住吉 良平 8

 中国人は中で観念したのかエレベーターを降りた後はうつむいたまま自分で歩いて ついてくるようになった。

ただ警戒して両方の肩を左右からつかんで連れていく。

しばらく歩いていくと地下5階の大通りにまだ開いている自動車修理工場があった。

明かりの消えた看板にはナカ自動車工業と書いてある。

取り立て人に言われてそこへ入っていく。

暗いところから明るいところに入ると周囲がくっきりと見える。

特別なこともない普通の修理工場という感じだった。

「おっ!捕まえたのかい竜馬さん」

奥の扉が開いて髭面のおっさんが出てきた。

「ほんと困ったもんすよ。」

取り立て人は竜馬という名前らしい。

ついつい坂本竜馬を想像してしまう。

坂本竜馬が借金の取り立て人とは。

竜馬が良平の方を見て目じりを少し下げて言う。

「手伝ってくれてありたとな。俺は上板竜馬って名前なんだ。漢字は上の板に坂本龍馬の竜馬。」

「俺は住吉良平っていいます。」

竜馬はにこりと笑って手を出してきた。

いつの間にかお札を持っている。

「ここまでめんどくさいこと手伝わして悪かったな。これお礼だから受け取っといてくれ。」

戸惑っていると無理やり手に握らされた。

5万円くらいか。

口止め料だと思った。

「このことは、んー、あんま周りに話さんでくれ。じゃあな。」

そう言うと竜馬は中国人の方に向き直った。

この修理工場の人あろう髭面のおっさんも二人の方を見ている。

一瞬このまま帰るのが流れかと考えたが、それでは絶対後悔すると思った。

自然と言葉が出ていた。

ずっと感じている満たされない感覚。

この先へ行けばもう全てが違う全く分からない世界に行ってしまうだろう。

でもそれしかない。

「今度やるっていうパワードスーツきたプロレスの出場者ですよね?」

中国人に指をさす。

驚いたようにその場にいる他の人が良平を見る。

竜馬の顔が険しくなる。

ここで否定される前に畳みかける。

「すっごい興味あるんで、パワードスーツ見るだけでも出来ないですか?」

竜馬は明らかに警戒して眉をひそめる。

「そりゃ無理だ。お礼はさっき渡しただろ?」

竜馬の声が一段低くなる。

「どうしても無理ですか?」

竜馬の目を見返す。

眼を細めているからか竜馬の目に蛍光灯の光は映り込まない。

一瞬間が空く。

「いいよ、見てくだけなら。」

髭面のおっさんが軽く言った。

竜馬が驚いて見返す。

「あれ山川組が提供したやつなんですが。」

竜馬の声に怒りの色が出ている。

髭面のおっさんは慌てた様子で

「いや、いや、不満なまま返すより満足させた方が口外しないだろうと思ってね。それにあと数日で知れ渡ることなんだしさ。それに実は今まだ奥で調整させてんだよ。丁度見れる。」

おっさんが事務所と思われる扉の方をあごで指す。

おっさんの方を向いた竜馬の表情は見えなかったが、軽く下を向きすぐに上げた。

「大方予定より遅れてるから手伝わせたいんだろ?でも明日から月曜だし、仕事だぞ。」

良平の方を向き独り言のように言う。

食い下がれ、ここまで面白いことに関われそうなんだ、もう仕事なんかどうでもいい。

「気にしなくていいです。見たいです。」

竜馬はため息をついた。

「マジで見るだけだからな。」

「ありがとうございます。」

軽く頭を下げる。

「じゃあこっちだ。」

おっさんに言われて良平は奥へと進んだ。

自動車工場の壁に下げられている時計を一瞬見た。

時刻は午前3時を過ぎていた。

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