住吉 良平 まとめて観る用
1・
人工太陽光を発する蛍光灯が弱く点滅している。
薄っすらとアンモニアのような臭いがする。
仕事帰りのこの通りは気分を陰鬱とさせる。
地下都市の濁り淀んだ暗い象徴の様な気がする。
いつも休日前の仕事帰りには自宅近くのコンビニに寄って安い缶チューハイを二缶買う。
酒のアテはなし。
店員はいつ行ってもどんなやつでも愛想が悪い。
しかし、少しだけその態度にシンパシーを感じていて嫌ってはいない。
自宅のせんべい布団に座り込んでスマホでニュースを見ながら缶チューハイを飲む。
わざと喉が渇くように水分を取っていないので一缶目を一気に飲む。
胸の中にある黒い感情を流し込むように。
大きなゲップをしたら残り一缶はちびりちびり大切に。
良い感じに酔いがまわって眠くなったら寝る。
変わらないローテーション。
剥がすことが出来ない感情を無理やり酔いで誤魔化して生きていく。
2・
大阪中心の大阪府第一地下都市は現在も東西南北、さらに地下へとどんどん広がっている。
拡張工事の仕事は今のところ終わる様子はない。
ホワイトカラーな仕事についた人々は、地上のマンション、戸建に住んでいる。
地下都市で暮らしているのは主に貧乏な人だ。
地上付近、地下一階辺りを干渉地にしながらハッキリと住み分けされている。
ただ、地下都市の人々は国で管理している農場、牧場、林業など一次産業に駆り出されることで収入を得ている人が多く、生まれて一度も地下都市から出たことがない人はあまりいない。
良平は富山の田舎から出てきて、最初は父親の紹介で銀行に勤めていた。
しかし、全く上司とそりが合わず盛大に口喧嘩をして、次の日から出社せずやめてしまった。
紹介してもらった手前富山にも帰り辛く、もう3年ほど日雇いの地下拡張工事をやっている。
良平は都市銀行という勝ち組から地下へと落ちた転落組なのだ。
3・
地下都市は碁盤の目のように整備されている。
一定間隔で電気自動車用の車道と歩道が整備され、左右は店が並ぶ大通り。
大通りで区切られたブロックをさらに細かく区切り、歩道のみで左右が住宅になっている小通りだ。
店舗を持って経営しているところは大体がチェーン店で、個人経営店は歩道に屋台を運んで商売をしている。
予定も全くない良平はぶらぶらと買い物へ出かけた。
よく行くのは格安のおでん屋台だ。
おそらくなんの資格も許可も取ってない屋台。
ぶらりと入っておでんをつまむのが良平は好きだ。
「おっちゃんおねがーい。」
「あいよ!」
先客と同じように立ったまま発砲スチロールの皿と割りばしを受け取る。
店主が適当に見繕って入れてくれる。
いわゆるお任せだ。
今日は大根・卵・がんもどき・はんぺん・牛スジの串だった。
このボリュームで400円。
「やっぱ出汁すごいおいしいな。」
「ほめても安くならねぇぞ。」
この屋台の出汁は本当においしい。
絶妙な甘辛さがあり良平はいつも飲み干してしまう。
4・
「そういや、近いうちにやばいプロレス始まるって話聞いた?」
店主が笑顔でこっちに話をふってきた。
いつも笑顔の店主の笑いジワが一層深くなってる。
「いや、プロレス興味ないからなぁ。」
他の客もピンと来ていない様子で顔を見合わせてる。
「どこの団体が来んの?やんのは公民館?市立体育館?」
[いーやー、それが、やくざがバックに付いてのなんでもありの、凶器あり、殺害ありのやつやるんだと。」
「それバーリトゥード?」
他の客が聞く。
「そんなのやって警察に捕まらんの?」
「んー、そのへんは知らんけど、大々的にやるんだってさ。」
店主は笑顔のまま少し眉毛を上げた。
「しかも軍用パワードスーツ付けてだって。すげぇ動きしてくれるんじゃねぇかな。」
パワードスーツって自衛隊員が着ているのを動画で見たことがあるけど、あれって基本防弾チョッキの延長線のような。
凶器使って派手に戦っても出来るだけ怪我で済むようにってことか?
「賭けも当然ありね。」
「あー、それ興味出てきた。開催日程どっかで分からんかな。」
「ワシも面白そうなことやるって聞いただけだからなぁ。開催近くなったらどっかしら情報くるかねぇ。」
店主が腕を組んで悩む仕草をしたとき丁度良平は食べ終わった。
「時間があったら見に行くかな。そん時は教えてくれ。ごっそさん。」
500円玉を差し出す。
「あいよ、お釣り100万円。」
にやにやと笑いながらと店主が100円玉を差し出す
ノーリアクションでそれを受け取ると良平は通りを歩きだす。
大して目的はないので服、靴、電化製品でも見に行くつもりだった。
5・
地下都市は午後6時を過ぎると照明が薄暗くなる。
地上と同じ状況を再現するためらしい。
薄暗い中、延々同じ様な通路を歩き続けると本当に道があっているのか不安になる。
ただ、長く住んでいる人は住民が目印に置いた置物や壁に貼られたポスターで居場所を判断出来る。
良平は地下に来て3年経ち、ようやく今住んでいる地下3階で今どの辺にいるのか把握できるようになった。
地下に降りてすぐの頃は薄暗い照明とどこにいるのか分かりにくい不安で夕方以降外を歩くのは嫌いだったが、今はこの暗さで通り過ぎる人の表情があまり見えず落ち着く気がする。
大通りで色々と見て回ったが、結局貯金を考えると踏ん切りがつかず諦めた。
帰宅途中スーパーで弁当とウーロン茶を買い晩御飯として持って帰ってきたところだ。
敷きっぱなしのせんべい布団に胡坐をかいて晩御飯を食べる。
スマホで動画を見ながらゆっくり食べる。
食べ終わったらすぐにゴミ袋に放り込んで寝転がる。
ウトウトしてくると色々な事を漫然と考える。
富山から出てきた時のこと、仕事を辞めた時のこと、地下都市に引っ越してきた時のこと。
段々と、どうしてあれだけ待遇のいい仕事を辞めてしまったのかという後悔が大きくなる。
それと一緒に、自分の性格ではどの道他のことが理由で辞めてしまったという言い訳のような、慰めのような気持ちも出てくる。
今の仕事は肉体労働で給料も安いがそれぞれが精一杯に生きている感じであまり他人に干渉してこないので良くも悪くも続いていると思う。
しかし。
自分が居るべき場所はどこなんだろう。
自分の感情が満たされる場所は。
20歳もとうに過ぎてしまってから思春期の様な悩みは変だろうか。
果てしなく落ちていく感情で明日の起床時間と寝坊を少し心配する。
自分の欲望はなんだ?
6・
バガンッという大きな音で良平は目を覚ました。
眼だけを開けて周りを確認する。
(おい!借金チャラにしてもらって逃げようってのか!)
(怖いヨ!借金返すから待ってヨ!あんな試合出たらシンジャウヨ!)
喋り方から片方は中国人だと分かった。
(シンジャウ!あれはムリ!)
(いい加減覚悟決めろや!)
