第11話 帰還

 東から王都に通じるこの街道は、そのまま東大通りとなる。


「このまま大通りを通って城内まで参りますか?」


 キーリスが尋ねてきた。


「王都の道は詳しいのか?」


「若い時分に住んでおりました。何分昔のこと故、詳しいとは言い兼ねますが、城内近くであれば、大きく変わってはいないと思います。雑踏を避けてまいりますか?」


「あぁ、任せる………。あっ……いや、大通りをマンマルに見せてやろう。このまま進んでくれ」


「畏まりました」


 城内と言うのは、少なくともこの王都では王城を指すものではない。城壁の内側の地域が城内と呼ばれている。


 そして城内の東の森の一角にイシュトバルトの屋敷がある。イシュトバルトの家よりもはるかに大きく立派な屋敷はいくらでもあるが、森に囲まれるこの一帯は、好む者には最高の立地だ。


 王からの爵位の授与は固辞したが、この屋敷はありがたく頂戴した。最初は断ったが、とにかく見るだけ見ろと言われて、一度見たら断れなくなった。抗いようも無く気に入った。


 城壁をくぐると、右手には森が広がり、左手には屋敷が立ち並ぶものの、一軒一軒の敷地が広いためマンマルは勘違いした。


「王都、終わった?」


「いえ、まだまだですよ。もうしばらく進むと王城が見えてきます。そこが王都の中心です」


「えええっ…、王都すごいねぇ。けど家は減ったね」


暫らく進んだところで、キーリスに声を掛ける。


「その小路に入ってくれ」


 さらに、暫らく森の中を進むと、門が見えてきた。


 自分で門を開け、馬車を通して、自分で閉める。門番を雇うつもりはない。これは本当にない。


 門をくぐって、しばらく進み、屋敷の前に着けると、ラートリンドが出てきた。


 馬車から降りた俺を見て、驚いている。


「旦那様、お帰りなさいませ」


 深々と頭を下げる。


「あぁ、今戻った。変わりなかったか?」


「はい、何事もなく。イシュト様が馬車でお帰りになるのは、初めての事なので、お客様かと思ってしまいました」


 キーリスが馬車から降りて来て、頭を下げている。


「詳しい話は後でするが、御者のキーリス。馬の面倒を任せる」


「キーリス・コルソートと申します。イシュトバルト様に奉公をお認め頂き恐悦至極でございます。奥様には突然の事で、ご不満もおありかと存じますが、これより懸命に務めさせて頂く所存なれば、なにとぞご容赦いただきたく、宜しくお願いいたします」


