声を投げ捨てる時間
「心の準備はいい?」
烙印を押そうとした時にはなかった心遣いを母が見せてくれたことで、パピコの心は決まった。
「この小さいパピコに向かって、歌をうたってちょうだい」
これが、最後の歌になるのか。
パピコは悩んだ末、コンクールで止まってしまった曲を歌うことにした。
あの時は、審査員へのアピールの歌でしかなかったが、今は違った。
自分の為に、歌うのだ。
間違いのないように、原曲に忠実に歌うのではなく、自分の声を感じながら、歌うのだ。
それが、パピコの歌人生のけじめのつけ方だった。
透き通るような肌、青い目、つけまつげのような長いまつ毛。
妖精がこの世にいたなんて。
宇宙人のサムを受け入れているパピコにとって、目の前のミニチュアパピコへの驚きは少なかった。
私の歌の最後の観客。
ラッキーだね、あんた。
はじめましてなのに、お互いの事情がなんとなく分かって、なんとなく同士のような気分だよ。
パピコは、自分の頬から涙が出てくるのが分かった。
アタルを振り切ってミニチュアパピコに声を降り注ぐこの勇ましい決断に、わずかなブレがあったことに気づく。
だって、女の子だもん。
見せ場の台詞を、渾身の思いで歌い上げる。
ああ、私、こんなに歌が大好きだったんだな。
歌い終わった後、痛切に感じたことだった。
妖精が、パピコの涙にキスをした。
パピコは、それを機に、眠るアタルをお姫様抱っこして、玄関に向かった。
振り返ることなく、家を出た。
家族は、妖精に餌を与えているようだった。
もうすっかり、ミニチュアパピコで満足しているようだった。
ならば何故、私をここまで苦しめるのだろう。
ぼんやりした頭で、そんなことを考えていると、胸が苦しくなってきた。
そのまま元の世界に帰ろうとすると、穴の前でパピエルが待ち伏せしていた。
「ありがとう、今回も助けてくれるつもりなんだろうけど、もう大丈夫だよ」
パピコは、先ほどの妖精のように、パピエルの頬にキスをした。
アタルが眠っていてよかった、とパピコは思った。
「本当に、いいのか?」
「うん」
「分かった。これ」
そう言い、パピエルはパピコに一枚の便箋を渡した。
「帰ったら読んで」
「ありがとう。パピエルから手紙なんてもらったの、初めてだね」
「泣いていいから」
パピエルが言った。
「悲しいときは、泣けよ。我慢するな」
パピコは、声を上げて泣いた。
アタルが目覚めても、構わず泣いた。
もう、これで終わりなんだ。
その安心感と、幕引きの空しさで、心がぐちゃぐちゃだ。
分かってる。
こうしてる間にも、パピエルはあの烙印が痛んでいること。
なのに、黙ってパピコの傍にいてくれていること。
パピコは、幸福な、あまりに幸福な自分に苦しんだ。
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