ゴッ、ガッ、バンッと何度も打ち付けられてる。
うちの扉に。
闇金の取り立ては地下ではそれほど珍しいものではないが、自分の家の前でやられるのはさすがにきつい。
中国語で何か叫んでいる。
バンッ!と勢いよく扉が開けられた。
よく家に帰ってきた時は鍵を閉め忘れていることを思い出したがもう遅かった。
体を起こしたところで走りこんできた中国人にしがみつかれる。
「お金貸して!とにかく返さなきゃいけないから!お願い!」
体を揺さぶられるが、あまりの驚きに絶句して動けないでいると、
「すまんな、にーちゃん。さっさと連れて帰るからな。」
入口からゆっくり靴を脱いで入ってくる男が言う。
髪を高校球児のように短くカットして眉毛は短く吊り上がっている。
服装はいたって普通のTシャツにジーパン。
見た目からは40歳前後に見えた。
目の前まで来てしゃがみ込んで覗き込むように中国人を見る。
「いい加減覚悟決めろ。借金の代わりに出場する契約だろ?」
優しく話しているが目は笑ってない。
中国人がこちらに目を合わせてくる。
こちらは自分と同じくらいの年齢だろうか。
息が臭い。
「助けてヨー。」
次の瞬間中国人は殴り飛ばされた。
しかし良平にしがみついた手は離さなかったため良平も押し倒されるように倒れこんだ。
「ううううっううぅ、許してヨ。待ってよ。」
「あー・・・。くそっ!」
取り立て人は頭をボリボリとかいた後、起き上がった良平に向かって声をかけた。
「にーちゃん、ちょいこいつ連れて行くの手伝ってくれ。」
拒否できる雰囲気では無かった。
良平はただ無言のまま取り立て人を見つめた。
取り立て人は良平から目をそらすとまだうずくまっている中国人の背中を数発蹴った。
7・
結局良平は言われるがままに手伝ってしまっている。
取り立て人の雰囲気からどう見ても堅気の人ではないので逆らったらどうなるか分からなったからだ。
ただ、同時に好奇心もあった。
さっきの話を聞く限りでは、昼間に聞いた新しくやる興行プロレスの関係者のようだし、普通に生きているのでは関われないような舞台裏を覗けるんじゃないかという期待がある。
大人しくなった中国人を昔どこかで見た捕らえられた宇宙人の写真のように取り立て人と左右から手を持って引きずっている。
明かりが消え、間接照明のみで薄っすらと浮かび上がる通路を取り立て人に指示されながら進む。
引きずる音、すすり泣く音、靴音、上がった息。
人と行き違えることもあるのだが、この光景を見ても見ぬふりをしている。
中国人は全く歩こうとしないので体力を消耗し、汗が滴ってきた。
どれくらい歩いたか、エレベーターまで来ると、取り立て人は下降のボタンを押した。
いつもは中々移動には使えないエレベーターも深夜人がいないとスムーズにやってくる。
開いた扉の中から漏れた光は浮島が出来るようにぽっかりと自分たちと足元を照らす。
眼で合図され乗り込むと取り立て人は無言で5階のボタンを押した。
地下都市は横に非常に広い設計で、現状の大阪第一地下都市では5階が最下層だ。
良平は必要がなかったため、殆ど地下5階へ下りたことがなかった。
「ほんと、手伝わせてすまんな。別にお前に何するわけでもないから安心してくれ。」
エレベーターの中で取り立て人がにこっと笑って言った。
「いえ・・・、ええ。」
眼をそらして曖昧な返事をする。
汗を拭いて息を整える。
緊張からか、疲れているのに足がふわふわする。
ここから自分の人生少しは変わるのだろうか。
8・
中国人は中で観念したのかエレベーターを降りた後はうつむいたまま自分で歩いて ついてくるようになった。
ただ警戒して両方の肩を左右からつかんで連れていく。
しばらく歩いていくと地下5階の大通りにまだ開いている自動車修理工場があった。
明かりの消えた看板にはナカ自動車工業と書いてある。
取り立て人に言われてそこへ入っていく。
暗いところから明るいところに入ると周囲がくっきりと見える。
特別なこともない普通の修理工場という感じだった。
「おっ!捕まえたのかい竜馬さん」
奥の扉が開いて髭面のおっさんが出てきた。
「ほんと困ったもんすよ。」
取り立て人は竜馬という名前らしい。
ついつい坂本竜馬を想像してしまう。
坂本竜馬が借金の取り立て人とは。
竜馬が良平の方を見て目じりを少し下げて言う。
「手伝ってくれてありたとな。俺は上板竜馬って名前なんだ。漢字は上の板に坂本龍馬の竜馬。」
「俺は住吉良平っていいます。」
竜馬はにこりと笑って手を出してきた。
いつの間にかお札を持っている。
「ここまでめんどくさいこと手伝わして悪かったな。これお礼だから受け取っといてくれ。」
戸惑っていると無理やり手に握らされた。
5万円くらいか。
口止め料だと思った。
「このことは、んー、あんま周りに話さんでくれ。じゃあな。」
そう言うと竜馬は中国人の方に向き直った。
この修理工場の人あろう髭面のおっさんも二人の方を見ている。
一瞬このまま帰るのが流れかと考えたが、それでは絶対後悔すると思った。
自然と言葉が出ていた。
ずっと感じている満たされない感覚。
この先へ行けばもう全てが違う全く分からない世界に行ってしまうだろう。
でもそれしかない。
「今度やるっていうパワードスーツきたプロレスの出場者ですよね?」
中国人に指をさす。
驚いたようにその場にいる他の人が良平を見る。
竜馬の顔が険しくなる。
ここで否定される前に畳みかける。
「すっごい興味あるんで、パワードスーツ見るだけでも出来ないですか?」
竜馬は明らかに警戒して眉をひそめる。
「そりゃ無理だ。お礼はさっき渡しただろ?」
竜馬の声が一段低くなる。
「どうしても無理ですか?」
竜馬の目を見返す。
眼を細めているからか竜馬の目に蛍光灯の光は映り込まない。
一瞬間が空く。
「いいよ、見てくだけなら。」
髭面のおっさんが軽く言った。
竜馬が驚いて見返す。
「あれ山川組が提供したやつなんですが。」
竜馬の声に怒りの色が出ている。
髭面のおっさんは慌てた様子で
「いや、いや、不満なまま返すより満足させた方が口外しないだろうと思ってね。それにあと数日で知れ渡ることなんだしさ。それに実は今まだ奥で調整させてんだよ。丁度見れる。」
おっさんが事務所と思われる扉の方をあごで指す。
おっさんの方を向いた竜馬の表情は見えなかったが、軽く下を向きすぐに上げた。
「大方予定より遅れてるから手伝わせたいんだろ?でも明日から月曜だし、仕事だぞ。」
良平の方を向き独り言のように言う。
食い下がれ、ここまで面白いことに関われそうなんだ、もう仕事なんかどうでもいい。
「気にしなくていいです。見たいです。」
竜馬はため息をついた。
「マジで見るだけだからな。」
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げる。
「じゃあこっちだ。」
おっさんに言われて良平は奥へと進んだ。
自動車工場の壁に下げられている時計を一瞬見た。
時刻は午前3時を過ぎていた。
9・
良平は髭面のおっさんに案内されて事務所というプレートが張り付けてある扉の中に入る。
工場よりも多少狭い程度の部屋の大きさだった。
元は本当に事務所として使っていたのだろうが今は机を隅に追いやって床には色々な部品や工具が散乱していた。
「わしは那賀 大地。この自動車整備工場の社長だ。今事務所の中でパワードスーツの調整やってんだ。」
大地はにやりと笑って壁まで歩いていく。
壁にはパワードスーツがかけられていた。
ヘルメットから上服、手袋、ズボン、ブーツと上から人が着る順番に揃っている。
「あんた誰?」
気が付かなかったがスーツの下に小さく丸まってみかん箱に載せたノートパソコンのキーボードを叩いている女性がいた。
こちらを一瞥もしない。
戸惑っていると大地が答えた。
「竜馬さんの仕事手伝ってくれた人。スーツに興味あるんだとさ。」
「ふーん…。せっかくいるんだから手伝ってよ。」
相変わらずこちらを振り向かずキーボードを叩き続けている。
「じゃあ、父を手伝ってやって。触れるしいいでしょ。」
動けなかった良平ははっとした。
「おお、手伝ってくれたら助かるなぁ。実は結構予定日ギリギリでね。」
大地が工具で何かの機械のボルトを締めながらこちらを見て言う。
「お願いします。」
緊張しながら大地のそばに座り込んだ。
「あたしは百合子です。そのおやじの娘。パワードスーツのプログラム部分担当してます。あと、この工場のおやじ以外の唯一の従業員です。」
近寄ったことで横顔が見えた。
身長が小さいのか猫背で丸まっているととても小さく見える。
髪は肩より少し長い位で眼鏡をかけている。
横目でこちらを見て薄っすらと笑った。
凛々しい整った顔立ちだった。
10・
それからしばらく色々と話をしながら工具を使って調整をしたり、配線を指示通り繋いだりしていた。
良平のテレビで見た知識では軍隊用パワードスーツは主に不安定な足場でも問題なく動き力仕事を素早く行うため、重い荷物を持ち上げるため、さらに防弾が目的であり、所謂障碍者用の介護スーツの延長線上にあるものだと思っていた。
