ファンタジーの時間

 次々やってくる三浦たちから解放されて、待ち合わせ場所に行くと、サム&ムーが、道端に咲くタンポポを見て微笑みあっていた。なにやらおよびでない雰囲気に、パピコはそっとその場を離れた。


 しっかりと繋がれた手には、お揃いの指輪が光っていることを目視すると、パピコはアタルに会いたくなった。


 まだかな。湧き水が出てくるのを待ち構えるように、パピコは穴を覗きこむ。

 待てど暮らせどアタルが出てくる気配がないので、迎えに行くことにした。

 もしかしたら、まだ祝福の星のカケラを降らせているのかもしれない。

 もしそうなら、一生懸命なアタルには、ションベンと間違えられたことは伝えず、喜んでいたよと言ってあげたい。


 パピコは歌う。アタルに届くように。

 パピコは耳をすませる。アタルの音が聞こえるように。


 ドスン


 不吉な音がした。穴の中は薄暗い。パピコはサム&ムーを連れてこなかったことを、後悔するのだった。


「アタル・・・・・・?」


 パピコが歩いていると、何かに躓いた。

 よく見ると、それがアタルだった。


「アタル!!!」


 さっきの音は、アタルが落ちた音だったのか。

 パピコは一気に血の気がひいた。


「ウソ・・・・・・やだ」


 アタルの体を揺するパピコの手が、震えていた。


「うるさいな」


 いつもの憎まれ口が聞こえてきた。


「びっくりさせないでよ!」


 パピコは安心感からアタルの体をバシバシ叩く。


「イテエ・・・・・・誰かに落とされた」


「ごめんね。私の親かもしれない。立てる?」


 パピコの腕をとって、よろけながらアタルは立ち上がった。

 一人で歩けるというので、パピコはやりかけたお姫様抱っこをやめた。


「俺のフルートは?」


「大丈夫、私が持ってるよ」


 久しぶりに家に帰った我が家で、パピコとアタルはワインで乾杯した。


「無事でなにより」


「そういえば、お互いの家族の話ってしてなかったよね」


「そうだな」


 アタルは、自分の家族の話を始めた。

 アタルの家族は両親と弟、妹の五人家族で、父が起業に失敗し、ド級の貧乏生活だったらしい。

 電気もガスもよく止まるような環境で、アタルだけは音楽の才能を買われて、特別にフルートを習わせてもらったらしい。


「初めて演奏した曲、今でも忘れられないんだ」


 そう言って、アタルは口にくわえた。

 パピコは窓を開けて、夜空を見上げた。


 パピコの視線が、夜空から、アタルにうつる。

 アタル自身も、違和感に気づいたらしい。


 アタルの吹くフルートから出る音は、いつものアタルの音ではなかった。

 陳腐な発想で構成された小説でも読んでいるかのようだ。


「どうして? なんでだ?」


 初めてに近いほど、アタルがヒステリックになっている。


「疲れてるんだよ、きっと」


「違う、そんなんじゃない」


 何度吹いても、錆びついた音しか出てこない。

 パピコは予感した。

 これが、最後の晩餐になるかもしれない、と。

 そんな予感を現実にしたくなくて、パピコはアタルを勇気づけるように言った。


「盗まれたのかもしれない」


「このフルートは間違いなく俺のだ」


「ううん、フルートじゃなくて、アタルの音が」


 あまりにも突飛な発想に、アタルは苛立ちを露わにする。


「どうやって!?」


「そんなのわかんないよ。でも、うちの家族ならやりかねない。宇宙にまで盗みに行ってるぐらいだし」


「俺、行ってくる。お前はここにいろ」


「イヤ。私も行く」


 二人は、ほろ酔いの状態で、穴の中に入った。


 パピコとアタルを見た両親は、何事もなかったかのように、朝食に招かれた。


「待っていたのよ」


 母の笑顔に、パピコの背中がぞくっとする。


「アタルの音を返してほしいんだけど」


「あらやだ、この子が盗ったのかしら。この子、イタズラが大好きなのよ」


 そういうと、母は冷蔵庫の中から何か出してきた。

 それは母の手の上で、もぞもぞと動いている。


「・・・・・・!」


「あなたにまだ紹介してなかったわね。名前はパピコ。外国の妖精よ」


 パピコは驚きのあまり言葉が出てこなかった。


「どこから盗んできたんですか?」


「たしかフランスの大使館だったかしら? ねえ、お父さん」


 父は黙って頷いた。


「ええと、つまり、私が家出をしてから、この子が私の代わりってこと?」


「そう、良い働きぶりを見せてくれるの」


 キャピキャピ話す母に、パピコは何度も眩暈がした。


「パピコさんに俺の音を返すように言ってもらえませんか?」


 アタルまでパピコと呼ばないで。

 すんなり受け入れるアタルにパピコは悲痛な叫びを心の中であげる。


「いいけど、何かを引き換えにしなきゃいけないよ? それ相応のものを与えたら、手放してくれるの」


「じゃあ、俺の寿命と引き換えに、音を返してください」


 その言葉に、パピコは我に返った。


「待って、そんなのダメよ!」


「お前は首を突っ込むな」


「突っ込まずにはいられないわよ! いいわ、私の歌声を引き換えに、アタルの音を返して」


「バカ! 撤回しろ」


「いいの、あんたこそ黙ってて! お母さん、お願い。それさえ叶えてくれたら、もうお母さんたちのことに首を突っ込まないし、ここから逃げ出したこと、一生かけて償うから」


「どう思う、お父さん」


 母は父の方を見た。


「いいんじゃない」


「ありがとう、お父さん」


「でも俺、お前に借りを作るようで嫌だよ」


「じゃあ、眠ってて」


 そういうと、後ろから忍び寄っていたパピエルが、アタルに睡眠薬を嗅がせた。



 

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