「いえ…、あの、奥様ではありません。ラートリンド・サレトと申します。唯のお手伝いですから、そんなに畏まらないでください。こちらこそ宜しくお願いします」


「これは、失礼いたしました。このキーリス一生の不覚。何卒ご容赦の程を」


「イシュトバルト様にお仕えする唯の仕事仲間ですから、そんなに丁寧な対応をされると困ってしまいます」


「そう言う訳には参りません。お見かけしたところ、随分長くお仕えしておられるのでしょう?」


「はい、かれこれ十年程になります」


「それでしたら、もはや家族と言えるはずでございます。昨日今日のわたくし目が対等に接する訳には参りません」


「はぁ…」


「それくらいにしてくれ、もう一人いるんだ」


 マンマルが馬車の窓からラートリンドを見ていた。


「まぁ、なんと、旦那様に…… 」


 今度はラートリンドが勘違いしている。


「いや……」


 ラートリンドは馬車に駆け寄り扉をあけ放ち、両腕を広げて歓迎する。


「何と愛らしい。ラートリンドと申します。誠心誠意、お世話をさせていただきます」


 その様子に燥いだマンマルはラートリンドに飛び付いた。


「ラートリンドのスープ、とてもおいしい」


「まぁ、まぁ、どうしましょう。何とまぁ。イシュトバルト様、何故もっと早くに………、ご事情がおありなのでしょうね……」


「いや、俺の子と言う訳じゃない」


「えっ…」


「私はマンマルです。マンマルは石でした。イシュトバルトが通り掛かって、話が聞きたくて飛び出したら、人になっていました」


 マンマルが自己紹介する。


「えっ…」


 ラートリンドとキーリスが絶句する。


「あっ…」


 いきなりばれちまったか。


「な、何を、言っているのでしょう…。ま、まん、おな、お名前はマンマル…と、言うのですね」


 ラートリンドはマンマルを抱き、頭を撫でながら言葉を絞り出している。


「はい、マンマルです」


 いい返事だ…。


「ま、まぁ、言いたい事はあるだろうが、とにかく荷物をかたずけて、中で落ち着こう」


「は…、はい、そういたしましょう」


 ようやく、マンマルを開放する。マンマルも喜んでいるようだったが…。


「キーリスもとにかく、馬車を裏へ回してくれ、行けばすぐに分かる」


「畏まりました」











「それじゃあ、みんな落ち着いたな」


「あの、わたくしもこの場にいて宜しいのですか?」


「あぁ、お前もすでに聞いちまったからな。これからこの屋敷で一緒に暮らすんだ。知っておいてもらったほうが良い。座ってくれ」


 ラートリンドは、ソファの隣にマンマルを座らせ、肩を抱いている。


 マンマルはラートリンドのお茶を飲んで不思議そうな顔をしている。


「マンマルの言った事は本当だ。当然、俺も訳が分からない。だからあまり話すこともないんだが……、クアトからザーラに向かう途中の道端でマンマルは俺の目の前に飛び出してきた。飛び出したって言っても、道の脇から飛び出してきたわけじゃない。道端の、土の中から飛び出してきた」


 ラートリンドもキーリスも驚いた顔をしているが、黙って聞いている。石が人間になりました、っていきなり言われても、はいそうですかと納得できる訳も無いしな…。


「ここからは、マンマルが自分で言った事で、それ以外には何の手掛かりもない。とにかく分かっている事を話す」


 二人とも僅かに頷く。


「マンマルは石だった。道端の石っころだ。だが、ある時、自分が石だと気が付いちまった」


 二人とも何かを言いたそうにするが、言葉が出ない。当たり前だ、誰も言うべき言葉が見付からない。


「何故と言われても俺にも答えようがないからな」


 二人とも頷く。


「で、石のマンマルが唯一できる事。何故か人の話を聞く事が出来た。マンマルは、ずっと旅人の話を聞いていたんだ。旅人って言ってもクアトとザーラの間だが…。ところが、二人も知っての通り、クアトからもザーラからも人がいなくなっちまった。そんなことは知らないマンマルは待った。人が通るのを待ち続けた。何年も待ってたことになる。マンマル本人は、その辺の時間はあいまいだが…。そんな時に、通り掛かったのが俺だ。何年も待った挙句の人の気配に我慢堪らず…」


「と、飛び出してきた…と言う…」


「そうだな、そうなる。俺が知ってるのは、飛び出してきたマンマルは間違いなく人だ、って言う事だけだ」


「たった一人で…なん…何年も……」


「マンマルが言うには、マンマルは頭だけが外に出ていて、それで、小さな子供が石をマンマルと呼んで花を供えてくれたらしい。マンマル二人に見せてやってくれるか?」


 マンマルはうなずいて懐から花の入った薬瓶を取り出して、二人に見せた。


「これも信じられないが、供えられた花の一本が残っていた。道端の石はその日以来マンマルとなった」


 ラートリンドは涙を流して、マンマルを抱きしめている。俺の話に全く何の疑いも持ってないらしい。


「今言った事は、自分で言ってて俺自身信じられない。だから、二人が信じるも信じないも特に気にはせん。だが、一つだけ二人に頼みがある。この事はさすがに人には言えない。言ったところで信じる者はいないだろうが、それこそ石をぶつけて虐められるのが落ちだ。最悪なのが、あの辺りの異変と関係があると思われる事だ。そうなれば、悪魔と呼ばれる事にもなりかねん。……だから、黙っていて欲しいんだ。誰にも言わないで欲しい。頼む」


「頭をお上げください。決して誰にも申しません」


 キーリスが答える。


 ラートリンドは声が出せずに、頷いている。


「それから、マンマルはカルドバ、キーリスのいた宿場町カルドバで見つかった行商人の息子、親は旅の途中で死んだ、見付けた俺に拾われた。そんな身の上って事にしときたいんだが」


「それは良いお考えです。あの町で何かあればすぐ知らせるように手配しておきましょう。必要であれば、「イシュトバルト様が子供を拾われた」と息子たちに噂を広めさせる事もできます」


「ありがとう。噂の事は少し考えてからにしよう」


「はい」


 その時、大人しくラートリンドに抱かれるままに身をまかせていたマンマルが顔を上げて、ラートリンドの頭を撫でる。


「ラートリンド、泣かないで」


 ラートリンドは堪らず嗚咽を漏らすとマンマルの頭をもう一度撫でてから、立ち上がった。


「ぅお…しょうぅ…しょおお……」


 声が出ない。喋ろうとすると嗚咽になってしまう。


「無理するな。食事の用意だな」


 ラートリンドがこくこくと頷く。


「頼む」


 頭を下げて厨房へ向かった。


「キーリス」


「はい、なんでしょう」


「旅の間の事、それから今の話、礼を言う」


「滅相もございません。お止めください」


「本当に感謝している。が、やはりお前の事を教えてくれ」


「お前は何者だ」

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