今良平が見ているスーツはそのような無骨なものではなく、スマートに着こなすような形状をしている。
古いアニメのテッカマンやガッチャマンのような、アニメに出てくるヒーロースーツだ。
「凄い趣味な感じですね。」
良平は素直に関心して言うと、
「プロレスラーのマスクみたいなもんだ。カッコよければ人気が出るだろ?」
大地が笑う。
百合子が続けて話す。
「防具としては考えてないよ、これ。人をぶっ殺すための調整してあります。本来だと衝撃吸収とか防弾用の特殊カーボンプレート入れたりするんですけどね。そういうの取っ払って、さらに通常だと間接や筋肉痛めないような人工筋肉制御するんだけど、それも純粋に筋力を増大させるためだけのプログラムに書き換えてるとこです。」
「ほんとに殺し合いさせるんだ。」
考えてはいたが、改めて説明されると現実味が強く感じられる。
11・
ドアが開いて竜馬と中国人が入ってきた。
「精が出ることだねぇ。手伝っても報酬出せないし口外出来ない事なのに。」
呆れた顔で椅子を引っ張りドカッと座る。
竜馬が目配せすると中国人がヨタヨタとこちらへ歩いてきた。
悲壮な表情をしている。
「スーツ着て調整しナきゃ。お願いしマス。仕方ない。」
ため息をついてパワードスーツを着始める。
良平は黙って後ろに下がった。
意識せず丁度竜馬の隣に来てしまう。
「ほんとに死ぬのありなんですよね?」
竜馬の方を見ずに尋ねてみる。
今中国人が色々と体を動かし百合子が色々なデータ検証をしているようだ。
「関わると危ないってわかんだろ?」
竜馬も中国人の動きを見つめている。
「今日はもう仕事行けない時間だからさ。明日からはここの事は忘れて普通に生きてけよ。
あ、開催するときは嫌でも周りから話聞くだろうし、賭けやるから儲けてくれよ。」
良平は答えられなかった。
その反応を見た竜馬はある程度予想したいたのか、軽いため息をついた後言った。
「あの親子は自衛隊でパワードスーツを触っていたから技術がある。
お前にはないだろ?手伝いったってやれること限られてるしな。
それ以外でこれに関わりたいってんなら出場しかないぞ?」
良平は竜馬を見返す。
「借金も無いのにわざわざ命がけの試合に出たいなんてお前相当変わりもんだな。
…分かった。
とりあえずお前の番号を教えてくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言って自分の電話番号を伝える。
ん、と答えて竜馬が番号を登録する。
その場ですぐにかけたりはしなかった。
「多少日程変わるかもしれんが、2、3日後に開催される予定だからさ。
その時連絡してやるよ。
正直、出場者確保するの大変でさ。みんな逃げちまう。
お前みたいなのが出てきてくれるなら助かるんだよ。」
竜馬がクイッと中国人を親指で指す。
見ると中国人がジャンプして動きを試しているところだった。
良平は頭を下げた。
「ありがとうございます。絶対、絶対頼みます。」
その場にいる全員にお礼を言い帰った。
頭の中では様々な妄想が止まらなかった。
とにかく自分は今までの生活から大きく外れて違う世界に行く足掛かりが出来たのだ。
自分が本当に求めているものがそこにある気がする。
時刻は午前7時をまわっていた。
今までの仕事では既に仕事場に集合しているような時間だ。
スマホの着信で会社の関係者を片っ端から着信拒否にしておいた。
12・
約束から3日経った。
工事の仕事はバックレてしまったが、連絡は全くない。
着信拒否したからだろうか。
どのような扱いになっているのか少し気になったが、もう連絡を取る気はない。
連絡がこなかったらどうしようかと思いながらずっと家でゴロゴロしている。
トイレに行こうと体を起こしたところでスマホが鳴った。
急いで電話を取る。
[おー出た出た。
場所取りで予定より遅くなってな。5日後の24日午後3時にナカ自動車工業に来てくれ。前に行った所な。
やるのは夜8時からだが、準備含めて結構時間かかるだろうし、なにせ初めての事だからな。予期しないことも起こるだろう。
開催日はもう誰かから聞いたか?
もう引き返せないぞ。今更逃げるなよ?]
お礼を言うと電話を切って喜びのあまりスマホを布団に投げつける。
逃げるわけがない。
食料を買いに行く以外に外に出なかった上、そもそも知り合いなど殆どいないのだ。リアルで情報が入ってくる事は全く無かった。
ただ、スマホでネットサーフィンしているとかなり詳細な情報がすぐに手に入る。
開催日、開催場所、時間など。
ただ、出場する二人の情報は伏せられていた。
一人は自分も会った借金中国人。もう一人は日本人らしいがそれ以外の情報はなかった。
ただ、ここまで話題になっているということは警察も動いてるんじゃないだろうか?
それが”予期しない事”が起こる可能性なのかな。
布団に寝っ転がると色々と想像が膨らむ。
パワードスーツを着ての動き方、入場方法、パフォーマンス、観客。
歓声を想像した時ゾクゾクとしてきた。
良平が出たい事を開催者側であるヤクザの人間が理解しているので、そのうち出ることはできるだろう。
しかし今回は観戦者だ。
それでも気持ちが昂る。
あの怯えていた中国人死ぬかな。
死んでほしくはないが、負けて退場してくれれば早く自分が出られるだろう。
止めどなく思考が溢れてたまらない。
「あ、トイレ行かなきゃ。」
跳ね起きる。
「あと5日、あと5日…。」
13・
地下5階自動車工場から少し離れたコンビニで指定された午後3時まで時間をつぶす。
漫画を立ち読みしていたが全く頭に入ってこなかった。
何度も同じページ同じコマを見返す。
スマホを見ると既に今日の試合を見に地下都市に住む人達が集まっている様子が実況されている。
地上や高層階の住人、果ては他県の人間もこの大阪の地下都市に向かってきている。
運営者、おそらくヤクザ組織は一切周知するような事はしてないはずなのに一体どこから流れてくる情報なのだろうか。
1週間ほど前の事が無ければ良平は今も仕事をしていただろうし恐らくリアルタイムに実況している人達の様に見に行く事もしなかっただろう。
賭けだってやらなかった。
それが今や出場者側として今回見学する事になっている。
次は出場だろう。
改めて自分の運命の急速な動きに関心する。
時間を確認するとまだ20分ほど時間があった。
漫画は棚に戻し改めてスマホを読み直す。
この試合を見るために京都から来たグループのツブヤキでは今地上にあるフードテーマパークでお好み焼きを食べているらしい。
これから殺し合いを見るというのに呑気なものだと思う。
殆どの人間は最低限食べるのには困らない程度に仕事をして生活している。
娯楽だって求めれば大抵のことはやれるだろう。
しかし、みんなあらゆる娯楽が分かりすぎてしまってるのだ。
今求められているのは新しくより強い刺激のあるものなんだろう。
そう考えると、残虐とギャンブルは究極の組み合わせかもしれない。
他のツブヤキも批判的なものは少数で殆どが楽しみにしているものだった。
人類は今も増え続けている。
地下開発が限界に来れば次は海中、その次は宇宙に都市を作るようになると考えられている。
膨張し続けることに対して霧のような不安感が人類を覆っていた。
14・
良平はナカ自動車工業の看板を見上げる。
シャッターは閉まっていた。
スマホで時間を確認し、目を閉じて深呼吸してから従業員用の扉を叩く。
しばらく待っても誰も出てくる様子がない。
前回訪問した時の内部構造を思い出す。
恐らく奥の事務所にいるのだろう。
さっきよりも強く扉を叩く。
やはり反応がない。
ノブに手をかけて数舜考えた後、回して引く。
鍵はかかっておらず、そのまま中に入った。
締め切った工場は薄暗く、奥の事務所の扉窓から光が煌々と差し込んでいる。
自動車整備の仕事はきちんとしているのだろうかとふと心配してしまう。
事務所の扉は軽くノックした後すぐに開けた。
中にいた人の視線が集中する。
「お久しぶりです。上板さんと約束してきました。」
中には那賀 大地、百合子そして中国人の3人がいた。
大地が作業の手を止めて歩いてくる。
「おお、来たねぇ。今調整を行ってたことだ。ちょいと手伝ってくれ。」
百合子はすぐにパソコンに目線を落とす。
中国人は1週間前に見た時より痩せたように見えた。
この世の終わりのような顔をしている。
その後は間接動作の確認や力のかかり方、無線通信の状態を順に確認していく。
総合的な動きは広い場所でしか無理なので状況的にぶっつけ本番という事になった。
15・
どうやら入場時間は指定されているらしく、それまでは事務所で休憩となった。
那賀親子は結局休憩せず、何やらパワードスーツの調整について話し合っている。
大地に渡された缶コーヒー蓋を開ける。
ふと中国人を見ると缶コーヒーを渡され座り込んでうなだれている。
良平はなんとなく中国人の斜め前に座って缶コーヒーを飲み始めた。
「ワタシ、すごく怖いでス。」
考え事をしていた良平が顔を上げると中国人が見つめていた。
「アナタ変でス。こんな殺し合いやりたいなんテ。」
