インターバル歩行の時間

「途中で戻って取り繕ったところで、アウトだろう」


 例のカツラ事件をアタルに話すと、パピコが思っていたことと、同じことを言った。


「そうよねぇ。ああ、獣の匂い♡」


 パピコとアタルは、動物園にデートに来ていた。

 パピコの幼稚園と、アタルの大学の休みがたまたま重なったので、外デートになった。


「見てみて、あのお尻! カワイイ!」


 はしゃぎながら猿山を指さすパピコの後ろに隠れるアタル。


「怖いの?」


「バカッ」


 猿の喧嘩を目の当たりにし、後ろで震えるアタルに、パピコのにやにやが止まらない。


 猿たちは丁度餌を食べる時間で、オレンジやリンゴを食べていたのだが、餌を横取りした猿を、ボス猿を筆頭に追いかけまわしており、一触即発の状態だ。


 横取りしたあの猿、スタッカートみたいだな、と思いながら、パピコはスマホのカメラで、猿のお尻を撮っていく。

 尻の色、膨らみ具合、曲線。お尻フェチのパピコにとって、猿山は天国だった。


 尻に夢中になる一方で、ピリピリムードの猿山で、我関せずに後ろを向いて餌を食べる猿はあの子だな、とか、イチャイチャしている猿たちは園長と控えめ先生、小さい子供を守っている猿は、自分だな、と、パピコは幼稚園の人物に、猿をあてはめて考えていた。


 これではせっかくの休みが休みではない、と思いながら、やはり仕事は日々の生活とは切っても切り離せないことを実感する。

 実習でさえそうなるのに、本当に働き始めたらどうなるのだろうか。

 少なくとも、以前の炭水化物メロディーの人間ではなくなるだろう。


 アクロバティックな動きを見せるムササビ、変な態勢で眠る羊、動物園での発見は、パピコにとって楽しいものだった。猿山で出鼻をくじかれたアタルは、ずっとパピコの後ろで怯えていた。


「アタルが動物が苦手なんて、知らなかったよ」


 パピコが後ろにいるアタルにソフトクリームを食べさせながら、言った。

 アタルはソフトクリームにかぶりつきながら照れており、そんなパートナーを見るのも楽しかった。


「そういえば、インターバル歩行がダイエットにも効果的らしいんだ」


「インターバル歩行?」


「早歩き三分、普通のテンポで歩くのが三分なんだけど、これを繰り返すだけで、普通のウォーキングよりも、ダイエット効果が高まるんだって」


 せっかく広い動物園に来たからと、インターバル歩行で歩くことを提案されたが、パピコは猛反対した。


「それじゃあゆっくり動物が見られないじゃない」


 こうして口喧嘩が始まったのだが、ある動物の檻の前で、二人の喧嘩がピタリと止まった。

 サル系の動物が、檻の中のアスレチックで、物凄い身体能力を見せつけていたのだ。喧嘩をしていた二人が見とれるぐらいの、身のこなしだった。


 パピコは純粋に見とれていたのだが、アタルが占いの本を取り出して、ページをめくり始めた。


「なになに、どうしたのよ」


「ちょっと黙ってろ」


 そう言って、本と動物を交互に見ているので、痺れを切らしたパピコは、「先に行くね」と言ってさっさと次に行った。


 ライオンの檻では、ガラス張りのすぐ向こう側で、ウロウロしていた。

 誰かが、


「お腹をすかせているのね」


 と言ったが、パピコはそれを見て、このライオンはADHDだな、と独自の判断をしていた。


「悪い悪い」


 振り向くと、先ほどとはうって変わってご機嫌なアタルの顔があった。


「何してたの?」


「パフォーマンス占いができると思ってさ」


「は? バカじゃないの? 相手は動物よ?」


 その動物相手に発達障害の診断を下したばかりのパピコが呆れた顔をする。


「じゃあそのしかめっ面で顔相占いをさせろ」


「本当に占いバカね」


 パピコは自分にくるのなら、アタルが占う相手は動物の方がましだと思い、思う存分占いをさせてやることにした。するとアタルは、水を得た魚のように元気になり、さっそくお父さん座りが様になっているゴリラと、にらめっこをしていた。


 パピコはパピコで、中年親父が甲子園で応援ガールのパンチラを楽しむように、シマウマのお尻を望遠鏡で眺めては楽しんでいた。


「おー♡ 揺れてる揺れてる!」


 象のゾーンでは、大きな象が、自慢の鼻を伸ばしたり丸めたりしながらのっそのっそと歩いていた。象は、幼稚園の建物の絵で毎日見ているが、本物は雨風にさらされ、歳を重ねてきた色をしていた。


 パピコはふと、思う。

 私は、子供たちから何色に見えてるのかな。


 瞳は未来の希望に満ちた、美しい輝きを放っているかな?

 顔は、色んなことを考えて、悩んで、自分を助けてくれるあたたかい人たちに囲まれている安心感に満ちたいい顔をしているかな? 


 ふれあい広場でモルモットのおさわりをしている時、何度も離れたくないと飼育員さんにわがままを言ってしまったパピコだったが、モルモットが、バイバイと手を振って、しかも最後にハイタッチをしてくれたことに、心を奪われた。


 アイドルと握手をするときのように、もう、心がぎゅっとつかまれた。

 何度も味わいたいし、人にも味わってもらいたい。


 ふれあいはいつでもあたたかいものなんだ。

 動物園からの帰り道、パピコは久しぶりにアタルと手を繋いで帰った。




 

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