アイスクリームは読後に、の時間

 拝啓、パピコ様


 この手紙を書いたのには、理由があります。

 ただの償いのつもりで書いたわけではありません。

 今までの人生を振り返って、妹であるお前に迷惑をかけたことを詫びる手紙ではありません。


 お前は、真実を知らなすぎた。

 だが、この家に生まれた以上、お前も知っておくべきだと思い、今回こうして筆をとったわけです。なので、できればこの手紙を読んで、涙を流すのは止めていただきたい。


 まだ我々が未就学児だった頃、両親が仕事に出ていて、二人でよく留守番をしましたね。

 そこでケンカしても、それをあの人たちが知っていたのは何故だと思いますか?

 部屋に付けられた監視カメラを通して知っていたわけです。

 それを見て、あの人たちは、自分達の仕事を継ぐ適性があるのは、兄の方だと判断したのです。

 では、出掛けてくると言って、ずっと監視カメラを見ていたのかというと、もちろん答えはノーだ。

 それを見ていたのは、お前もよく知る人物、三浦だったと言えば、驚きますか?


 彼の説明から始めたほうがいいだろう。

 時系列が前後しますが、お前が初めて俺たちの仕事についてきた日、盗んだ絵を、小さい子供に渡したのを覚えていますか?

 あの子どもこそが、あの三浦だったのです。

 そう、三浦も我々の一味でした。

 母さんと父さんは、三浦に虐待をする実の両親から、三浦をさらってきて、隠し部屋で育ててきました。


 俺は、仕事を手伝わされるうちに、この子も俺たちの息子だ、と、三浦を紹介されました。

 卒園していたとはいえ、俺もまだ小学生。

 こっそりクラシックを聴いては、心を落ち着かせていました。

 音楽を聴いている間だけは、現実世界の苦痛を忘れることが出来たのです。


 中学生の頃だったかな? 

 お前が、学校の音楽室でピアノを弾いているのを見たとき、涙が出てきました。

 お前も、苦しんでるんだな。逃げたがってるんだな。

 心のどこかで、何で俺だけが、と思っていた自分が、卑小な人間に思えてきました。


 同じ悲運を背負っている者同士だと自覚したことで、俺たちは家族なんだという実感が湧いてくる、こんな暗い話があるでしょうか。


 もっとポップに手紙を書きたかったのに、こうなってしまったことをお許しください。


 お前を逃がしたこと、後悔はしていません。

 あれからあの人たちは、血眼になって、お前を探していました。

 行方不明の子どもを探す必死さとは違う、別のものを感じたとき、俺はお前を逃がして本当によかったなと思いました。


 お前がここに帰ってくるちょっと前、あの人たちは、妖精をさらってきました。

 名前をパピコと名付けたとき、ぞっとしたと共に、それで折り合いをつけたのか、と、ほっとしたのを覚えています。もうこれで、お前は完全に解放されたのだ。


 あの人たちの仕事のこと、烙印のこと。

 知りたいことは、山ほどあるでしょう。

 仕事については、あの人たちが話していた通りです。

 富裕層から金品を盗み、それを金に替えて生活苦の層に渡しているのが実態です。

 あの人たちは、政治がおかしいので、自分たちが手を汚して世の中を正常に戻してやっているつもりでいます。

 俺は、あの人たちのやってることが、正しいことか、間違っていることか、考えることを止めました。

 烙印を押されているから。

 俺はあの人たちと、今の仕事を続けて行きます。

 どうか、これからもお元気で。

 俺の唯一の救いは、お前が俺たちから離れて、大好きな人の傍にいて、美しいものに囲まれて生きていることです。


                             敬具 



 パピコが単品で頼んだアイスクリームは、食べる前にスープのようにさらさらに溶けてしまった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る