成人式の答えの時間

 教育実習、最終日。

 パピコは、ひらひら組の皆の前で、別れの挨拶をしているところだった。


「短い間だったけど、皆と過ごせた時間は、先生にとって宝物になりました。右も左も分からない先生に、優しくしてくれて、ありがとうございます。先生が皆に言いたいことは、自分のことを助けてくれる人は、周りに必ずいるということです。このひらひら組には、助けてって言ったら、必ず助けてくれるような人たちばかりです。友達のことを、そして、自分のことを信じて、これからも幼稚園生活を楽しんでください」


「先生ー! タッチー」


 スタッカートがキラキラした目で、ハイタッチを求めてきた。パピコは自分の半分ほどしかない小さな手と次々にハイタッチを交わす。伝わる体温に、こんなに心震わせることになるとは。


「よく頑張りました、これからいい先生になってください」


 バキューム先生と、ガッチリと握手を交わす。


「ありがとうございます。お世話になりました」


 バキューム先生。融通の利かなさ、神経質なところ。悪く見えていた部分も、今となっては、ひらひら組の子どもたちを守る気持ちの強さからきていることを、パピコは感じていた。


 アモロサメンテ。彼女にピッタリのあだ名だ。

 インセンシブルメンテの仮面をかぶった、アモロサメンテ。


 こうして幼稚園は、今日も曲を演奏している。

 同じ曲なのに、日によって違う曲に聞こえるのは、きっと活発に活動する記号が違うせいだ。

 スタッカート、テヌート、ダルセーニョ、ダ・カーポ、ラメンタンド・・・。そのほかにも、たくさんの記号たちが、毎日出没し、音楽を作り上げている。ただ、生きているからこそ、毎日同じタイミングで出没するとは限らない。たまにスタッカートが何回も出たり、ダルセーニョが出番を忘れたり、ハプニングの連続だ。


 子どもたちの命が音符であり、それらが弾けたり、リラックスしたり、主張したりしている。


 そしてそのどれもを、バキューム先生がアモロサメンテで包み込んでいる。

 先生は、みなそうでなくてはならない。


 パピコにとって、バキューム先生はもちろん、子ども皆も、学ぶことの多い、先生だった。


 そうだ。

 パピコは思い出して振り返って見上げると、象さんの目は、希望の詰まった輝きを放っていた。


 家に帰り、パピコはソファでくつろいでいるアタルにタックルをした。


「いてえ」


「ただいま。今、いい?」


「いいよ」


「アタル、成人式で私に聞いてきたよね? 大人と子供の境目って何だと思うって」


「なんだよ、いきなり」


「私、分かったの」


「じゃあ言ってみ? 言いたいんだろう?」


「過去の音、今の音、未来の音。自分だけの音を持ってて、どの曲の中でも、曲が映えるように鳴らすことができる人が、大人。素敵な音を持ってるのに、曲の中に入ると不協和音にしか聞こえない人が、子ども」


「お前は大人だ。どの曲の中でもやっていけるだろう」


「どうしたの? 褒めるなんて気味が悪い」


 パピコは不吉な予感を抱いた。


「俺、留学することに決めたから」


「は?」


 大学での留学制度を利用するということだろうか?

 パピコは、ドイツやイタリアを想定した。


「まずは東南アジアに行って、像使いになって占いをする」


「はあ? 象に乗ったことないでしょ? あんた」


「俺のフルートで調教するのさ」


 パピコは頭がクラクラするのを感じた。


「どうして? これからやっとダイエット一本に絞れるところなのに」


「わかってる。だからこそ、付いてきてくれるか?」


 アタルが、見たこともないような、最後に幼稚園で見た象と目をして聞いてきた。

 ソファーの上で、今後の人生の帰路に立たされるとは思わなかったパピコは、少し考えさせてほしいと言った。

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