目玉焼き占いの時間

 バキューム先生は、何が起きて、パピコがどういう対応をしたのかを、パピコに説明させた。


「皆、スタッカート・・・じゃなくて、キリコを仲間に入れたくないんでしょうね」


「そこは先生の裁量で、どうとでもなることでしょう」


 それを身につけるために、あたしゃここに来てるんでしょう。

 パピコは、腕をくんで話を聞いていた。


「いいですか? 周りの子の持っていき方も、先生にかかってるんですからね! とにかく、工夫をしてちょうだい」


「はい」


「だいたいあなたね、」


「すいません、タケダです」


 お迎えの保護者の様子が見えた途端、バキューム先生は声色を変えて保護者の元に飛んでいった。


 はぁ・・・。パピコがため息をつくと、内気なマモルくんと目が合った。あわててパピコは取り繕ったように愛想笑いを投げ掛ける。


 マモルくんは、表情を変えずにどこかに行った。


「はぁ・・・」 


 本当に気が休まるところのない現場である。


 ようやく業務を終えて解放されると、アタルは優雅に読書をしていた。


「疲れた」


 パピコがそのままベッドに倒れこんでも、アタルは読書に夢中だった。


「すれ違いって、こうして始まるのね」


「芸術家らしく、読書をしてただけじゃないか。今日は大学の図書館に入り浸っていてだな」


「フルート吹いて」


「聞けよ、人の話を最後まで」


「疲れてるんだってば。ねえ、フルート! お願い」


「夜だぞ」


「大丈夫だから」


 何が大丈夫なのか、パピコにも分からなかったが、今はパピコの身体中の細胞が、アタルのフルートの音色を求めていた。

 砂漠の中で、水を欲するように。


「一回だけだぞ」


「それでいい、それがいい」


 名もある音の細胞と、無名の音の細胞が共鳴する。


 パピコが自分を納得させるために頷く。


 アタルがフルートを口に加える。


 とろけるような、至福の時間が始まる。

 アタルのフルートが、鶏ならば、金の卵を産むのだろう。

 それを見て、驚くことなく、あそこの鶏なら納得だわ。と囁かれるような鶏であることは間違いない。


 うっとりしていたパピコは、そのまま眠りについてしまったらしい。

 翌朝パピコは、お腹がすいて目を覚ました。


「目玉焼き作って」


 アタルは、いつも先に起きている。パピコに寝顔を見られるのが嫌らしい。この日も先に起きて、活発に家事をしていたアタルが言った。


 パピコは夕べのフルートの件があるので、アタルのリクエストに応えて目玉焼きを焼いた。


「残念だな」


 フライパンの中を覗いたアタルが言った。


「は?」


「ほら、見てごらん? 黄身が上の方に寄ってるだろう? これは、今日が波乱の日になるしるしなんだ」


「とんだ言いがかりね」


「残念だけど、これは言いがかりじゃない。この本に載ってるから、見たまえ」


 アタルは、占術 命・ト・占という本を差し出した。


「なにこれ」


「図書館で借りた。読み出したら止まらなくてさ」


 アタルは、パピコが教育実習に行っている間、占いにハマったようだ。


「うわっ」


「なによ」


「見ろよ、白身に穴が空いてるぜ」


「だったら何なのよ」


「ここ、読んでみな」


 そこには、大失敗をおかす危険があるとあった。


「縁起でもない」


 パピコは、縁起でもない目玉焼きを吸い上げて胃袋に入れた。


 あなたはフルートさえ吹いてくれればいいの。

 本に夢中のアタルを見ながら、どこかで似たようなことがあったな、とパピコはそれを思い出そうとしたけど、できなかった。

 

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