第12話 身上
「へまをしてしまいましたか」
緊張が高まる。
「口が立ちすぎて、いやでも警戒しちまったよ」
「マンマル」
「はい」
「厨房でラートリンドを手伝ってやってくれ、頼めるか?」
「はい」
マンマルが部屋から出るのを待ってキーリスが続ける。
「ご不信を抱かれまいと、やり過ぎました。自覚はあったのですが…、どうにも気持ちが昂ぶってしまいまして……、申し訳ありませんでした」
「……」
「あ、いえ、決してイシュトバルト様を害するつもりは御座いません。それに、これまで申し上げた事にも一切の嘘は御座いません」
(殺気が少し零れたか……)
「続けてくれ」
「わたくし、若い時分には王都で菓子を商っておりました。小さな店もあるにはあったのですが、店に詰めるよりは、駄菓子を担いで行って祭で出店を出したり、王都周辺で行商に走り回り、日々の糧を得ておりました」
キーリスは息を継ぐ。
(躊躇っているのか?)
イシュトバルトはは、じっとキーリスの気持ちが固まるのを待つ。
「御察しの通りでございます。それは表向きの生業、もう一つ、わたくしの任は、常にあっては、市井の噂に耳を立て、王が市中に行幸なさいます際には、市井に紛れ、陰より王の御身をお守りする事で御座いました。いわゆる、草で御座います」
「!……」
「草は辺境で訓練を受け、王都で任に着きますが、所帯を持ち、特に子を設けたる者は、地方へ移り住むのが慣例となっております。わたくしの場合カルドバに赴き、以来、かの地でずっと宿屋の主として、草として、生を送ってまいりました」
「噂に聞いたことはあるが、まさか、草に見える事があろうとは…」
「草は、雨の中も風の中も踏まれても、地に立ち続け、しかし誰の目にも止まりせん。それが草で御座いますれば、誰かに見出されては、草は終わりです」
「確かにそうだ。……なのに、何故付いて来た」
「わたくしも今のイシュトバルト様と同じ気持ちでございました。同じと申しては不遜に過ぎますが、まさか放浪の賢者様に見える事が叶うとは、まさに青天の霹靂でございました」
「それで付いて来たと?」
「わたくし、先年、四十になりました」
「ん?」
(俺より若かったのか…)
「草は四十で年季が明けるので御座います。わたくし、連れ添った妻に先立たれ、カルドバでこのまま余生を過ごすものと思っておりましたが、イシュトバルト様に見える事が叶い、供としてお認め頂いた時には天にも昇る心持ちで御座いました。以前、わたくしに関して申し上げた事は全て本当の事で御座います。しかし、強いて申しますれば…、さしたる額では御座いませんが、草は死ぬまで、食うに困らぬ程度の俸禄が約束されております」
キーリスの胡散臭い饒舌が復活するが、イシュトバルトの警戒心は薄れている。
「誰に仕えていた?」
「それは、王としか…」
「さすがに、言えないか?」
「いえ、直接に命を下す者と言う事でしたら、存じ上げません。草に上はなく、群れもなく、一度野に放たれれば、事が起こらぬ限りは全て己の判断で行動いたします」
「しかし、それでは…」
「はい、上が命を下す方法は二通り御座います。一つには噂。例えば、わたくしに子ができた際に、わたくしは身近にて二度、カルドバの噂を耳にしました。それが、わたくしに下された命であると判断して、かの地に赴きました。」
「だが…」
「はい、ご懸念は分かります。ただの偶然という事も御座いましょう。しかし、それが己の判断で行動を成す、という事なので御座います。わたくしに命が下された、あるいは、わたくしがそう思ったのは後にも先にもその一回きりで御座いましたが…」
「すべての草は特に指示が無くとも常に己のすべき事を弁えているという事か……」
「はい。もう一つには、参集を掛ける事でございます。これも特に決まり事はなく、草に参集がかかったと判断した者が参集いたします。これは、一度たりと経験した事は御座いませんが、わたくしが気づくべき物事に気が付かなかっただけかも知れません」
「よく話してくれたが…」
「このキーリス、イシュトバルト様に地獄の底までお供させていただく所存、何卒お許し頂きたく…」
「あぁ、いや、それは良いんだが、ここまで話したって事は…」
「重ねて申し訳ありません」
「やっぱりそうなるよなぁ。身の証を立てる物は何もない。だが、下手に探りを入れると、俺の身が危うい、と…。身上を隠す嘘だとしたら、完璧だ」
「決してそのような…」
「いや、嘘だって言うんじゃないんだ。それに嘘だって構やしない。俺に害をなすつもりが無いってとこだけ本当ならそれでいい。俺に害意が無いってことは俺の周りにも無いってことだよな」
「もちろんで御座います」
「本当に面白かった。いい話を聞かせてもらった。しかし、身の証が立てられない以上、できるだけ俺の目の届く範囲にいてくれ」
「宜しいのですか……。ありがとうございます。このキーリス身命を賭してお仕え致します」
「ところで、腕は立つのか?」
「教練は施されておりますが、実戦の経験は殆ど御座いません」
「それでも頼もしい。俺のいない時には屋敷を頼む。当分は、俺にくっ付いててもらうが」
「畏まりました」
イシュトバルトは少し考えてから、口を開く。
「草ってのが、どれ程のものを修めてるのか分からんが、皆がお前みたいに頭が回るなら、市井に放り出すのはちともったいない気がする。どうせ禄を下すなら王城で勤めさせた方が、もっとうまく政が回る気がするが」
「何とももったいないお言葉、お褒めに与り恐縮でございます。しかし、王城での官職には全て貴族が就いておりますので、そこへ平民を割り込ませるのは王とて難しかろうと存じます」
「あぁ、そりゃそうだな」
「それと、市井の者に学ばせる機会を与えているのではないかと考えたことが御座います。国によっては学舎なる物があると聞き及んでおりますが、この国には御座いません。それを憂い、学を成す場を設けたい一派があり、それに反対する一派の裏を突いて学ばせているのではないか、と。イシュトバルト様がおっしゃいましたが、無駄が多すぎるように思い、何か理由があるのではないかと、考え至ったもので御座います」
「ほう、これはまた面白い話を…、礼を言う」
「いえ、この話は真に受けて頂いては困ります。全くの、わたくしの根拠のない考えでございます」
「あぁ、分かった。だがまぁ、これでお互いに秘密を共有する間柄になったって訳だ。改めて、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
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