裏アカの時間

 助っ人を頼みたいわ。いくらで雇えるかしら?

 お姫さま気質のパピコは、店を後にして十分もたたずして根を上げた。


 サムとパピコの共通の知人がいないかしら、と思って、テラスに座って人間観察を始めるが、該当しそうな人物は見当たらない。


 教授に、校内放送で呼び出してもらうことを検討し始めたその時、コンビニから、何かにかぶりついているサムを目撃した。


「ちょっと、どこに行ってたのよ! 呑気に肉まんなんて食べちゃってさ」


「きみ、誰?」


 パピコは、自分が変装をしていることを思いついた。

 取り繕ったように、風邪引きの設定を作動させる。


「大丈夫?」


 パピコが咳をするふりをすると、サムは怪しみながらも心配してくれた。


「ごめんなさい、人違いだったみたい」


 落ちろ、落ちろと呪いながら、パピコは懸命に上目遣いをした。


 サムは、ぎょっとした顔をして、「じゃ、じゃあね」と言ってそそくさとその場を去っていった。


 次の接触は、午後からの作曲の授業だ。

 パピコはその時に備え、アタル特製弁当を広げ、腹ごしらえをすませた。スマホを見ると、お昼を一緒にとろうとアタルから誘いの連絡があった。パピコは顔をしかめる。ムーはアタルを説得してくれているのだろうか。しかし、それをアタルに聞くわけにはいかず、任務中とだけ言って断った。


 この授業では、履修人数が多く、加えて出欠確認が甘いため、見たことのないギャルのパピコでも、すんなりと紛れ込むことができた。


 人が大勢いて、サムを探すのは困難なことが予測された。

 パピコは、サムが食べていた肉まんの臭いを嗅ぎ付けて、居所を突き止めた。サムは、前列から三列目の中央に座っていた。


 パピコは舌打ちをした。一番教授の目につくところじゃないか。

 サムが真面目な授業に取り組む姿勢に気後れしそうになりながらも、チャイムぎりぎりで隣に滑り込む。


 サムは、隣に滑り込んできた人物が、先程色仕掛けをしてきたギャルだということに気づいてなさそうだった。


 パピコとしては、


「何度も会うなんて、もしかしたら運命かもしれないね」


 と、サムに言わせたかった。

 もはや、サムとムーの絆を確かめることなど毛頭なく、女としての意地で近づいていた。


「バレンタインをテーマに、即興で歌詞をつけられる人?」


「はいっ」


 パピコは、サムを振り向かせたい一心で手をあげた。


 パピコの念が伝わったのか、教授はパピコを指名した。

 お尻をぷりぷり振りながら、ステージに上がる。

 ステージに備え付けられた階段を上る途中、指をくわえて振り向くと、ふわっと悲鳴が上がった。


 カ・イ・カ・ン


 パピコは絶句する教授の隣で、マスクを客席に投げ込んで即興で歌い始める。


 あなたに見られるだけで

 私の芯がしびれるの

 私はあなたのマーメード

 私をいっそあなたのものにして

 知らない町から届く便箋

 宛名のない封筒からは

 あなたの住む場所に降る星

 あなたが踏みしめる砂のさらさら

 そして

 あなたの匂い

 思い出の先に

 私はまだ いますか?


 バラードからヒップホップに変化を遂げ、パピコは気持ちよくエーメロを歌い上げた。

 どこからともなく拍手が送られる。

 パピコの目からは、全米の観客に見えた。

 あるはずのない、歓声まで聞こえてくる。

 アンコールといきましょか。


 パピコは大きく息を吸い込んだ。

 その時、誰かに腕を掴まれた。


「お前、何してんだよ」


「え? アタルこそ、何やってるの?」


「それはこっちの台詞だろ」


 突然のことで、パピコは何が何だかわからないまま、強制的にステージから降ろされた。

 しかし、サムの隣には戻れなかった。


「どういうことか、説明してもらおうか」


 外まで連れ出されたパピコは、物凄い剣幕のアタルに、問い詰められた。

 そういえば、アタルもこの授業をとっていたことを、パピコは思い出した。


 すべておしまいだ。

 パピコは観念した。

 アタルが出てきたことで、サムにもパピコの正体がバレてしまっているだろう。


「実は、探偵業を頼まれたの」


「お前はいつから探偵になったんだ?」


 自分こそ、いつから占い師になったのよ。

 憎まれ口を叩きたい気持ちをこらえて、パピコはしおらしく答えた。


「自分ではそんなこと思ったことないよ? でも、見る人が見ると見込みがあると思われたみたいで」


「雇い主は? ムーか?」


「すごい。アタルも探偵業向いてるかも。ちょうど助っ人を雇おうかと思ってたところなのよね」


「アホッ」


 おどけるパピコをアタルは軽くいなす。


「おかしいと思ったんだよ。朝からあいつが積極的にお前の話をするからお前に聞こうと思って昼飯に誘ったら、お前は任務中だとか言い出すし。お前ら、一体何を企んでる?」


 迷った挙句、パピコはすべてを洗いざらい話した。


「あのさ、一つ言っていい?」


 黙って聞いていたアタルが、重々しく口を開く。


「人に遠回しにここに留まることを仕向けられるよりも、好きな女に、行かないでって抱きしめられる方が、効果あるかもよ?」


 憂鬱な気持ちで聞いていたパピコは、目の色を変えて、アタルに飛びついた。


「行かないで!! アタル、大好き!!」


「お前の気持ちはわかったよ。占いの旅は男のロマンだけど、そんなの日本でもできるしな。その代わり、コソコソ占いをしてても悪く思うなよ」


「やったー!!」


 パピコはアタルを、きつく抱きしめる。

 もう、離さない。


「ふう。本当は、作者に旅に行かされるんじゃないかと、気が気じゃなかったんだよ」


 事実、アタルの気の変わりようは、つぼっちの計画を狂わせた。

 つぼっちは、さっさとアタルを海外に出して、新たな男、チャーリーを登場させる予定だったことは、誰も知る由もない。


「あの、お熱いところ悪いんだけど」


 ふと気づくと、ムーがそこに立っていた。


 なんと、ムーもこの授業に参加してたらしい。


「おっと、失礼」


 パピコとアタルは慌てて離れる。


「あなたたちはめでたしめでたしのようだけど、うちのサムの浮気調査はどうしてくれるの?」


「責任もって、遂行致します! ただご安心あれ。現時点で、女の影もなく、ギャルに落ちる素振りもなく、一人で肉まんを頬張るという、質素な生活を送っていると思われます」


 こうして、パピコとアタルとムーは、三人で、サムの様子を見守ることになった。

 正体がバレた今、パピコは変装を止めて、普段着で、サムをストーキングする。


 家に帰ったサムは、警察を呼び出した。

 パピコらのストーカー行為がバレたのかと、一同ひやっとしたが、どうやらそうではないらしかった。


 一体どういうことか? 

 こういうとき、サムのインスタグラムの裏アカウントを知っているのは強みだった。

 ムーでさえも、裏アカのことは知らなかったようで、彼女のジェラシーを薄めるのは、いい塩梅でおいしいカルピスを作るよりも手間取った。


 サムは、その日、インスタを更新していた。


 そこには、盗難被害を思わせる書き込みがあった。今日は、変な女につきまとわれるし、ついてない日だ、ともあった。


「これって、お前のことじゃない?」


「私の正体、バレてなかったようね」


「そこ?」


 サムとムーに呆れられながらも、パピコは誇らしく胸を張った。

 この時、パピコはまだ気づいていなかった。

 自分が何の変哲もない盗難被害に、どう絡んでいくのかを。

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