恋の小休符の時間

 返事は一週間後までにしてほしいとアタルから言われた時は、いくらなんでも勝手すぎるでしょう、とアタルに手を上げてしまった。


 キメが細かい肌を引っ掻かれたアタルは、落ち着け、と優しく言った。


「お前がいくら喚こうとも、来週には、俺はもうここにはいない。お前がどう感じようとも、お前の選択肢は二つなんだ。付いてくるか、ここに残るか」


 パピコが実習に行っている間、そんなに占いにのめり込んでいたとは。


「少し休ませて」


 パピコはそう言って寝るふりをして、コップに冷水を入れて占いの本にかじりつくアタルに浴びせた。

 怒るかと思いきや、水占いを始めて、パピコは本当にめまいがしてきた。

 もうこんな占いバカは放っておこう。

 ベッドに横たわると、ちょうど視線の先にフルートが見えて、つんと胸のあたりが凍るような気配がした。


 私は今、胸が締め付けられているのか? 

 パピコは頭の中では別のことを考えて、目だけでフルートを捉えていた。


 プー、元気かな。

 ふと、大学の親友のことが頭をよぎった。

 明日は久しぶりに大学に行こう。

 プーと話したい。

 パピコはスマホを開いた。

 電話しちゃおうかなぁ。

 でもここだと、アタルがいるしなぁ。

 パピコは悩んだ末、インスタグラムを開いて友人の近況を知ることで満足しようと、自分のむしゃくしゃした心と折り合いをつけた。


 色とりどりの年末年始の様子がアップされていた。

 サムが、実家に帰る様子は笑えた。


 なにやら月の上で地球儀を羽に見立てて羽子板で遊んでいるようで、パピコは背中がゾクゾクするのを感じた。

 一通り勝負がついて、地球儀に腰かけてリラックスした表情を見せている写真も投稿されている。

 サムがこんな表情を見せるなんて、親や兄弟が写真を撮っているのだろうか。

 明日大学でサムを見かけたら、こっそり聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、パピコは深い眠りについた。


 翌朝、パピコは大学に行った。

 昨日の気まずさもありながら、アタルがパピコを避けたりせずに、当然のように一緒に大学に行ってくれたことが救いだった。


 昨日の話には触れずに、世間話に終始した。

 アタルと世間話をするのは、初めてかもしれない。

 砂が口の中に入ってしまった時のような心地悪さだ。

 上部で付き合うことのなかった関係だったことを、パピコはいまになって思い知った。


 ダイエットの話題については、この先の未来が交差する確証を持てていない今、二人の間でなんとなくタブー扱いになっていた。

 しかし、差し障りのない話は、パピコが気づかなかっただけで、そのへんに転がっていた。


 久しぶりに大学の授業に出ているパピコを発見したプーは、授業そっちのけでパピコに話しかけてきた。


「ねえ、あんた痩せたんじゃない?」


 お世辞をいうような間柄ではないため、パピコは素直に喜んだ。

 プーだけでなく、会う人皆がパピコに同じことを言ってくれた。


「え? もしかしてパピコさん?」


 食堂で声をかけられた。聞き覚えのある声の主は、ムーだった。


 久々に会ったムーは、髪がバッサリ切られて、ボブヘアになっていた。


「久しぶりー! サムは一緒じゃないの?」


「うん、ちょっとね ・・・」


 明らかにムーの表情が曇った。

 まずいことを聞いたかな、と思い、挨拶程度で行こうとすると、


「聞かないの?」


 と、恨めしそうに言われたので、一緒に昼食をとるはめになってしまった。人の色恋沙汰の相談に乗っている場合じゃないのに。とほほ。

 パピコは聞くだけ聞いて力にはなるまい、と肩に力を入れて相談に乗る。


「ちょっと、サムのことが信じられなくなって」


「人って急に変わるもんね」


 あ、でもサムは人じゃないんだっけと、つい口から出そうになる。


「やっぱり? もしかしたらサム、浮気してるかもしれないの」


「そうなの?」


「パピコさん」


「はい」


「サムに気があるふりをして近づいてくれない? 私というフィアンセがいながら、口説くかどうか確かめたいの」


 面倒なことに巻き込まれそうだ。パピコは適任は他にいると伝えた。


「大丈夫よ! パピコさん、痩せて誰だかわからなかったもの」


 ムーは乗せ上手だった。


「私のミッションとしては、変装して見知らぬ女の子になりきって、サムに言い寄ればいいわけね?」


「ええ、期限は一週間。それまでに、やつの尻尾を捕まえて!」


「できたら、何をしてくれる?」


「あなたがしてほしいことをしてあげるわ」


 交渉成立だ。

 パピコは、自分の置かれている状況を話し、アタルを説き伏せてほしいと依頼した。

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