相席の時間

「ちょっと見せて」


 ムーが、パピコのスマホを取り上げて、サムのインスタを見る。

 例のお正月の様子を見て、ムーは親指を噛んでいた。


「誰が、サムをこんな笑顔にさせてるの?」


 地球儀に腰をかけてくつろいでいる写真を見ているのだと、パピコはピンときた。

 パピコも同じ感想の道を通ったばかりだ。


「もしかしたら、向こうで浮気相手を作ってるとか?」


 アタル。我々を宇宙までストーキングさせる気か。そんじょそこらの海外に行くのとはわけが違うんやぞ。

 パピコは警告の眼差しをアタルに向ける。


「やっぱりアタル先輩もそう思います? これは行くしかないですかね。いっちょ乗り込みますか」


 やっぱそういう展開になりますよね。パピコは、ちょっとそこまでのニュアンスで発言するムーに、無謀な挑戦だということを、早めにお知らせしなければ、という使命感にさいなまれた。


 その時、電話が鳴った。


「サムからだわ」


 グッドタイミングなのか? バッドタイミングなのか? パピコは、ムーの発言から、電話の内容を推測する。


 電話を切ったムーが、思い口を開く。


「盗難被害について、律儀に私に報告してきたわ。私、白々しくなかった? ちゃんと新鮮なリアクションとれてた?」


「そんなつもりで聞いてなかったから分からないわよ。そんなことより、サム、何を盗まれたって?」


「宝石みたいよ? 帰省したとき、宇宙にある実家から持って帰ったんだって」


「そりゃついてなかったな。てか、何でサムの家は宇宙にあるんだよ」


 今更ながら、サムの正体を知らないアタルが、何テンポも遅れてツッコミをいれた。


「近所の元気なじいさんが、くしゃみをしたら、サムの家が宇宙まで飛んでいったらしいの」


 ムーが大真面目に言うので、パピコは笑いそうになった。


「マジ?」


 先ほどのギャル姿が、体に残っているのだろうか。

 パピコらしくないリアクションだ。


「その時笹野さん、風邪引いてて、ぎっくり腰になるほど豪快にくしゃみをしていたって話よ」


 笹野さんという名字には、パピコには聞き覚えがあった。


「あ」


「なんだよ」


「ううん、何でもない」


 話したら、不吉なことが起こる気がして、パピコは言わなかった。

 笹野さんは、いつの日か、パピコに靴紐を注意してきた老人と同じ名前だった。


 まさかね。パピコは半信半疑だったが、背筋が正される気がした。


 パピコとアタルとムーの三人は、宇宙にあるサムの実家までおしかけるかどうかを、深夜まで話し合った。

 結局、広大な宇宙で迷子になる可能性が高く、危険だということで、行かないというパピコの意見が通った。

 行く派の、アタルとムーを多数決の理論を破って論破するのは、並大抵ではなかった。パピコはブドウ糖を分泌しすぎて、更に痩せた気がした。


「サムの愛人疑惑はひとまず置いといて、まずは盗難被害で弱ってるサムを、彼女として支えてあげたら? 愛人を出し抜くチャンスよ」


 パピコはそう言って、サムの元にムーを送り出した。


 そうなれば、ダイエットの時間が待っていた。

 アタルは前にも増して、鬼コーチとなっていた。

 朝のランニングに加え、縄跳び、水泳を追加し、食事は、すべて火を通したものを配給され、主食はもやしとなった。


「ちょっと、ボイトレしてくる」


 そう言って家を抜け出し、パピコはレストランに入った。

 運動量に見合わない食事内容は、限界だ。


 クリームパスタ、チキンライス、キチンカツサンドの、久しぶりの炭水化物メロディーに、胸がときめく。


 一人で三人分のメニューを注文し、ウェイトレスに奇妙な視線を向けられるのも、久しぶりの快感だ。


「相席いいですか?」


 目の前に、ジェントルマンが、ふわっと座りこんだ。

 右手にカツサンド、左手にフォークでパスタを巻き付けていた絶好の瞬間を、邪魔されたパピコは、返事をする前に、クレームをつけた。そして、返事はノーを突き付ける。


「ごめん、そんなに怒らないで」


 サングラスを外したジェントルマンは、パピコにとって、見覚えのある男だった。


 しかし、はっきりとは思い出せない。それを察したジェントルマンが、三択のクイズ形式にする。


「一番、君と初めてデートをした男。二番、君と初めて相合傘をした男」


 空腹のパピコは、それを楽しむ余裕はない。先に料理を平らげる。

 すると、ジェントルマンは、三番を言う前に、爽やかに笑い始めた。


「ははっ本当にお腹空いてたんだね」


 その笑顔を見て、パピコはジェントルマンと、ナンパしてきた男が重なった。

 髪は短髪になっていたが、あの男だった。


「どうやらその顔は思い出したようだね」


「ええ。まだ私につきまといたいの?」


「そうだよ。実はずっと君のことマークしてたんだけど、あの宇宙人の子、宝石を盗まれたらしいね」


 パピコは、フォークを止めて、男を睨み付けた。

 大事な友達の秘密を知られては、ただでは返せない。


 煮て焼いて食おうか。

 そんな物騒なことがパピコの脳裏によぎっていると、男は小学生でも騙されないような手を使った。


「その宝石の在りかを教えてあげるから、ついてきなよ」


「何であんたが知ってるの」


「ちょっと、うちの子にちょっかい出さないでくれる?」


 え? パピコが顔を上げると、アタルが息を切らせながら、男を睨んでいた。


「アタル、どうしてここに?」


「帰るぞ」


 アタルはパピコの手を掴んで、店を後にした。

 パピコは、食べかけの料理に未練を残しつつ、そのことをはっきりアタルに言えないもどかしさを抱えることになった。


「こんなことだろうと思ったよ」


 パピコのことを、責めている口調ではなかった。心配したぞ、というようなニュアンスが含まれており、パピコはなんだか申し訳なくなった。


 だが、こんなチャンスはめったにない。パピコは意地悪を言うことにした。


「私のこと、心配した?」


「したよ」


「ナンパされてるかと思った?」


「たよ」


「ついていくかと思った?」


「た」


「そんなわけないじゃん。でもね、少し迷った」


「て?」


「だってあの人、気がかりなこと言うんだもん。サムが盗まれた宝石の在りかを知ってるとかって」


「犯人でもない限り、知るわけないだろ」


 虫の鳴くような声で話していたアタルが、急にいつものアタルに戻った。

 犯人でもない限り。

 じゃあ、もし、犯人だとしたら?

 パピコは、判断ミスの可能性を一人で、考えていた。


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