目録番号002 壊れたスピーカー

 耳鳴りがする。


 誰にも聞こえない不快な音を耳鳴りと呼ぶのだと知ったのは、いつだっただろう。

 それまでは、子どもらしい空想の力で、おばけの音がすると親に泣きついていたようなきがする。


 あー、耳鳴りがする。


 ポツポツと街灯が並ぶひと気のない路地。

 隙間なく軒を連ねる分譲住宅から聞こえてくるだろう雑多な生活音は、耳鳴りが全部かき消してくれる。


「……なぁ、聞いてる?」


 それでもたまに、カレの声は耳鳴りをこえて聞こえてくる。


「あ、ごめん。耳鳴りで聞こえなかった」


 なんだよってふて腐れるカレが、可愛い。


「あー、マジで家まで送って正解だわ」


「ひょっとして、あの通り魔のこと?」


 他に何があると拗ねるカレが、可愛い。


 いかにも着せられてますって感じの学生服のおかげで、ただでさえ可愛いというのに。


「なぁ、耳鳴り、病院行ったほうがいいんじゃね?」


 本気で心配してくれるカレが、可愛い。


 けど――


「いいの。耳鳴りがしないと、逆に不安になるから」


 そう、耳鳴りがしていないと落ち着かない。

 クリアな音しか聞こえないと、言いようのない不安からパニックを起こしたこともある。それも一度や二度じゃあない。


「ふーん、変なの。ま、それでいいってなら、いいけど」


 あ、耳鳴りが止んだ。

 あたしの足が止まる。


 カレの声だけじゃない。

 何を言っているのか聞き取れない不快な生活音ノイズが、一気に襲い掛かってくる。


「あ、あ……」


 カレも、二、三歩先で足を止める。


 










 ●※□#▲~~~!!

 〃〒♮⊥〜〜〜!!



 耳鳴りがする。

 これでやっと落ち着く。


「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ……いってぇな」


 カレがあたしの足首を掴んできた。

 カナヅチで体中ボコボコにしたのに、どこにそんな力が残ってたんだか。


「離せよ」


 蹴り飛ばしたら、それっきりピクリとも動かなくなったカレ。もう全然、可愛くない。


 あ、ゴミ捨て場でちょうどいいかって考えてたけど、カレ、燃えるゴミかな?


「ま、いっか」


 あー、耳鳴りお人好しの残響がする。

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