眉間に皺を寄せて怒ったような顔をしている。
「あなたはやっぱり借金で仕方なく?」
良平が聞くと中国人は眉毛を殊更に下げた。
あからさまに困っているような顔になる。
「仕事のきゅうりょ仕送りしてタ。ストレスすごかったでス。ストレス発散したくてパチンコしたらはまってしまって。お金借りるのヤクザからしか出来なくテ。」
良平にもすぐに状況が飲み込めて同情してしまった。
40年ほど前、中華人民共和国は人口爆発に耐え切れなくなっていた。
地下都市開発や内陸部開発などあらゆることを行ったが、北京など都市部に人口がどんどん流入し、出稼ぎ労働者の2世、3世は把握出来ない数になっていた。
更に先進国となっていた中国は後進国からの流入者も重なり、都市開発に人民を借り出したのだが、あまりにも都市部から外れた開発には労働者はついてこなかった。
都市から離れたくないが、食べるために仕事が欲しいという不満が爆発した労働者が一斉に暴動を起こしたのだ。
北京で発生した暴動は主要な中国の都市、工業地帯で連鎖的に起こりもはや国として機能出来ない状態になっていた。
その中で各地で共産党の高い地位にいた人間がそれぞれ統治するという形で落ち着いた。
この混乱で海沿いに3ヵ国、内陸2ヵ国、ウイグルとチベットも独立を果たした。
中国は5ヵ国に分断されたのだ。
既存の共産主義ではなく民主主義体制を取る国も現れ、中国大陸は20年近く常に小規模な戦闘が起こり続けた。
人口爆発の時代において中国大陸だけは人口減少が起こった。
中国大陸が疲弊しきっていた時、戦争難民のように他国に逃げていく人が続出した。
それまでの中国では意図的に他国に進出することで他国での中国人の発言権を強めていたのだが、そういった意図からは外れ、完全に現地化していく人達が続出したのだ。
現在も一部都市を除いて中国大陸の独立した各国は貧しい。
日本でも現地化した人と出稼ぎでやってきた人との間でトラブルがよく起こっていた。
「中国に残した親にハもうしわけない。死ぬ可能性高イ。」
中国人の目から大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちる。
鼻も赤くなっていた。
「名前はなんて言うんですか?自分は住吉 良平です。」
良平は慰めの言葉を言う事が出来なかったが、自然と名前を聞いていた。
「劉 一でス。日本にいるときはリューイチと呼んでもらってまス。」
劉一は自己紹介が切っ掛けになったのか缶コーヒーを開けてごくごくと一気に飲み干した。
「とにかく今夜は殺されないよううまく逃げまス。最悪大けがしても、死なないようニ。」
痩せて死んだ目をしていた劉一の顔に多少精気が戻ったように見えた。
「生きて下さい。」
励ましになったかは分からないが劉一は少し笑った。
自分は全く恐怖を感じていないことに気が付いた。
16・
地上と同じように地下都市にも結構な数の公園や運動場が作られている。
地下3階の端にある第2総合競技場。
それほど大きくはないが、小さな観客席があり、よくプロレスやボクシングの試合で使われている。
そこにある選手控室に通された。
既に観客が入っているはずだがここからは歓声などは聞こえてこない。
劉一は覚悟を決めたのかパワードスーツを着込んで最終動作確認をしている。
スマートなヘルメットに顔面を隠すバイザー、人工筋肉で作ったスーツ、背中に制御PCやバッテリーを背負っている。
以前にも思ったのだが、変身ヒーローを思わせるデザインだ。
時間が近づいている。
扉を開けて竜馬が入ってきた。
「今日の盛り上がりで事業になるか判断してるからな。盛り上げてくれよ。」
劉一が引きつった笑いで答えた。
「呼んでいただいてありがとうございます。」
良平が挨拶をする。
おぅ、と竜馬が返す。
「そういえば対戦相手はどんな奴なんですか?」
良平が聞くと
「それは秘密だなー。どんな奴が出るかはトップシークレットにしてるから。
おそらくほとんど出場者の情報は出回ってないんでない?」
確かに出場者の情報はネットでも出ていない。
「賭けはどうやって?」
「なにせ上手くいくかの最初だからな。当たれば1.3倍固定ってとこかな。まぁ…、ただ見たいだけの奴が多くて今のところ微妙かな。
入場は満員御礼で入場料のほうが儲かってる。」
「警察は来てるんですか?」
「入れなかった観客をわざと競技場入口辺りに留めてるから近寄れないさ。
何人か先導者がいれば簡単にね。」
竜馬がはははっと笑う。
それから急に真顔になって話す。
「今日の感じ見とけよ。次はお前が出るんだからな。」
良平はうなずく。
竜馬が膝を叩いて立ち上がって、
「さぁ時間一杯だ。頼むよ!」
一段大きな声で劉一の肩を叩く。
バイザーで表情は見えなかったが劉一は頷きで答えた。
最後にふと疑問に思ったことを聞いた。
「この試合の名前って何になったんですか?」
「シンプルにコロッセオだ。」
扉が開かれた。
17・
一気に空気の波が押し寄せる。
会場の異様な熱気とつんざく様な歓声で体ごと振動する。
丁度反対側の扉から対戦相手も入場しようとしている。
会場を見渡すと観客席がぎっちり立ち見でいっぱいになっていた。
全員がしばし立ちすくむ。
ただ、一人だけ違う理由で動けなくなっている者がいた。
良平だった。
良平は熱気と歓声を全身に受けた瞬間痺れる様な感覚を受けた。
自分がどうしてこのチャンスにしがみついたのかも分かった。
快感のためだ。
良平は中学校でサッカー部に入部した。
元々運動神経が良かったためか2年生になったころには既にサッカー部のエースとなっていた。
良平自身はそこまでサッカー熱があったわけではなかったが、それなりに努力すれば結果もついてきていたので楽しかっただけだ。
高校は富山県でスポーツに力を入れている学校へ推薦で入った。
沢山の部員がいる中では良平は平均よりもやや上程度の実力だった。
才能が開花したのは2年生の夏インターハイで県大会を順調に進み、準々決勝になった時、それまで観客など殆ど居なかったのに生徒、保護者、OB達が試合を見に来たのだ。
自分だけを応援してくれているわけではないが、大声の応援が良平を異様に興奮させた。
その時は知覚してなかったが、声援を受ける快感が性的興奮に繋がっていたのだ。
そういう時、良平は異常なほどの運動量とフィジカルの強さで活躍出来た。
その後決勝に行くと観客はもっと増えた。
試合ではとにかく動いて動いて動きまくった。
歓声を受けて良平は絶好調で疲れを感じず大活躍した。
パスの精度もシュートの精度も、ゴール前の位置の取り合いでも全く負けなかった。
声援をもっと浴びせてほしい。
ただそのために全力を尽くした。
しかし、ボールを取り合っている際相手選手の肘が良平のほほに当たった。
その瞬間異常なほど強く怒りが込み上げ、気が付くと相手を殴り飛ばしていた。
顎に綺麗に入ったのか想像以上に吹っ飛び動こうとしない。
悲鳴が上がる。
気付いた相手チームからのブーイング。
それすら快感に感じる。
すぐに審判がやってきて退場を申し付けられた。
夢のような時間が終わるのを感じ一気に沈み込んでしまった。
ベンチでコーチに叱責されても上の空だった。
終わった。
部は順調に勝ち、インターハイにも進んだが良平は問題を起こしたため、それ以降試合に出させてもらえなかった。
部に居辛くなったから、という理由で退部したが、本当は試合に出て声援を得られないから、というのが大部分だったかもしれない。
これは劉一の試合であり自分には興味が向けられていない。
本当の快感は次にお預けだ。
今はまだ我慢して溜める時なんだ。
良平は深く深く呼吸した。
18・
竜馬が劉一の肩を叩く。
「変なブザーが鳴ったら試合開始だから、鳴ったらすぐに中央に置いてある武器取りに行け。死にたくないんだろ?」
確かに試合会場の真ん中のコンクリートの床の上に金属バットやパイプ椅子、フライパンなどが無造作に置かれている。
「攻撃するにも防ぐにもとりあえず武器ある方が有利だからな。」
劉一が頷く。
「向こうもそう考えて真っ先に武器を取りに行くだろうから、先に取られてもいいから相手の攻撃は絶対武器で防げよ。
直撃受けると良くて骨折だからな。」
相手側を見ると同じように付き添いの人に何かを話しかけられている。
頷いているのが分かる。
竜馬が話したアドバイスと同じ内容を聞いているのかもしれなお。
「スーツに何かあったら無線ですぐに伝えるから。
あと昼に話したけど、機能不全箇所なんかはバイザーに表示されるデータを見てね。」
百合子が歓声に負けないように大声で話す。
劉一を見ると体が小刻みに震えている。
緊張しているのが見ていてわかる。
相手は…
首を回したり体をひねってストレッチしている。
少なくとも劉一ほど緊張していないようだ。
向こうも借金で仕方なく出場することになった人なんだろうか。
仕草を見るだけでは劉一のように仕方なくやらされているような雰囲気はない。
観客にガッツポーズまでしている。
これは劉一はやばいかもしれない。
アナウンスが始まる。
”皆さん!「コロッセオ」にお集り頂きありがとうございます!
