目録番号005 色褪せた死亡診断書
「ご臨終です」
忌々しいほど、事務的に響いた声。
僕に余命宣告した時よりも、人間味のカケラもない声に、「まだ死んでない」と、叫んだ――つもりだった。
どれほど、僕が訴えたところで、声にならなければ意味がないらしい。
心停止を告げる電子音続いて、僕の体にまとわりついていた
どうやら、聴覚だけは最後まで機能しているという話は、本当だったらしい。
あまりにも残酷な事実に、僕はせめて看取ってくれた妻の声に耳を傾けたい。
なのに――
『ご臨終です』
事務的な声がリフレインされた。
僕は、ただ苦労しか与えられなかった妻の声が聞きたいだけ。
なのに――
『ごりんじゅうです』
なのに――
『ごリンジュウです』
なのに――
『ゴリンジュウデス』
事務的な声が、僕に諦めろとリフレインする。
難病と宣告されて、二年で視力を失い。
それから五年かけて、病魔に蝕まれた体は指一本動かせなくなった。
まさに暗闇の中で、妻の声だけが光だったのだ。時には、死にたくなるような恨みつらみもあったけれど、それでも妻の声には変わりなかったはず。
なのに――
『御リン銃Death』
もう、死は受け入れたつもりだというのに、事務的な声がリフレインする。
『五里んジュウでス』
『五輪ジュうで酢』
『ゴリん重Death』
『ご燐じゅ腕スぅう』
『ゴゴゴごりん自由ですすすす』
『ごリリリンですゥウウウ』
リフレイン、リフレイン、リフレイン、リフレイン……
わかった!
もうやめてくれ!!
僕は死んだんだ!!
安らかに眠らせてくれ!!
ピ──────────────────────────────────ッ
「ご臨終です」
そう言ってくださった主人の主治医の声は、安堵の響きを隠しきれていなかった。
「ありがとうございました」
わたしの声は、きっと無責任なくらいホッとして聞こえたに違いない。
主人が難病と診断され、余命三年と宣告されてから、もう十年が経つ。
限界だった。
経済的にとかそういう話ではなくて、わたしの人生が主人に食いつぶされているようで、耐えられなかった。
神妙な
本当に、これで終わったのだと、実感する。
それにしても――
「先生。本当にありがとうございました。まさか、繰り返し『ご臨終です』って聞かせるだけで、簡単に死んでしまうなんて」
寝たきりでろくに会話もできない主人を、病魔の苦しみから救ってくれた主治医には、いくら感謝してもし足りない。
「いえいえ、こちらこそ、これで新たな実例を作ることができました。これで正式な認可へと進めます。これからどんどん……」
わけわからない小難しい話も、適当に相槌をうって聞きながしながら、わたしはようやく取り戻した人生をどう生きようか、考えていた。
僕は全部聞いていたことに、最後まで妻は気がついてくれなかった。
合法的に僕を殺した方法が、最期まで聴覚が機能している事実かどうか確認のしようのない話を利用しているなら、
そうすれば、こうして僕はきみを呪い殺すこともなかったんだから。
「ご臨終です」
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