目録番号006 赤いアスファルトのカケラ

 死ぬ直前に人生を走馬灯のように振り返るって、本当のことだったんだなぁ。走馬灯って、何か知らないけど。

 ロクな人間にならなかった俺にも、そこそこ可愛い思い出があったんだぁって、しみじみしながら、スローすぎるだろってスローモーションで近づいてくるアスファルトに重なる走馬灯人生を眺めている。


 走馬灯ってことは、死ぬのか?


 生存本能に悲鳴を挙げさせまいと、愚か者の走馬灯人生は加速する。まさに怒涛のよう押し寄せてきた。怒涛って、何か知らないけど。


 走馬灯人生は、ある時点で、急に速度を緩めた。

 俺に、あの夏の日に犯した罪を見せつけるかのように。


『このクッソ暑いのに、ご苦労様』


 目障りだったんだよ。

 繁華街の入り口に突っ立ってた托鉢僧が、目障りだったんだよ。


 まるで、出入りしている俺たちが堕落してるって、説教してるみたいでよ。


 とにかく、目障りだったんだよ。


 だから、火のついたままのタバコを鉢に入れてやったんだ。別に、鉢の中は空だったし、ちょうどいい灰皿だったんだよ。


 したら、奴は、俺をじっと見てきたんだ。あれだ、あれ、憐れみの目ってやつで。無言で、じっとよぉ。


 俺は悪くない。

 奴がそんな目で見てきたから、怖くなってムカついて車道に突き飛ばしちまったんだ。


 俺は悪くない。

 まさか、そんなタイミングよくでかいトラックが来るなんて、想定外だ。


 俺は悪くない。

 運よく誰にも見られなかったら、誰だって逃げるだろ。


 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。

 奴が死んだのは、俺のせいじゃない。

 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は――――


 あれ?

 どうして、目の前のアスファルトがぁあカくなっ――










 突然、車道に飛び出してきた不良っぽい男が、トラックにひかれるのを、繁華街の入り口に立つ托鉢僧がじっと見ていた。

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