本日命を賭けて戦い大金を手にして帰るのはどちらでしょうか!?”
”うおおおおおおおぉぉ!!”
会場が一際大きく振動する。
”出場者をグラディエーターとでも呼びましょうか!?
着ているパワードスーツは特別な改造が施され、殴るだけでおよそ8トンもの衝撃が発生します!
蹴りでは13トンの威力です!
一撃まともに受ければ即死です!
中央に置かれている道具は何を使ってもOK!
さぁ!命知らず共の戦いをお楽しみ下さい!
間もなく開始のブザーが鳴ります!”
隆一が竜馬に背中を押され一歩前に出た。
19・
ブーーーッ!
間の抜けたブザーが大音量で鳴る。
ビクリと震えた後劉一は武器を拾いに駆け出した。
が、対戦相手の方が遥かに上手だった。
グッっと体を落とし片足を後ろへ蹴り出す。
まるで低空を滑るように移動する。
相手の方がスーツの事を理解していた様だ。
一瞬で中央まで飛び、金属バットを掴む。
勢いを殺しきれずつんのめりそうになるが、斜め前に飛んだ。
遅れて劉一が中央まで行きパイプ椅子を拾い上げる。
急いで相手に向き直るが、既に相手は距離を詰めて横殴りにバットを振りかぶっていた。
劉一は咄嗟にパイプ椅子を盾にしようと構える。
パァン!
何かが破裂したような音が響いて劉一の体が浮き上がる。
斜め上方向に殴られたらしく吹っ飛んだのだ。
パイプ椅子が手から離れ劉一と共にゴロゴロと転がる。
パイプ椅子は綺麗にくの字に曲がっていた。
「左手ひじより下は配線が切れて動かないよ!」
百合子が通信で伝える。
フラフラと劉一が立ち上がった。
右手で左の脇腹を抑え、左手はダランと垂らしたままだ。
「ありゃまずいな。脇腹入ったか。
内臓イッてなきゃいいけどなぁ。」
竜馬が呑気に話す。
相手も金属バットがグリップのところで曲がっている。
ゆっくりとした動作でバットを捨てると一段と歓声が高くなる。
先ほどと同じように今度は劉一目掛けて飛び掛かる。
劉一が右手だけでガードする。
ガードなど全く意に介さず相手はまっすぐ振りかぶって殴り飛ばした。
勢い良く後ろへ吹き飛ばされ客席前に用意されていた仕切り板に激突する。
両手とも折れてしまったのかダラリと下ろした。
相手が悠々と歩いて近寄ってくる。
「ねぇ!足はまだ壊れてないから何とか走れない?!」
百合子が話しかけるが気を失っているのか動かない。
相手は劉一の前に立つと客席を見回して手を上げた。
空気の波が起きる。
一度深呼吸をした後、拳を握りしめた。
20・
壁を背にして立っている劉一を相手は容赦無く殴る。
鈍い音が絶え間なく続く。
壁に貼り付けられているかのように絶え間なく殴り続けられ、ビクンビクンと手足が震える。
客席からもうやめてーという悲鳴が上がった。
それでも殴る、殴る、殴る。
既に歓声よりも悲鳴が大きくなった。
ピタリと止めると劉一は崩れ落ちる。
相手も肩で息をしていた。
その時点で劉一がもう死んでいることは間違い無かった。
十分呼吸を整えた後、劉一の足首を掴む。
ひと一人の重さを軽々と持ち上げた。
持ち上げられた劉一は人形の様に見える。
関節部や首元から細い筋のように血が流れ落ちる。
その姿勢のまま相手はしばらく立っていた。
足元に血だまりが出来ていく。
全く動かないことで客席がざわつき出し始めた。
急にクルリと向きを変えるとまるでボールを投げる仕草で足首を掴んだ劉一を思いっ切り投げた。
投げられた劉一は大の字になったまま飛んでいき、天井に激突した。
ドォン!
大きな音が鳴り、血が天井に広がった。
勢いを失った劉一がゆっくり落下し、今度は地面に叩きつけられ血だまりを作る。
会場が静まり返る。
「おおらああああああぁぁ!!」
対戦相手が大声で叫んで両手を上げた。
それを機にして歓声が沸き上がる。
今まで以上に、もはや悲鳴にも聞こえるレベルの歓声だった。
竜馬は腕を組んで相手を見ていた。
怒りや焦燥ではなく、安堵の表情があった。
大地と百合子は途中から絶句して呆然と眺めるだけだった。
良平は…
早くこの歓声を”自分に”浴びせてほしい。
早く、早く、今すぐ、今でもいい。
注目されたい。
ありったけの称賛と罵倒をくれ!
…心と下腹部の高揚で半ばトランス状態になっていた。
コロッセオ最初の試合が終わった。
試合を見た者の心に良いも悪いも深い爪痕を付けた。
21・
試合が終わってからは慌ただしく日々が過ぎていった。
試合の日、解散前に竜馬から間接だけは柔らかくするようにアドバイスを受け、連絡が来るまで1週間ほどひたすらトレーニングをしていた。
元々大して無かった貯金がどんどん減っていったが気にならなかった。
竜馬から電話の呼び出しを受け、地下2階の大通りで落ち合う。
久しぶりに見ると無精髭が生えていた。
余程忙しいのだろう。
テイクアウトのコーヒーを持って通りに面したベンチに座る。
しばらく自動車や人が通り過ぎるのを無言で眺めていた。
「劉一は弔ってやったよ。」
竜馬がポツリと言った。
「相手が手加減せずにぼこぼこにしたせいでスーツがほとんど再利用できなくてね。
手配に時間がかかってる。」
待たせて悪いな、という意味が込められていた。
良平も頷く。
竜馬が上を向いて顔をこすった。
「あと数日で色んなことが起こるから、試合はその後になるかな。」
予想はついていた。
ネットニュースでも今回のコロッセオが大々的に取り上げられ、さらに開催が暴力団主体だったことも取り上げられ今一番熱い話題になっていた。
ただ、こうなる事は予想していただろうし、次開催出来る算段もあるだろうと考えていた。
「これで多分会えるのは最後になるかもなぁ。
俺も一応暴力団の組員だからな、気楽に動けなくなる。」
飲み切った紙カップをクルクル回した後立ち上がった。
「新しい担当者が必ず連絡してくるからそれまで待っててくれ。」
じゃ、といって立ち去ろうとする竜馬に一つだけ聞いた。
「対戦するとしたら劉一さんが戦った相手ですか?」
「ああ、お前とあいつは特別扱いって感じかな。
やるならお前らだよ。」
なんとなく竜馬とあいつは知り合いだと感じた。
「知合いなんですか?」
「おうよ。俗にいう舎弟ってやつだ。
お前と同じ変わりもんだよ。」
肝が座っていたのは暴力団だったからなんだろうか?
