住吉 良平 15
どうやら入場時間は指定されているらしく、それまでは事務所で休憩となった。
那賀親子は結局休憩せず、何やらパワードスーツの調整について話し合っている。
大地に渡された缶コーヒー蓋を開ける。
ふと中国人を見ると缶コーヒーを渡され座り込んでうなだれている。
良平はなんとなく中国人の斜め前に座って缶コーヒーを飲み始めた。
「ワタシ、すごく怖いでス。」
考え事をしていた良平が顔を上げると中国人が見つめていた。
「アナタ変でス。こんな殺し合いやりたいなんテ。」
眉間に皺を寄せて怒ったような顔をしている。
「あなたはやっぱり借金で仕方なく?」
良平が聞くと中国人は眉毛を殊更に下げた。
あからさまに困っているような顔になる。
「仕事のきゅうりょ仕送りしてタ。ストレスすごかったでス。ストレス発散したくてパチンコしたらはまってしまって。お金借りるのヤクザからしか出来なくテ。」
良平にもすぐに状況が飲み込めて同情してしまった。
40年ほど前、中華人民共和国は人口爆発に耐え切れなくなっていた。
地下都市開発や内陸部開発などあらゆることを行ったが、北京など都市部に人口がどんどん流入し、出稼ぎ労働者の2世、3世は把握出来ない数になっていた。
更に先進国となっていた中国は後進国からの流入者も重なり、都市開発に人民を借り出したのだが、あまりにも都市部から外れた開発には労働者はついてこなかった。
都市から離れたくないが、食べるために仕事が欲しいという不満が爆発した労働者が一斉に暴動を起こしたのだ。
北京で発生した暴動は主要な中国の都市、工業地帯で連鎖的に起こりもはや国として機能出来ない状態になっていた。
その中で各地で共産党の高い地位にいた人間がそれぞれ統治するという形で落ち着いた。
この混乱で海沿いに3ヵ国、内陸2ヵ国、ウイグルとチベットも独立を果たした。
中国は5ヵ国に分断されたのだ。
既存の共産主義ではなく民主主義体制を取る国も現れ、中国大陸は20年近く常に小規模な戦闘が起こり続けた。
人口爆発の時代において中国大陸だけは人口減少が起こった。
中国大陸が疲弊しきっていた時、戦争難民のように他国に逃げていく人が続出した。
それまでの中国では意図的に他国に進出することで他国での中国人の発言権を強めていたのだが、そういった意図からは外れ、完全に現地化していく人達が続出したのだ。
現在も一部都市を除いて中国大陸の独立した各国は貧しい。
日本でも現地化した人と出稼ぎでやってきた人との間でトラブルがよく起こっていた。
「中国に残した親にハもうしわけない。死ぬ可能性高イ。」
中国人の目から大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちる。
鼻も赤くなっていた。
「名前はなんて言うんですか?自分は住吉 良平です。」
良平は慰めの言葉を言う事が出来なかったが、自然と名前を聞いていた。
「劉 一でス。日本にいるときはリューイチと呼んでもらってまス。」
劉一は自己紹介が切っ掛けになったのか缶コーヒーを開けてごくごくと一気に飲み干した。
「とにかく今夜は殺されないよううまく逃げまス。最悪大けがしても、死なないようニ。」
痩せて死んだ目をしていた劉一の顔に多少精気が戻ったように見えた。
「生きて下さい。」
励ましになったかは分からないが劉一は少し笑った。
自分は全く恐怖を感じていないことに気が付いた。
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