目録番号004 もう動かないゼンマイ時計

 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 これは、時計の音だ。

 仕事帰りの電車内。

 運よくボックス席の窓側に疲れた体を沈めて、僕はぼんやりと窓の外を眺めている。

 真っ黒な車窓に映る僕の顔は、まさに幽鬼のように生気がない。

 時おり、街頭や車のヘッドライト、こんな時間までご苦労様な店の照明が、人魂のようで――。



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 やっぱり、時計の音だ。

 疲れのせいか、思考回路の歯車がきしむ音を立てながらも、これはおかしいぞと、僕に警鐘を鳴らす。



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 また、時計の音だ。

 ノスタルジーすら感じさせる時計の音は、執拗に僕の耳に届いてくる。

 あいかわらず、僕は車窓に映る幽鬼から目が離せないまま。

 軋む思考回路の警鐘は、いつしか僕の耳に届かなくなっていた。



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 これは、時計の音だ。

 僕の駅はまだ遠い。


 日の裏車ガ、時針ト分針カラ「目ガ回ル」ト二十四時間絶エズ、愚痴ヲ聞キカサレマシテ、嫌気ガ差シタソウナ。



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 これは、時計の音だ。

 車窓に映る僕が幽鬼のように見えるのは、僕が幽鬼だからではないだろうか。


 嫌気ガ差シタ日の裏車、二番車二「止マッテクレ」ト、頼ンダソウナ。ケレドモ、二番車ノ言ウコトニャ「四番車ノ秒針二訊イトクレ。アノ子ガ止マルト言ウナラ、アタシモ三番車モ止マロウ」



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 これは、時計の音だ。

 ガタンゴトンと電車が、このまま妻子が待つ我が家まで運んでくれないだろうか。


 日の裏車、早速秒針二「止マットクレ」ト、頼ンダソウナ。ケレドモ、秒針ノ言ウコトニャ「がんき車トあんくる二訊イテクルカラ、オ待チアレ。アイツラガ止マルト言ウナラ、僕モ止マロウ」



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。



 これは、時計の音だ。

 ――――――本当に?


 秒針モ、時針ト分針ノ愚痴二ハ嫌気ガ差シテイタラシク、働キ者ノがんき車トあんくる、ソレカラてんぷ二止マルヨウニト説得シタ。ソシテ、マダカマダカト待ツ日の裏車二、秒針ノ言ウコトニャ「がんき車トあんくる、ソレカラてんぷハ、ぜんまいガ止マランコトニハ、止マレナイソウダ」



 チクタクチクタク、ボーン、ボン。


 これは、時計の音だ。

 違う。これは僕の――――。


 ウンザリシタ日の裏車、ぴしっト割レテシマッタ。スルトタチマチ時針ト分針ガ止マリ、二番車モ三番車モ、四番車ト秒針……ミィンナ止マッテシマッタトサ。










 幽鬼のような男が、鼓動を止めたことに、だぁれも気がつかない。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 電車は走り続けるし、乗客は揺られ続ける。


 ――――今しばらくの間は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る