あの快感を得続けるためには致命傷を負わず勝たなきゃいけない。
竜馬が去ったあと紙カップを思いっ切りぐしゃぐしゃにしてコンビニ前のごみ箱の口に全力で投げつけた。
22・
竜馬と会ってからまた二日経った。
会った回数など数えるほどだが竜馬の話した内容を完全に信じて必死に鍛えている。
いつものようにトレーニングが終わりスマホで何となくスマホを見ていた時、とあるニュースを見て思わずスマホを落としてしまった。
顔面に直撃する。
顔をこすりながらもう一度ニュースを見る。
そこにはコロッセオを取り仕切っていた暴力団山川組の組長が逮捕されたというものだった。
竜馬の顔を思い出す。
これは想定していたのだろうか?
あの言葉は嘘だったのか?
これで開催出来ないとなったら自分は一体どうしたらいいんだろう?
一気に疑問が噴出して気分が悪くなった。
トレーニングも全く出来ず寝れもしないがひたすら布団に入って考えていた。
全く眠れず次の日の朝を迎えた。
布団から起きず昨日から食事もとらず寝っ転がっている。
竜馬へ連絡すべきか考えたが、踏ん切りがつかないでいた。
最後に会った時の事を思い出すとこの事が何となくこの逮捕が想定されていたのではないかと思えてくる。
昨日から思考が堂々巡りしている。
23・
昼過ぎに知らない番号から電話がかかってきた。
”こんにちは、住吉さんですか?”
男にしては少し高い声で愛想のよい話し方だ。
そうですが、と答えるとさらに相手の声が高くなった。
”すいません、申し遅れました。私池田信二と申します。
住吉さんがコロッセオに出場するための手続きを担当させていただきます。”
やはり竜馬さんの言っていたことは本当だったのか。
しかしあの発表が気になる。
「あのニュース観たんですが、やれるんですか?」
”あー、大丈夫です。今後正当な興行としてやりますんで。
え~と、今日の午後三時から、テレビ観てみてください。”
どうやら聞かれることは予想していた様だ。
”それで、早速明日、ナカ自動車工場に午前10時に来て下さい。
午前の10時ですよ。”
そう言うと失礼致しますと言って電話を切られた。
竜馬とは全く違う本当にビジネスの喋り方だ。
白い何もない壁を眺めながらしばし呆然とする。
コロッセオを取り巻く環境が信じられないくらいのスピードで変わっていっている。
一度行われただけで人気と分かるとここまで色々と状況が変わるものなのだろうか。
自分は竜馬に出ることだけは保証されているからその点だけは安心だ。
もっと人が集まるところで…。
ゾクゾクする。
24・
午後3時になった。
テレビは持ってないので、SNSを周ってみる。
コロッセオ関係で情報を載せているところを見ると、どうやら記者会見をしているらしい。
動画サイトでリアルタイム配信を行っているところを探してアクセスする。
同時視聴人数から相当注目されているのが分かった。
カメラのフラッシュが大量に炊かれている。
三人の男が並んで座っているのが画面に映っている。
左右二人は40代か50代でいかにもエリートという雰囲気がある。
真ん中の男だけ30代、下手したら20代だろう。
短髪で無精髭を生やしている。
髭で多少老けて見えるんだろうか。
ただ、若くても左右の男と同じで緊張した様子はない。
目配せして全員で礼をする。
真ん中の男が話し出した。
「この度、命がけの戦い…、既にネットなどで皆さん話題にしておられる、通称コロッセオと呼ばれている格闘技について、正式に、開催運営する会社を立ち上げました。」
会場がどよめいている。
「公明正大なスポーツとして行いますので、所謂違法ではございません。」
”前回の時は死者が出てしまいましたがそのままなんですか?”
真ん中の男が頷く。
「当然です。
出場者には全て了解を得るという条件で行います。
過去にも怪我、生死を問わない格闘技というものはありました。
今回も同じ条件という事です。」
男が記者を見渡す。
「今、人々が求めているのは究極の過激であり暴力です。
エンターテインメントとしてお届けすることを社是とします。」
”暴力団が開催していたとお聞きしているのですが?”
「事実です。
しかし、私たちはあの会場に居ました。
そしてその熱気を感じ取ったのです。
時代は今この過激さを求めていると。
暴力団は事実上トップが逮捕され現在バラバラになっていると聞いています。
全く関係ない企業として立ち上げております。」
誰も質問しないが逮捕と会社立ち上げのタイミングが早すぎないか?
言えない部分でやり取りがあったんだろうな。
まぁ出場の保証をしてくれるなら自分はなんでもいいが。
開催されることが保証されたことで安心して眠気が出てきた。
明日はまた行くんだ、今日は休もう。
25・
事務所の中で良平は椅子に座って持ってきたウーロン茶を飲んでいた。
事務所の中には他に大地と百合子、それに眼鏡をかけた長身の男がいた。
「私は株式会社トップファイトの池田信二と申します。」
ニコリと笑って男が名刺を差し出す。
良平が受け取ってみると写真付きの名刺だった。
肩書は、選手プロデュース担当と書いてあった。
「これからは私が住吉さんの日程管理やファイトマネー交渉を行います。」
どうやら全て決められているらしい。
「いやぁ株式会社として運営するには色々形式がありましてね。
住吉さんが戦うのに集中出来るように竜馬さんから頼まれているんですよ。」
竜馬とはどの程度親しい関係なんだろうか?
話し方からある程度親しい関係のように感じる。
「那須さんにはパワードスーツの準備をしてもらいます。
住吉さんと打ち合わせしながら進めてください。」
大地が無言でうなずいた。
約束の時間よりも少し早く訪問し、大地達と少し話をした。
彼らのところにも信二から連絡が来ていたらしい。
やはり自分はこの二人とチームを組んで戦うようだった。
「会社立ち上げて初めての開催なので、でかい会場を確保するために今動いているところでして、恐らく1ヵ月後くらいでしょうね。
それまでにばっちり仕上げといてください。
スーツの方は会社から既に支給してあると思いますのでそれ使って下さい。
あ、改造は…好きにしてください。少なくとも今回はそこにルールを設けてないので。」
信二は嬉しそうに説明した後良平を見る。
「それじゃあ一番大事なお金の交渉したいんで、先に住吉さん、二人だけでカフェにでも行きましょうか。」
扉を開けてどうぞ、とジェスチャーをした。
26・
二人で連れ立って近所のチェーン店のカフェに入る。
木目基調の落ち着いた雰囲気だ。
平日だからか、年寄や女性が多い。
ブレンドコーヒーを二つ注文すると奥まった席に座る。
良く分からないがオシャレなジャズが流れている。
改めて信二を見ると、痩せた長身で大きいが吊り上がった目をしている。
怒って睨むと相当の迫力だろう。
髪は短く切って自然に垂らしている感じだ。
姿勢もいいし、絵にかいたようなエリートの風体だった。
コーヒーを一口飲んだ後、気になっていたことを直接聞いた。
暴力団とのつながりについて。
「ああ、私も”元”山川組所属ではありますよ。」
あっけらかんと答えられた。
「事業的には会社として運営しないと面倒なんでね。
元々立案者中心に人を集めて始めたらうまくいきそうなんで、本格的に元所属者が離れて独立して、賭け賭博を山川組側が取り仕切るという事になってるんですよ。
会長が逮捕されたのは一応警察との痛み分け、今後のために大手柄を献上したって感じですかね。
会長も今後の組の運営方針理解して頂いた上で逮捕されているので、今のところ非常に上手くいってる感じですね。」
喋ったあとコーヒーをすする。
「と、いうわけでファイトマネーのお話しますか。」
鞄から冊子を取り出す。
見るだけで数日かかりそうだ。
手を出して意思表示する。
面倒くさいのは必要ない、食っていけるだけの報酬で十分だからだ。
信二は予想していたのかすぐに冊子を引っ込めた。
「そうですね、シンプルにいきましょう。
参加することで200万、勝てば1500万でいかがですか?」
想像以上の報酬で思わず驚嘆の声が出た。
本当にそんな報酬が貰えるのか?
