第3話 邂逅

(朝はまだかな?)


 何千回、何万回と繰り返した問いを再び繰り返す。


(まだかなぁ…)


……

………


(あっ…)

………

……




(誰か来る…)

……


(人が来る人が来る人が来る…)


(やっと朝だ、朝が来た)


(随分長い夜だった)


(えっ、夜は長くなったりする?)


(…………)


(あぁ、人が来る)


(速く速く速く…)


(速く、もっと…)


(話を…)


……


(話を聞かせて…)


(お願い…)


…………

……






 イシュトバルトは荷車の引き紐を手放し、剣を抜いた。目の前で道端から土の塊が湧き出るように現れたのだ。ごつごつとした土の塊は、しかし全体としては人の形をしている。


 イシュトバルトは驚愕する気持ちを押さえつけ、油断なく身構える。


 土の塊が目の前に現れるという突拍子もない事態に驚いて咄嗟に剣を構えはしたが、自分には構えは必要ないと気が付き、苦笑いをしながら剣を下ろす。剣は必要だが構える必要はない。もちろん警戒を解いたわけではない。自然体であるのがイシュトバルトには最適なのだ。


 突然現れた人型の土の塊は、空を見上げ、目をしばたたき、それから自分の手を見て何やら驚いている。


 イシュトバルトは話に聞く土人形ゴラヌであろうかと考える。話よりは随分と小さいが、小さく作る事も不可能ではないだろう。土の体の上に半球状の頭部、そしてその頭部には目だけが確認できる。だが、その目が妙に人を思わせる。


「ゴラヌか…」


 イシュトバルトが呟くと、は頭をこちらを向けた。顔は確かにこちらを向いているが、どこを見ているのかよく分からない。イシュトバルトの方へゆっくりと一歩踏み出す。ごそりと右腿のあたりから土が剥げ落ちる。


 更に一歩二歩と踏み出す。非常に緩慢な動作だ。足をうまく動かせていない。両足からボトボトと土が剥げ落ちる。はそのまま土の山になってしまうのではないかとイシュトバルトは思ったが、左の膝下を残してごっそりと土が剥げ落ちた後には細い足が残っていた。ゴラヌの骨組みかとも思ったが、よく見ると、これがまた、やけに人間っぽい。


 もう一歩踏み出したところで、は倒れた。


「!…」


 死んだかと思われたは両腕で上体を支え、頭を上げた。その時、胸の周りの土がごそっと落ち、顔が露わになる。イシュトバルトはさらに驚く。その顔はどう見ても人だ。


 そしては口を開く。


「あ……あ・だ・し……あ…あ……ふあ…ふぁ…はぁ…は・だ・し……は・だ…は・んだ……は・んな…は・ぬぁ…は・ぬぁ・し……は・んな・し…を…」


(人か!? 人なのか? 妙な鳴き声と思ったが、このゴラヌ、言葉を話そうとしているのではないか?)


「は・な・し…を……き…き・か・す…き・か・すぇ…き・か・せ…て……く・だ・すぁ…い」


「えっ……」


(話を聞いて欲しいのではないのか!)


「お前は何だ」


 が少し喜んだように思えたのは、イシュトバルトの気のせいだろうか。


 土の中から飛び出してきたはしばらく考えてから答えた。


「ぅわ・た・し…は……ま・ん・ま・る…で・す」


「まんまる?」


(何だそれは。訳が分からない。一体何なのだ、こいつは)


「お前は人の子か? なぜ土の中にいた?」


かどわかされた挙句に捨てられた、と言ったところか?)


「ひ・と・の・こ?…… わ・た・し…は……ま・ん・ま・る…で・す」


 は下を向いた。が、下を向くのが目的ではなく、頭を見せたのだとすぐに分かった。


 真ん丸であった。


「た……確かに…丸いな」


 イシュトバルトは堪えきれずに吹き出してしまった。

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