリスは俺の目の届く範囲にいるためだ。


 しかし、すぐにマンマルはあれこれとイシュトバルトに尋ねては、顕微装置にかじりつくようになった。


 キーリスもやがて、何かと手伝おうとするようになり、キーリスが試料を準備し、マンマルが顕微装置の焦点を合わせ、俺が観察すると言う流れが出来上がった。


 試料に混雑物が無いように作業するのはマンマルは当てにならないが、キーリスなら信頼できる。そしてマンマルの焦点合わせの手際はすでに俺よりも良い。


 二日目の午前中には、すべての試料を観察することができた。午後には、あれこれ考えながら、気になった試料をもう一度顕微装置で観察し、また考える。






 そんな風にゆったりと時間が過ぎていた時、ラートリンドが研究室へ来た。


 キーリスは特にする事もなく、座っている。マンマルはラートリンドと一緒だと思っていたが…。


「イシュトバルト様…」


 俺は少しぎくりとする。


 ラートリンドは俺の事をイシュトと呼んだりバルトと呼んだりする。もちろんイシュトバルトと呼ぶ事も珍しくはない。


 ただ、偶になのだが、イシュトバルトと呼ぶ時……、怖い。


「申し上げにくいのですが、これは、はっきり申し上げなければなりません。イシュトバルト様の魔法の事で御座います」


「魔法がど、どうかしたか?」


「わたくし、イシュトバルト様が魔法を使う事は知っております。何度かは目にしたことも御座います。しかし、わたくしにお見せになった魔法は、あれは本当のイシュトバルト様の魔法ではないと、特別に、普通の見せても良い魔法をお使いになったのだと、そんな風に考えておりました。と、言いますか、わたくしにもその位の事は分かります」


「あぁ、騙す様なつもりではなかったのだが…」


「いえ、そんな事はどうでも良いのです。イシュトバルト様の魔法は、とても、危険なのではないですか? だから、誰にも知られぬ様にしてきたのではないのですか?」


「いや、まぁ、そんなところだが、それが…」


「マンマルにお教えになったのですか?」


「教えたりはしないが、一体どうし…」


「マンマルが火を点けてくれました。マンマルが見ただけで、一瞬で薪に火が付きました。魔法で火を点けると言っても、しばらく炙り続けなければ、薪には火は点きません。それが、マンマルは…マンマルは呪文なども無く、ただ見ただけで、一瞬で…」


「旅の間、わたくしも何度かお世話になりました。大層驚きましたが、イシュトバルト様のお連れ様なれば然もあらんと、納得しておりました」


「…………」


 俺は口を開けて呆然としていた。


「教えた事など、絶対にない…が……確かに、一度…二度…見せた……」


「薪に火を点け……水を湯に…」


 そこで、俺は自分の言葉に驚いた。迂闊すぎる。この二人には、油断しきっていたのは間違いないが…。


 二人も驚いているが、マンマルが一度見ただけで魔法が使えた事に驚いているのか、俺の言葉に驚いているのか…。


「少し、考えさせてくれ。あ…、明日、この話の続きは明日にしよう」

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