「放送権料で十分払えますよ。
片方が死ぬことを想定してるので、報酬はある程度良くないと今後が困りますから。
勝っても五体満足とはいかないかもしれないですし。」
そういわれると納得するしかなかった。
それよりも、プロデュースや演出について意見を出せるかどうか聞いた。
「もちろんいいですよ。
よりエキサイティングなものにしましょう。
大成功させたいですね。」
そう、自分がより注目されるためにはやれることは全部やりたい。
「竜馬さんが話していた通りの方ですね。」
笑いながら信二が席を立った。
27・
事務所に戻ると入れ替わりで大地がギャラ交渉に出ていく。
事務所には百合子と二人きりになって沈黙が流れる。
大地がいるから間が持つが、二人では難しい。
百合子は黙ったままパソコンを睨んでキーボードを叩いている。
良平にとって技術的な事は全く分からないので、何をしているか聞くことも難しい。
「あの」
百合子が打つ手を待ったく緩めずに話しかけてきた。
「立ってないで座って。」
良平は立ったまま壁にもたれかかっていた。
椅子を引っ張り出して座る。
「物好きだね。劉一さんが死んだとこ見てたのに。」
どう答えようか迷った。
自分の異常な性癖を話すわけにもいかないし。
ファイトマネーで簡単に稼ぎたいと適当に誤魔化す。
「あたし、と、父はね」
百合子が打つ手を止める。
「自衛隊で中国の支援キャンプ参加してたんだ。
技術班でね。
父が何年も国境付近にいてさ。
母がそのまま浮気して離婚。」
こっちを振り向かず話し続ける。
「自衛隊に入るつもりなんて毛頭なかったのに、
母と離れるために高校出てすぐ働けるの職業探したんだけど、思いついたのが自衛隊でさ。
受けてみたら簡単に受かっちゃって、二年も働いたらすぐ父と同じ部隊に所属させられたの。
ま、配慮だろうね。
中国はほんと酷くてさ。
分裂した国同士でしょっちゅう小競り合いしてて、国境付近の一般市民守るためにパワードスーツのメンテナンス保守をメインでやらされてたんだ。
ほんと色々あったんだ。」
ふふっと笑う。
「結局二人して退役して自動車の修理と車検屋さん始めたんだけどさっぱりでさ。
借金だけが膨らんで今回のことも渡りに船だったのよ。」
なんでそんなことを自分に話すのか聞いた。
「あなたも死ぬかもしれないと思ったら…、ちょっとね。
なんだろう?
あなたのことを聞こうと思ったのに、自分のことを話しちゃった。」
良平の方を振り返って見つめる。
「死なないように全力でサポートしたげるよ。
分かってても死ぬとこは見たくないしね。」
ありがたい言葉だったが、自分にとっては既に生き死に興味はなく、
あの瞬間を体験する事だけに全力を尽くすつもりだった。
そのために協力してくれるというならありがたい。
「缶コーヒー、冷蔵庫に入ってるから飲んでね。」
おぅ、と返事をして冷蔵庫から二つ缶を取り出した。
28・
控室で百合子のキーボードを叩く音だけが大きく聞こえる。
地下一階第一運動場は様々なスポーツの公式大会が開催されている場所だった。
地上へ貫通して太陽光を取り入れられるドーム型の競技場。
これほど大きな会場を使うとは思わず二度聞きした。
信二は笑って、
「いや~、想定以上に事前の観戦チケット購入アンケートが良くてですね。
ここは引っ張りどころだという判断です。」
非常に上機嫌だった。
確かにネットでも大きく取り上げられている。
賭けてるんですよ、と信二が言った。
「頼まれた様に万事準備してありますので、演出も事前情報も。」
まず、メットを被って顔が分からなかった劉一を利用して、事前に自分の事を劉一の弟という事を発表してもらった。
もちろん結構な比率で信用されなかったが、興味を引かれた人は一気に増えた。
更に相手を殺人罪で服役していた人間が出所してきたところをスカウトされたヤツだと紹介。
当然これも真偽不明。
それでもどんどん盛り上がってきた。
自分は殺された兄の仇を取るために今回参加した、という体である。
相手とは一度も会ってないが、信二を通して了解を得ていた。
復讐劇はやはりみんな大好物だったらしく、一気に人気が出る。
ベイビーフェイスとヒールをかっちり決めたのだ。
個人情報は徹底的に伏せた。
賞金が良いから参加した荒くれ者達。
それだけなら見る人も罪悪感はあまり感じないだろう。
全て話題にさせるためだ。
そこまで信二と話し合って、信二からも太鼓判を押してもらった。
29・
ゆっくりとスーツを着込む。
人工筋肉が締め付けてくるが、同時にちょっとした動きも補助しようと小さな動きにもググッと勝手に動かされるような動作をする。
何度も練習で試していたので今は問題ないが、最初はこの感覚が難しく、歩くのも物を掴むのも苦労した。
重力が地球の数分の一の惑星に来たような感覚だった。
劉一は出るのを嫌がっていたが、ああ見えて基本的な動きは出来る様になっていたんだと練習中に気付いた。
バイザーを下ろすと各部位の情報が表示される。
現在は当然オールグリーンでバイタルや小さく後方の映像も映されている。
見る余裕があるかは分からないが。
視界は出来るだけヘルメットを被っていないのと変わらない視野範囲を持っているし、首元はカーボン繊維、アルミ、樹脂を編んだものを使っていて動きを阻害しない。
世界中の軍隊で使われているだけあってその辺は非常に考えられている。
軽くジャンプすると気持ちよく浮き上がる。
上昇から落下に変わる瞬間の一瞬だけの止まるような感覚。
小さな子供の頃はジャンプするとこの感覚を感じていた気がする。
順番に指、腕、足、腰、肩の稼働を確かめる。
バイザーにエラーは出てこない。
バイタル表示で脈拍が少し上がっている。
準備は完璧だ。
期待で興奮はしているが、落ち着いている。
大地、百合子、信二、あと名前も知らない信二についてきたスタッフ?を見回す。
お礼の代わりに頷く。
控室の扉を開いた。
30・
廊下からも歓声が聞こえる。
音楽が聞こえてくる。
事前に設定した相手の入場曲だ。
歓声が聞こえる。
しばらくすると音楽が切り替わり自分の入場曲がかかった。
今回は扉はないので全力で会場に走りこむ。
会場の眩いライトと歓声で一瞬めまいに似た感覚を覚えた。
走りこむ姿勢のまま大きく飛び上がった。
歓声が一際大きくなった。
パワードスーツにアシストされた体は高く飛び上がった。
上手く制御出来なかったが空中で前転したあと着地する。
着地姿勢で溜めたあとゆっくり立ち上がって周りを見渡す。
会場が前回よりはるかに大きいせいか歓声が前回よりも小さく聞こえた。
しかし、その歓声が良平に集中しているのを感じて快感を感じる。
相手は既に指定されたスタート地点に待機している。
その手前には鉄筋や木材で作られた様々な形状のブロックがある。
昔のコロシアムの様に色々な障害物を置きたかったのだが、今回は簡単な形状で純粋に戦うところを見せることにした。
今後はテーマを決めた障害物もいいかもしれない。
中心にはちょどいい丸い金属パイプやフライパン、パイプ椅子、金属バットなどがおかれている。
これは前回同様武器として使っていいものだ。
良平も指定位置に立つ。
相手の顔もヘルメットで見えないがお互い見つめあってるのが分かった。
31・
カァン!と大きな金属音が鳴る。
相手が前傾になるのが見えた。
武器のある所まで速攻で行くつもりだ。
良平も全力で走り出す。
とにかく武器が無ければ殴りや蹴りをまともに受けても致命傷になるだろうから、盾としても持ってなければならない。
今回は中央までに障害物がおかれているのでスーツの脚力で一直線に飛びつくことは出来ない。
良平は鉄筋の障害物までくると飛び上がって登る。
相手はそのまま走って行って中央で金属バットを拾ったところだった。
