目録番号009 空の欠片

 大地が、空を支えている。

 そう、僕は考えていた。いいや違う、考えてすらいなかった。

 当たり前すぎて、考えるまでもない自明の理だった。


 そう、んだ。


 ああ、どうしてどうして、気がつかなかったんだろう。


 空が、大地を一つにつなぎとめていたのだ。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 空が落ちたあの光景を、僕は美しいと思った。

 ピシピシと乾いた音を立てて青い空に広がっていく、ヒビが、恐ろしくも美しかった。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 パリン


 大地が――僕らが支えていたと思いこんでいた空が割れて落ちてくる音は、とても乾いていて、あまりにもありふれていた。


 それはまるで、薄氷を踏んだ音。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 そして、大地はバラバラに解け、僕の街は水底のさらに下に沈んだ。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 空が落ちても、僕らは頭上を仰ぐことをやめられなかった。


 あの街にいた愛しい人は、どうしているのだろう。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 空が落ちたあの日から、降り止むことを忘れてしまったか細く冷たい雨が、僕を濡らしている。


「――……」


 僕はもうすぐ死ぬよ、愛しい人。

 君の名前を叫んでも、肺から吐き出されるのは毒々しい色の胞子だけ。


 か細く冷たい雨のせいかどうかはわからない。


 でも、降り止むことをやめてしまった雨に濡れているうちに、僕の体は中からも外からもカビに蝕まれてしまった。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


 ねぇ、愛しい人。

 空の向こうにあると言われていた天国は、今でもあるのだろうか。


 君と再会できるとしたら、他にはもうない。


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


   雨ガ降ル、雨ガ降ル


   雨ガ降ル、雨ガ降ル




 どうして、空が落ちても頭上を仰ぐことをやめられないのだろう。

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