駆け出しの時間

 久しぶりに雪が降った。二月も中旬に差し掛かり、この冬最後の雪かもね、とアタルと話していた。

 すると、ランニングは中止され、近くの公園で雪合戦をすることになった。


 パピコは何日かぶりに、頭をからっぽにして、思い切り笑って、はしゃいだ。


「スープを飲んで温まろうよ」


「そうだな。これじゃ手がかじかんでフルートが吹けんわ」


 公園を出ようとしたとき、公衆トイレの前で、座り込んで何かをしている奇妙な男がいた。

 角度を変えて遠巻きに見てみると、サムが雪だるまを作っていた。


「サム、何やってるの?」


 パピコたちは、サムに近づいて声をかけた。

 サムは、パピコとアタルを見ても、何も言わずに黙々と雪だるまを作り続ける。


「風邪ひいちゃうよ?」


「放っておいてくれ。無心になりたいんだ」


 盗難被害がそんなにもショックだったのだろうか。


「こんな姿をムーが見たら、心配して倒れちゃうよ」


 名前に反応して、固めていた雪だるまを、サムは大胆にも投げ飛ばした。


「放っておいてくれって言ってるだろう! 日本語が分からんのか」


 宇宙人にそんなことを言われると思ってなかったパピコは、拍子抜けしながらも、食い下がる。


「ねえ、落ち着いて! 事情なら知ってるわ。あなたのインスタを見たから」


 そうパピコが言うと、サムの顔色が変わった。


「ねえ、何を盗まれたの?」


 理性でも盗まれたというのか、とパピコは一言多い言葉をのみこむ。


「指輪」


「え?」


 アタルも驚いていた。


「プロポーズするつもりだったんだ」


「ええと、それは、ムーに?」


「当たり前だろ、余計なこと言うな」


 浮気相手の可能性を疑ったパピコを、アタルがパートナーとして責任もってしかりつける。パピコは改める。


「でも、女子として言わせてもらうとね、もらえるもんならどんな指輪でも嬉しいものよ」


「あれじゃなきゃダメなんだ。俺たちの実家は宇宙と地球の遠距離だろう? 相手がどこにいても分かるような、特別な仕組みになってるんだ」


「そんな大事なものを盗まれるなんて。サム、あんたってやつは、本当についてないね」


「お前、ちゃんとやらないと雪だるまにするぞ」


「分かった、分かった」


 アタルに、サムが投げつけた雪だるまのかけらを持って威嚇され、パピコはもう一度仕切り直すことにした。


「そんな大事なものを盗むなんて、ひどい人がいるのね」


「じゃあさ、俺たちで犯人、さがそーぜ」


 アタルが中学生のノリで言う。まさか。パピコは嫌な予感がした。


「お前、アテがあるんだろう?」


「昨日のやつのこと言ってるの?」


「それしかないだろ? またナンパされて来いよ」


 彼氏が言う台詞か。パピコはアタルの昨日との変わりように腹を立てながらも、サムが見つめるまなざしに耐えられず、あのキーマンを探すことにした。


 探そうと思ったら出てこないのが、なくしものだ。


「そんなところに、いるわけないだろう?」


 雪だるまを分解し始めるパピコに、アタルが言った。


「でも、あの人、ずっと私のこと見てたって言ってたから」


「拉致があかないからムーにも声をかけてみようや」


「ムーの家、すぐそこだから行ってくるよ」


 サムが言った。


「じゃあ、俺たちは引き続き探しとくんで」


 公園を出ていくサムに、アタルが告げる。


「私、あのレストランに行ってくる」


 パピコはアタルにそう言った。


「一人で大丈夫か?」


「うん。手分けをして探しましょう」


 こうして一同は、それぞれ別の場所に向かった。


 レストランに向かう途中、誰かに呼ばれた気がした。

 一軒家の前に、近づく。


「こっちだよ」


 パピコは、敷地の中に足を踏み入れた。

 そのとき、足元が崩れ、目の前が暗くなった。

 落ちているのだ、と恐怖を伴うことなく、状況を冷静にとらえていた。

 目を開けると、床には、あの男がいた。


「落とし穴?」


 抱き締められたまま、パピコは聞いた。コロンのいい匂いがした。


「成功して良かった。さあ、行こうか」


 男は、パピコを起こして、手を引いた。


「一人で歩ける」


 そう言って、手を離した。


「この穴を掘るのに、何年かかったの?」


 男はパピコの質問には答える気がないようだ。


「私に声をかけたのは、初めからこれが目的だったのね。一体どこに連れて行く気?」


「もう、わかってるんじゃないのか? あなたは鈍くない」


「こんなことするの、あの人たちしかいないもの」


 パピコの中では、落とし穴に落ちた時点で、点と点が、線になっていた。


「抵抗力しないんですね」


「会いたくないけど、あの指輪は、返してもらわないといけないから」


 鉄の階段を上り、地上に出ると、パピコが会いたくない人たちが、待ち伏せていた。


「久しぶり、パピコ」


 パピコを抱き締めるのは、パピコの母だった。


「でかしたな、三浦」


 満足そうに、三浦と呼ばれた男の肩を叩くのは、父だ。

 三浦は、頭を下げて、帰っていった。


「パピコ、元気だったか?」


 日に焼けたパピコの双子の兄、パピエルもいた。

 家族一同、きらびやかなものに身を包んでいた。


 パピコは、観念して呟いた。


「ただいま」


 パピコ一族は、盗賊一族だった。

 そしてパピコは、盗賊として駆け出しの頃、家出をしていたのだった。


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