高い位置から観客席を見渡した後相手を見る。
既に自分の立つ鉄筋ブロックの下まで来ていた。
判断が早い。
もっと歓声を味わいながら戦いたかったがそうもいかないようだ。
相手が飛び上がるのに合わせて自分も前へ飛び出す。
武器のある中央へ。
上手く受け身を取った後即座に鉄パイプを拾う。
バットが無ければこれが一番使いやすいだろう。
相手はすぐにこちらを見ながら空中で鉄骨を蹴ってこちらにくる。
パイプ椅子を片手で拾い投げつける。
それを相手は空中で冷静にバットで弾き飛ばした。
地面に着地したところを飛び込んで鉄パイプで殴りつける。
しゃがんだ体制なら力も出せないはず。
たしかに相手はしゃがみ込んだ体制だったが、片手でバットを振り切り、良平の鉄パイプを横にあっさりいなされた。
払いのけた勢いのままもう片方の拳で良平の腹を殴る。
やばいと感じとっさに後ろに飛びのく。
不自然な体制からのパンチだったが十分な衝撃だった。
思わず咳き込んでしまう。
バイザーに表示されるスーツの状態を確認する。
問題ないようだ。
鉄パイプがグニャリと曲がっている。
相手のバットは…何の問題もなさそうだ。
鉄パイプはバットより脆いのか。
相手が立ち上がって走ってくる。
後ろを確認する。
後方の木材で出来たブロックに飛び上がる。
3メートルほどの高さのブロックに簡単に飛び上がる。
スーツの優秀さに改めて驚く。
また相手を見下ろすかたちになる。
殴られた腹は軽い痛みしか感じない。
呼吸を整える。
相手も無理に飛び上がって追って来ようとせず下で立っている。
もう一度観客席を見回し、歓声を一杯に吸い込む。
こんなんじゃ盛り上がらない。
飛び込もう。
32・
乗っている木材のブロックを鉄パイプで殴りつける。
数回殴るとみしみしとヒビが入った。
そこをグローブの握力に任せて握りこむ。
ミシリと木片をむしり取った。
鉄パイプを捨てて飛び降りる。
相手は着地のタイミングに合わせてバットを振り下ろそうとする。
木片を相手の顔に投げつける。
一瞬視界が奪えればよかった。
着地の瞬間に蹴って飛び掛かる。
バットを振り下ろさせない。
体当たりした後バットを持っている腕を手の甲で殴りつける。
離さない。
もう一発、ゴンッっと殴りつける。
ううっというくぐもった声がヘルメットで見えない相手の頭部から聞こえてきた。
さらにもう一発殴る。
耐えられなかったらしく、バットを落とした。
反射的にもう片方の手で殴られた腕を庇おうとする。
その動きを逃さず庇おうとして下を向いた顔に向かってアッパーを繰り出す。
相手はすぐにその動きを察して上半身を反らしてそのまま後方へ飛んだ。
ここで逃してはいけない。
良平は追いかける。
飛び掛かった姿勢で胸に向けてパンチをする。
今度は体をひねってうまくかわされる。
そのまま出した拳を掴まれ引っ張られる。
その握力で腕がミシリと音をたてる。
骨にヒビが入ったかもしれない。
体勢を崩したところへ相手が蹴りを入れてくる。
すかさず蹴りに勢いをつけさせないように相手に密着する。
そのままの勢いで相手を押していく。
相手は後ろに無理やり押される状態になりよろめきながら倒れる。
良平がマウントを取る形になった。
相手は腕を離さない。
強烈な握力で締め付けられ良平に激痛を与え続ける。
もう片腕を使わないのは最初に殴ったことで恐らく骨が折れて使えなくなっていることに気付いた。
マウント状態では飛び退いて衝撃を緩和することもできない。
掴まれた左腕の部分が壊れていることをバイザーに表示された情報が知らせている。
二人とも息が上がっている。
33・
腕を掴まれた不完全な体勢から顔面にもう片方の腕を振り下ろす。
相手は折れた腕で顔面をかばう。
腕が間接ではない場所からグニッと曲がる。
衝撃を防ぎきれずヘルメットを被った頭ごと小さくバウンドする。
もう一回。
殴られた腕が蛸の触手の様に力なくブルンと揺れる。
骨が粉々に砕けているのだろう。
相当な激痛で思考能力など働いてないだろう。
掴まれていた腕にさらに力が入ってきた。
引きちぎるほどの力が入る。
良平は思わずうめいた。
相手が掴んだ腕ごと上へと引っ張る。
良平の体勢が崩れて相手に覆いかぶさるような恰好になる。
フワリと下半身が浮き上がる感覚。
相手が腰から下を跳ね上げて良平を浮き上がらせた。
柔道の巴投げのように今度は良平が仰向けに地面に叩きつけられる。
肺に衝撃が走り、空気が押し出される。
相手が即座に立ち上がる。
一呼吸吸い込んだ後良平を引きずりながら全力で走り始めた。
引きずられながら良平は呼吸を整える。
この状態ではそれしか出来なかった。
引きずりまわした後、木材のブロックに力任せに叩きつけられる。
鉄筋にぶつけられなかっただけ幸運だった。
それでも強烈な衝撃で全身が痺れるような感覚と痛みが走る。
一瞬上下左右が分からなくなりそのまま地面に転がる。
しかし相手はすぐさま止めを刺さなかった。
無意識に体力の回復を優先していたのだ。
良平は全身に痛みはあるが動かなかった分呼吸が整っていた。
ぶれた意識がはっきりしてくる。
同時に状況を把握する。
右腕は握りつぶされたためか肘から先の感覚が無かった。
全身が痛い。
バイザーが割れている。
それでもやれる。
まだ動ける。
34・
良平が立ち上がるの見て相手が慌てて接近しようとする。
立ち上がる勢いで相手にタックルする。
殴る体勢になる前にぶつかって攻撃を回避する。
相手の残った腕の肘を思いっ切り握りつぶす。
グググっと間接が広がってピキピキと骨が割れていく振動が分かる。
ごおおおおぉぉっという叫び声が相手のヘルメットの中から響いてくる。
しゃがみ込んで相手の足首を掴んだ。
急いで立ち上がって掴んだ足を引っ張ると相手が倒れる。
そのままハンマー投げの要領で自分の体を回転させる。
相手も抵抗しようとするが両手が使えない事でうまくいかない。
止めずに全力で回り続ける。
しばらくすると頭に血が集まったのか、相手がダラリと力が抜けて無抵抗になる。
ここで決めようと思う。
最後の攻撃は決めていた。
遠心力と片腕の力全て使って上空へ投げ上げる。
競技場の天井にぶつけるつもりだった。
残念ながらあまりに天井が高すぎたので、ぶつからずにゆっくりと上昇が止まって落下してくる。
人間ではなく、人形がくねりながら落ちてくるようだった。
35・
バチン!とはじけるような音が鳴る。
もっと鈍い音を想像していたが平手で皮膚を叩いたときの様な音だった。
息を整える。
間違いなく死んだだろう。
大きく息を吸い込む。
急激に歓声が入ってくる。
百合子の声も入ってきた。
「もしもし?
正気戻った?
ずっと叫んでたけど、とにかく勝ったわよ。」
そうか、自分では何も話してなかったつもりだが叫んでいたのか。
割れんばかりの歓声。
気持ちいい。
これを受けたかった。
このために全力を出したんだ。
もっとくれ…。
砕かれた腕の痛みも叩きつけられた体も痛みを訴えていたが、それすら快感とも思える。
残った腕を上げる。
歓声が一際大きくなる。
よたよたと歩いていってマイクを拾う。
決めていたセリフをしゃべる。
「兄、の、仇をとってやった。
これ、で兄の墓、前に花を送れる。
ふぅ、これ、から俺は、地下都市の王者になる。
戦いで金、も名誉もてに、入れてやる。」
息が整いきれずセリフが絶え絶えになってしまった。
歓声がまた大きくなる。
フラフラと歩きながら扉まで歩いていく。
またこの舞台に立たなければ。
俺ははこれでしか満足が出来ない。
栄光と喝采でしか快感を得られない。
扉から出る時、もう一度腕を上げた。
歓声は鳴りやまない。
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