盗まれたら盗み返せの時間

「食べるか?」


 パピエルの食べかけの食パンを見ながら、父がパピコに言った。


「パピエルのだよ」


 パピコは父を睨み付けながら、食パンをのせた皿を持って、パピエルの部屋に向かった。

 ノックをしようとしたその時、聞き覚えのある音色が、パピコの耳にかすかに届いた。


 パピコは、そのまま外へ飛び出した。


「パピコ!」


 両親の呼ぶ声など、パピコの足を止めるきっかけにはならない。

 外に出ると、はっきりと聞こえるきよしこの夜が、パピコの歩調を早める。


 アタルだ! 

 アタルが来てくれたんだ! 

 私を追いかけてくれたんだ!


 フルートの音色が、近くなる。パピコはフルートの音色に歌詞をのせた。


 風が、蝶が、野に咲くたんぽぽが、音楽の一部となっていく。


 丘の上でアタルの姿を発見したとき、パピコは全身でほっとした。


 タックルして抱きしめる。

 後ろに肩を寄せ合うサム&ムーがいなかったら、歯止めがきかなかったかもしれない。


「無事か?」


 フルートをサムに預け、パピコの両頬を包むアタルが、心配そうに聞いてきた。


「無事だ」


 パピコはハンサムにそう言い、


「ついて来て」


 と言った。


「指輪を返してもらいましょう」


「見つかったの?」


 サムは、喜びのあまりフルートを投げ飛ばしてバンザイした。


「良かったな」


 土のついたフルートを払いながら、アタルは明るく振る舞った。


 パピコは三人をひき連れて、実家に戻った。


「すげーお屋敷だな」


「私んちよ」


「へ?」


「言っとくけど、今日は私たちが付き合ってる話をするわけじゃないから」


 拍子抜けするアタルをよそに、パピコはそそくさと家の中に入る。


「あら、お客さん?」


「右から、アタル、サム、ムー」


 パピコはリビングにいた両親にけだるく三人を紹介すると、彼らにも、自分の両親を形式的に紹介した。


「あなたたちが盗った指輪は、サムの大事なものなの。だから返してもらわないと困るわ」


 三人は、状況が呑み込めておらず、黙ってこちらの様子を伺っていた。

 ここの土俵に上がるのは、パピコとその家族だけだと悟ったらしい。


「あなたがそうさせたのよ」


 母が冷たく口を開いた。


「え?」


「あなたを連れ戻すために、わざわざあんな遠いところまで行って仕事してきたの。ねえお父さん?」


「そうだ。俺たちがどんな危険を冒して仕事してきたと思ってるんだ」


「仕事し仕事って言うけどね、仕事っていうのは誰かの役に立って初めて仕事なの。お父さんたちは人に迷惑をかけてるだけ! そんなの仕事じゃない」


「お前は一部始終を知らないからだ。俺たちは、ただ盗んでそれを金品に変えて自分たちの懐に入れてるわけじゃない。必要なものを必要な人に届けてるんだ。お前は大きな勘違いをしている」


「犯罪者がヒーロー気取り? そうやって自分のやってることを正当化し始めたら終わりね」


「お前は知らないんだ。世の中は狂ってる。この世の富をせ占めているのがこの地球上で何パーセントいると思う? そして飢餓状態の人間が、その何十倍、何百倍いると思ってるんだ? お前は俺たちのことを犯罪者呼ばわりするが、それなら無知のお前だって罪だろう? この現実から目を反らし、手を汚すのは嫌だと現実を変えようとしない」


「あの、事情はよく分からないんですが、返してもらえますか? 俺の指輪・・・・・・」


 サムがおずおずと土俵に上がりこんできた。


「そうよ、今はサムの指輪の話をしてるの。とりあえず、あれだけは返してよね」


「パピコ、あなた人間らしくなったわね」


 母が話の腰を折るようなことを言った。


「私たちと暮らしてた時には、ふてぶてしさのカケラもなかったのに」


 そう言われればそうかもしれない。家族に対して、こんな口の利き方はしなかった。


「俺たちから盗んでみなさい」


 父が一言、そう言い捨てた。どうやらはいどうぞと返す気はないようだ。


「俺たち、泊まってってもいいんですか?」


 アタルが母に聞いた。


「素人のあなたたちは寝込みを襲うしかないでしょうからね」


 ワオ。アタルが呟いた。


 夕方、四人はパピコの部屋で作戦会議を開いた。

 それぞれ担当を決めることになり、両親の寝室に行くのがサム&ムー、パピエルの部屋はパピコ、アタルは家の中全体を捜索することになった。


 午前零時を回り、それぞれが持ち場についた。


 パピコはパピエルの部屋に入り、息を押し殺した。

 ベッドと机以外、おいていないその部屋は、探す場所が限られていた。


 ベッドで安らかな表情で眠るパピエルを見ていると、パピエルへの感謝の思いがこみ上げる。

 指輪を探すより、掃除をしてあげたい。

 ううん、本当は、腕枕をして添い寝をしてあげたい。


 その気持ちを殺し、パピコもプロに徹する。

 パピエルのパジャマに手を入れる。


「ひゃっ」


 パピエルにその腕を掴まれ、鮮やかな形勢逆転だ。


「無謀だ。スリの技術も教わってないのに」


「ごめんなさい」


 パピコは次の一手を見つける前に、退散した。

 パピエルの部屋を出ると、涙がこみ上げてきた。



 

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